第24話 6月6日(日)コラボカフェ2

 スマホに表示された番号の席に向かうとそこは4人用の座席だった。僕らは正面に座る形で、隣には別の組が来るようだ。


 一人で申し込んだ場合はソロ席が用意されているみたいで、それはそれで落ち着くから羨ましい。


「すごい。ラブマスターの歴史を感じる」


「だね。ゲームもアニメもいろいろ出てるんだなって実感する」


 壁には歴代ラブマスターの名シーンパネルが飾られていた。

 初代のオープニングやアニメの人気シーン、最新作のプロモーションなどファンなら一目見ただけで思い出が蘇る。


「わあ! 小雪ちゃん特製コーヒーゼリーだって。わたし、小雪ちゃんがブラックコーヒー好きだから頑張って飲んでたんだ」


「それって小学校とか中学校の頃でしょ? 相当好きなんだね」


「小学生の時だったかな。小雪ちゃんが好きだからわたしもコーヒー飲むってワガママ言って、苦いのを我慢して頑張って飲んだなあ」


「今ではもうブラックも余裕?」


「ううん。結局飲めなくて、でもコーヒーゼリーは大好きだよ。小雪ちゃんがコーヒーゼリーに手を出してくれた時は本当に嬉しかった」


「手を出したって……」


 同じ高校2年生でも真実まみみたいに子供っぽいのもいれば、あかりんみたいにすでに仕事をしている人もいる。春原すのはらさんはどちらかと言えばあかりん寄りのオトナっぽい方だと思っていたので案外子供じみているのは意外だった。


 そんな彼女は目を輝かせながらメニュー表を見つめている。


米倉よねくらくんはラブマスターで誰がイチオシなの?」


「ん~1番って言われると難しいかな。春原すのはらさんみたいに明確に推しが決まってるわけじゃないんだよね。例えばアニメの5話を見たあとは千穂っちが好きになったし、7話のあとは林果先輩が好きになったり」


