第22話 6月6日(日)アニメショップ

 あまり目立ちたくない人間なので他人からの視線に敏感だ。ちょっとでも視線を感じたらスーっと気配を消す。そんな風にして今まで生きてきた。


春原すのはらさん、なんだかすれ違う人がみんな僕を見てる気がする」


「ふふ。よく似合ってるからだよ」


 今日みたいな蒸し暑い日に風通しの良い服というのはとてもありがたい。たぶん自分では絶対に選ばないような物を春原すのはらさんが即決で選んでくれた。


 とんでもなく高価な物だったりあまりにも突飛なデザインだったらあの手この手で逃げようと考えていたけどギリギリ許容できそうなラインを攻められた。


「アロハシャツってライブ会場で浮かないかな」


「大丈夫だよ。フルグラ法被とかオリジナルTシャツに比べたら街中でもあり得る恰好だし、似合ってるし」


「2回も言われると逆に疑いたくなる……」


 春原すのはらさんが選んでくれたのは太陽みたいなオレンジ色を基調にしたアロハシャツ。デザインはアロハシャツの中では落ち着いている方ではあるけどオレンジ色ではあるので目立っている。


「わっ! すごい。CDコーナーがあずみんだらけ」


「ライブ前だから店員さんも推してるのかな。この手書きメッセージからすごい熱意を感じる」


「本当だ。あ……今日お仕事なんだ……」


「知らない方が幸せなことってあるんだね……」


 内田うちだ杏美あずみ名義のシングルやアルバムだけでなくキャラクターソングや今まで出演したアニメのオープニング、エンディングのCDまで、とにかくあずみんの歌に関する商品が積み上げられて神殿のようになっていた。


 店員さんの熱意と悲壮感が伝わるメッセージだけでなく、ファンからのひと言メッセージが書かれた付箋も掲示板にたくさん貼られている。


「僕らも書いてみる?」


「うん。ちょっと恥ずかしいけど」


「後日、内田うちだ杏美あずみさんにお届けしますだって。直接伝えられるって嬉しいな」


「そうだね。でも、興奮で変なことを書かないように気を付けなきゃ」


真実まみじゃないんだから大丈夫だよ。あいつの場合は本当に店員さんかマネージャーさんの検閲に引っかかりそうだ」


「……米倉よねくらくんと真実まみちゃんって本当に仲が良いよね。お互いをよくわかってる夫婦みたいな」


 真実まみ以外の女子と二人きりで遊びに行くのは今日が初めてだったので春原すのはらさんの表情がちょっと曇って初めて自分がマズい発言をしたことに気付いた。


 いくら友達とは言っても、あんまり他の女子の名前や話題を出すのはよくないんだな。どうしても真実まみとのエピソードが多すぎて自然と口から出てきてしまうから気を付けないと。


「あー……春原すのはらさんはどんなメッセージにするの?」


「秘密。いつかわたしがこういう時にどんなメッセージを書くか当ててみて」


「それってめちゃくちゃ難易度高いんじゃ」


「幼馴染みたいに10年くらい友達でいたらわかるかもよ」


「うん。そうなるといいね」


 すでに過ごした時間はもう変えることはできない。真実まみとは幼馴染だし、春原すのはらさんとは最近友達になったばかり。この差は絶対に埋まらない。だけど、だからこそこれから春原すのはらさんのことを知っていけばいい。


「じゃあ僕も秘密にしようかな。貼ったらバレバレだけど」


米倉よねくらくんこそ変なこと書いてない? あかりんにガチ恋してるのに浮気みたいなこととか」


「か、書かないよ。僕はあずみんを声優としてか見てないから」


「それが普通なんだけどね」


 クスクスと笑いながら春原すのはらさんは僕に見えないように体で隠しながらメッセージを貼った。

 隙を付いてそれを見るのは今の僕らの関係性ではナシな気がして、僕は少し離れた場所に自分のメッセージを貼る。


「それにしてもあずみんっていっぱいCD出してるなあ」


「声優さんはキャラクター名義もあるもんね」


「いつかあかりんも……」


米倉よねくらくんはあかりんに歌手活動もしてほしい?」


「もちろん! あの力強くも透き通った声は絶対に歌にも活かしてほしいし、魔法少女は死亡フラグの歌も良かった。今は高校生で仕事をセーブしてるのかもしれないけど数年後には絶対デビューしてるね」


 つい熱が入りすぎてペラペラと早口になってしまった。オタク特有の早口というやつだ。でも、絶対に春町はるまちあかりはソロデビューする。声優業界の流れはもちろん、それだけの実力を彼女は持っていると僕は信じているからだ。


「ふふ。そんな風に応援してもらえたらあかりんも喜んでると思うよ」


「まあね。僕は春町はるまちあかりの才能と実力に早い段階で気付いた男だから」


 別に僕自身は何もすごいことはないのに、あかりんを応援していることを褒められてなぜか妙に鼻が高くなってしまった。


 これが彼氏面というやつだろうか。まあ、将来的には彼氏になるから問題はないずだ。僕があかりんを身近で支える存在になるわけだし。


「もしあかりんがライブをするってなったら絶対に行く?」


「うん! チケットが手に入ればだけど……運の要素はともかく、お金は絶対にどうにかする。どんなに遠い場所でも駆けつける。あかりんの晴れ舞台をこの目に焼き付けたい」


「そっか、それなら米倉よねくらくんが大学生になってからの方が良さそうだね」


「そそ。だから数年後のデビューに期待してたり」


「なあんだ。あかりんの高校生活を心配してくれてるのかと思った」


「も、もちろんそれもあるよ? お互い高校生だからその大変さはよくわかってる。やっぱり大学生になってからが人生の本番みたいなところはあると思うんだよね」


「ふふ。早口で言い訳してるとすごく怪しいね」


 春原すのはらさんは僕の急所を的確に突いてくるような絶妙なトークをしてくる。真実まみと話していると基本的に僕が優位に立つからすごく新鮮で、必死に弁明を考えるのもなんだか心地良い。

 もしかして僕ってMだったのか?


「それじゃあもう少し今のペースでいいかな」


「ん? ペースって?」


「あ、うん。もう少し時間があるからゆっくり見て回ろうかなって」


「そうだね。あんまり早く行っても入れないだろうし」


 お昼にはラブマスターのコラボカフェを予約してある。内田うちだ杏美あずみの原点とも言える作品は何年経ってもその人気が衰えることはない。それどころか別作品であずみんを知ったファンがラブマスターの小雪こゆきちゃんを好きになるくらいだ。


 予約時間まであと30分ほど。僕らはアニメショップを周りながら作品の思い出を語り合った。

 自分の好きを語ったり、人の好きを知るのは楽しい。新しいオタク友達が出来て本当に良かった。

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