第20話 6月2日(水)夜
―みなさんこんばんは。今週末に武道館ライブを控えた
水曜21時はあずみんの内探の時間だ。武道館ライブ直前ということもありSNS上の実況もかなりの人数が参加している。
声優さんのライブに行くのは今回が初めてなので、できれば今夜の放送でいろいろな情報を仕入れてイメージを膨らませておきたい。
情けないだけど、
全てが初めてだらけで僕の心臓がここのところ高鳴りっぱなしだ。
―そんな緊張でガチガチの私のために番組が癒しの企画を用意してくれたそうです。本当に癒しなんですか? 何年もこの業界にいるとだいたいろくでもない企画だなって直感するんですけど。
「たしかに。しかもあずみんだしな」
声は癒し系なのにトーク内容はぶっとんでいるというか過激な部分があるあずみんはリアクション芸人みたいな企画をよくやっている。
ただ可愛いだけでなく体当たりな芸風というか姿勢が女性人気を集めていると
―えーっと、まずは足つぼマッサージ……って、これ絶対痛いやつじゃないですか。あ、だから今日はパンツで着てくださいって。えっと、施術してくださるのはごら……? 御覧堂先生? ですか?
あずみんは本当に企画内容を知らされてなかったようで声から焦っている様子がひしひしと伝わってくる。
―ちょっ。マッサージ師よりも格闘家って感じですけど。大丈夫ですか? 私、武道館ライブを控えてるのに足を潰されたりしません? ああ、無言で頷く姿が恐い。
本気で怯えるあずみんの声に実況は妙な興奮を覚えていた。音声しかないラジオだからこそ、その音声からどんな映像を想像するかは個人の裁量による。
まあ、なんだ。高校生の僕なんかは手を出せないようなアレな感じの本みたいのを妄想しているリスナーは大勢いるだろうな。
―あっ……! んっ! ああああああ!!!! むりむりむりむり!!!!
パソコンから甲高い悲鳴が流れる。痛そうであり、同時にどこか快楽に覚えれているような印象さえも受ける声に思わず唾を飲んだ。
「収録して放送してるんだから大丈夫な音声なんだよな……」
もし生放送だったらあまりにもセンシティブで一旦CMでも入りそうな雰囲気だ。でもこれは先週も言っていた通りライブ前にまとめて収録したもの。本当に危ない部分はカットされて僕らの耳に届いている。
だからこそ、これ以上に喘いでいた可能性というものが脳裏をよぎってしまった。
―ハァ……ハァ……たしかに足は軽くなった気がします。ありがとうございした。
「あずみんの足を揉んだ整体師は炎上しないのかな」
そんな心配をしてしまうくらいあずみんの息は絶え絶えで事後と言われたら信じてしまいそうな色気を醸し出している。
―続いては……心の栄養? リスナーのみなさんからの応援メッセージです?
こんな状態でもメールを読んでくれるらしい。岸田みたいに本名に近いラジオネームを今のテンションで読まれたら一生の宝物になるだろう。
なんとなく心の中で
―ラジオネーム三度目の掃除機さん。ありがとうございます。あずみん、こんばんは。はい、こんばんは。武道館ライブは友達と一緒に行きます。ステージに近い席なので間近であずみんの歌声を聴けるのが楽しみです。ワンチャン、匂いも嗅げたらいいなと思っています。といただきました。
「なかなかすごいメールだな」
最後にさらっと匂いを嗅ぐ宣言を仕込むあたりに技を感じる。普通のメールだと油断していただけに変態さが際立つ。
―三度目の掃除機ちゃんって女の子だよね? 幼馴染がいるっていう。ちょっと変態の幼馴染がいるって羨ましいよ。私の匂いが届いたら感想聞かせてね。
「匂いを嗅ぐのはいいんだ」
思わずツッコミを入れてしまうくらいナチュラルに受け入れていて笑ってしまった。こういうところがあずみんの人気の理由なんだろうな。
―ちなみに男子は嗅ぐの禁止ね。男子で匂いにメール送ってきたら出禁だから。女の子だけが私の匂いを嗅いでいいルールだから。
どうやら男は嗅いではいけないらしい。僕は1階の奥の方だからどの道匂いを嗅げるほどまで近付けない。
「可能性があるとしたら
奇声を発しないように注意した手前、隙あらば匂いを嗅いであとで感想を教えてくれても言いにくい。
でも、
いたずらっぽく笑いながら、あずみんの匂いの感想をちらつかせてくる未来が見えた。
「見捨てないのはどっちだよって話だよな」
いくら見た目が可愛らしくても中身がちょっとアレな声優ファンの幼馴染なんて僕じゃなかったら見捨てている。
―と、いうわけでみなさん、今週末の武道館ライブよろしくお願いします。
あずみんの力強い宣言を聴いて、僕はお風呂へと向かった。
いつかあかりんも同じような言葉をラジオで言う日が来ると信じて。
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