「ふ~ん。浮気症なんだね」


「違う違う。みんなが魅力的で一人だけなんて選べないだけで」


「ふふ。冗談。でも、ちゃんと一人を選ばないとあかりんに嫌われちゃうかもよ?」


「2次元と3次元は別だから大丈夫。3次元では迷うことなくあかりんを選ぶから」


 僕は自信を持って力強く宣言した。さっきは咄嗟に手を取ってしまったけど春原すのはらさんだってただの友達。やましいことはなにもない。

 だってこれはデートではないんだから。


「おっ! 米倉よねくら


「やっぱり二人もここに来たのね」


「え!? なんでここに」


 そんなに友達が多くない僕に気軽に声を掛ける人間は限られる。それもここは学校ではなく秋葉原のコラボカフェだ。

 同じ趣味を持った人でない限りこんなところで遭遇するはずがない。


真実まみ岸田きしだも来たのか。って、どうしたんだその恰好」


「恰好の話なら米倉よねくらこそどうしたんだよ。アロハシャツって」


 僕とアロハシャツなんて普通に生きていたら絶対に交わらない組み合わせだ。それが今、こうして実現してしまっている。


 詳細に説明すると話が長くなるので僕は簡潔にこう答えた。


「まあ、あずみんのライブだしな」


「だったらアタシ達みたいにライブTシャツにしなさいよ」


 春原すのはらさんの隣の席。僕のはす向かいに真実まみが立つ。


 幼馴染が得意気に胸を張るとライブのロゴがとても読みやすくなった。

 平らな胸もたまには役に立つんだな。


「もしかして朝から並んだのか?」


「そう。お昼はコラボカフェだからそれに間に合うようにできるだけ早く買いたいって天海あまみさんが」


「大変だったな」


 僕は合掌して隣の席に座る岸田きしだねぎらった。


「チケットを譲ってもらう手前どうしても断れなくて。これも米倉よねくらが素直にならないせいだ」


「たしかに僕なら余裕で一蹴いっしゅうしてたな。あと素直ってなんの話だ?」


「そうやってとぼけるのも予想の範囲内だけどさあ」


 僕を悔しがらせるために真実まみ岸田きしだを誘った結果、早起きをする羽目になった岸田きしだには同情しないこともない。

 まあそれであずみんのライブに行けるんだからヨシとしてくれ。


「それにしても偶然だね。同じ時間帯の隣の席になるなんて」


「にひひ。アタシと音弥おとやの運命がなせる技ね」


「僕とお前の間に運命はないぞ」


「照れなくていいのよ音弥おとや


 僕をたしなめるようにサイドテールを揺らしながらドヤ顔を決める真実まみ

 まるで僕が真実まみに言い寄られているみたいで、周りの人が聞き耳を立てているのが雰囲気で伝わってくる。


「って、違った」


 僕との運命がどうとか笑顔で語っていた真実まみの表情が急にスンとなった。


「アタシを見捨てた音弥おとやのことなんて知らないから。アタシとイチャイチャする岸田きしだくんの姿を見て悶絶するといいわ」


「そうか。よかったな岸田きしだ。そして幼馴染をよろしく頼む」


「なんか天海あまみさんのお父さんみたいだな」


音弥おとや、ちょっとはイヤそうにしなさいよ!」


「いや、あかりんに彼氏発覚ならともかく真実まみ岸田きしだが仲良くなるのは友達としてこんなに嬉しいことはない」


 岸田きしだは成績も良いから将来も期待できる。声優の趣味はだいぶ熟女だけど真実まみと付き合ううちに好みが変わるかもしれない。

 客観的に見て真実まみは胸がないだけで全体的には美少女の部類に入る。

 付き合いの長い幼馴染の僕が言うんだから間違いない。


優希ゆきちゃんからもなんとか言ってよ。大事な幼馴染が取られてもいいのかなって」


「う~ん。真実まみちゃんは自分から離れてるように見えるんだけど……」


「ま、まあ……そうなんだけどね」


 友達になってから日が浅いからか春原すのはらさんの指摘は素直に受け入れる。

 そう。別に岸田きしだ真実まみを誘ったわけじゃない。真実まみが勝手に岸田きしだを彼氏ポジションにして僕の感情を逆撫でようとしているだけだ。


 ただ残念ながら幼馴染に対して恋愛感情を抱いてないのでむしろ祝福する方向に気持ちがどんどん進んでいる。


「ねえ米原くん」


「うん?」


真実まみちゃんと岸田きしだくんがイチャイチャするって言うならさ」


「うん」


「わたし達も対抗してみる?」


「ええ!?」


 まさか春原すのはらさんからそんな提案をしてくるなんて夢にも思っていなかったのでつい大きな声が出てしまった。


 顔の雰囲気と合っていないオレンジ色のアロハシャツを着たオタク男子が大声を出したらどうなるか。周りの視線がズキズキと突き刺さって痛くて仕方がない。


「んふふ。大変なことになったね」


「笑ってる場合じゃないだろ。岸田きしだだって当事者なんだから」


「いやあ、俺と天海あまみさんのイチャイチャはメイド喫茶みたいなものだと思うんだよね」


「お、おう?」


「でも米倉よねくらの場合は……まあ楽しもうぜ。嫉妬してナイフとかはなしな?」


「しねーよ。岸田きしだこそ本気で真実まみを好きになってもいいんだからな」


「そんなセリフ、フィクションでも絶対に出てこないやつだろ」


 好きになるな。ではなく、好きになってもいい。

 そう、岸田きしだ真実まみを好きになってもいいんだ。

 問題は僕だ。

 春原すのはらさんがイチャイチャしてくる。あかりんに似たその声で。


 僕は心の中で今この世界のどこかにいるあかりんに謝った。

 これは友達同士の悪ノリで浮気じゃないんです。

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