第17話 5月31日(月)ライブのお誘い

 窓側の主人公席から中央列の後ろ側に戻ってくると一気にクラスのモブキャラに返り咲いた気がする。

 僕や岸田きしだみたいなオタクは教室のこの辺りがよく似合う。


真実まみ岸田きしだが一緒にライブに行くのは全然構わないんだけど、本当は僕があずみんのライブを見れたのかと思うとちょっと残念な気がする」


「そんなこと言って、本当は幼馴染を取られて悔しいんだろ」


「誤解を招く発言はやめろ。あかりんとダブル主演をしたあずみんのライブだぞ? 春町はるまちあかりのファンとしても今回のライブは抑えておきたい」


「魔法少女は死亡フラグのオープニングとエンディングは二人で歌ってたもんな。ソロバージョンが聞けたりして」


「ぐぬ……声優さんのライブによくあるやつだ」


「そうだぞ米倉よねくら。今から天海あまみさんに土下座して頼めばライブに連れていってくれるかもしれないぞ」


「あ、あかりんがいつかライブするからその時に取っておく」


「はぁ……手強いねえ」


 僕らがライブの話題で盛り上がっているとほんの少し頬を染めた春原すのはらさんが何かを言いたげにもじもじとリュックの中身を何度も確認しているのが目に入った。


 その気持ちよくわかる。自分から話し掛ける勇気はないけど話題の輪には入りたい。相手から声を掛けてもらえるのを待ってる時の構えだ。


 正直、いくら趣味が合うからと言っても女子に自分から話し掛けるのは勇気がいる。なにより今この場に真実まみがいない。

 恋愛感情はないけど頼れる幼馴染であることは否定しない。


 そんな風に自分の中で葛藤していると、たぶん同じように葛藤していた春原すのはらさんが先に動いてくれた。


「あ、あの……」


 やっぱり声がいい。透き通っていて芯がある。声量のわりに耳に残る。そしてあかりんに声が似ている。

 声を発するだけで春町はるまちあかりを側に感じられるなんて羨ましい。


「二人ともうち……あずみんのライブに行くの?」


「いんや。行くのは俺と天海あまみさん。もしかして春原すのはらさんも?」


 岸田きしだが答え、質問を返すと春原すのはらさんはこくんと頷いた。

 こうなると自分だけが仲間外れになったみたいで寂しさがこみ上げてくる。


 もしかしてしばらくは僕だけライブの話題に付いていけなくてオタクの中で疎外感を味わうことになるの?


 いいもんいいもん。僕には運命のあかりんがいるから。


米倉よねくらくんは行かないの?」


「僕はチケットがないからね。幼馴染は僕よりも岸田きしだを選んだんだ」


「へ、へえ~」


「…………」


「…………」


 そして訪れる気まずい沈黙。趣味が同じでも相手が女子というだけで緊張してしまう。でも、こんなことではあかりんとも会話ができない。

 僕は頭をフル回転させて次の話題を振り絞る。


春原すのはらさんはいつからあずみんのファンなの?」


「えと、声優さんとして意識したのはラブマスの小雪ちゃんかな。あそこまであざといと可愛いの塊って感じで好きなんだ」


「わかる! 最初は男に媚びてるって言われれて、だんだん女性人気も増えたんだよね。そっかあ、本当に女の子にも人気なんだ」


「うん。女の子の憧れだよ」


 長い前髪で目が隠れてしまっているけど、その瞳が笑っているのはなんとなく伝わってくる。

 本当にあずみんが演じるキャラクターが好きなんだと思う。


「で、でね!」


 春原すのはらさんの声が急に大きくなる。

 まるで声優さんのような声量にテスト終わりで浮かれたクラスメイトもビクッと一瞬こちらを見た。


「え、えと……そのライブの、あずみんのライブのチケットなんだけどね。仕事の関係でもらったやつがあと1枚余ってて」


 元の声量よりもさらに小さな声で春原すのはらさんが早口で喋る。


「仕事ってお父さんの?」


「ふぇ!? そ、そう。うん。お父さんのお仕事。うん」


 なぜか焦る春原すのはらさんを不思議に思いつつも、僕は話に耳を傾ける。


「それで、その……もしよかったらわたしと一緒にライブに行きませんか?」


「え……?」

 

 あれ? もしかして僕、女の子に誘われてる?

 真実まみ以外の女子に? 夢か? どこから? もしかして公開録音に当選したところから?


 今までの人生から考えるとありえない展開に頭の中が混沌を極める。


「あの、貰い物だからチケット代はいらないし、関係者席の近くだからあんまりウオーみたいなことをできないかもだけど」


「よかったじゃん米倉よねくら。俺達と一緒に行こうぜ。春原すのはらさんも」


「お、おい。話を勝手に」


「いや~。やっぱり天海あまみさんのいるところには米倉よねくらがいないと、な」


「ごふぉっ!」


 な、のタイミングで背中を思いきり叩かれてむせてしまった。もはやこいつは僕に反論の余地を物理的に与えない気だ。


「まさか4人であずみんのライブに行けるなんてなあ。世の中なにが起きるか本当にわからない。つまり僕とるいたんが結婚する未来もありえるということだよ」


「いや、それは絶対にないだろ。年の差を……」


「ははは。ちょっとこっち来い」


 首にぐいっと腕を回されて連行された。年の差は縮まることのない事実なんだから素直に受け入れてほしい。


「いいか米倉よねくらよ」


「年齢のことを言ったのは謝るよ」


「いや、それもだけど今はそれじゃない」


 なぜか岸田きしだは小声で話す。これじゃあまるで僕らが春原すのはらさんに聞かれたくないことを話してるみたいじゃないか。


「よく考えてみろ。俺と天海あまみさん。米倉よねくら春原すのはらさん。これってダブルデートってやつじゃないか?」


「はあ? 誰も誰とも付き合ってないのに? まあ、仮にそれでもデートになるんだとしたら断らないとな。僕にはあかりんという運命の人がいる」


「それだよそれ。届かない声優さんよりも身近なクラスメイトだとは思わないか?」


「……どうした岸田きしだ。テストの重大なミスを思い出して頭がおかしくなったか?」


「ミスはしてない……たぶん。って、そんな話じゃない。現実を見ようって話だ」


 岸田きしだの腕は僕を逃がすまいとさらに力が込められる。

 別に脱走するつもりはないけど密着感がちょっと暑苦してく気持ち悪い。


「同じ趣味の男女が二人ずつ。これってチャンスだと思うんだよ。お前が言った通り俺とるいたんの年齢差はどんどん離れていく」


「いや、年齢差は基本的に埋まらないよ? まず現実を見なきゃいけないのは岸田きしだの方だよ?」


「うっさい。黙って聞いてろ。せっかくの高校生活に巡ってきたこのチャンスを逃したら俺達は叶わぬガチ恋に人生を捧げる負け組一般男性だ」


「僕は春町はるまちあかりの一般男性になるけどな」


「強情なやつめ。とにかく春原すのはらさんの誘いには乗っとけ。本当ならお前と天海あまみさんを連番にしたいところだけど、誘われたのは米原だ。席はこのままでいくぞ」


 チケットの所有権は真実まみ春原すのはらさんにあるのになぜか仕切る岸田きしだ。そのヤル気がさらに熱気を増してむさ苦しい。


「って、わけで」


 ようやく岸田きしだの腕から解放された首元に風が通って気持ちがいい。

 同じように真実まみに絡まれてもこんな不快感を覚えたことはないので、あいつはあいつでそれなりに女の子だったんだと実感した。


 じゃあ、もしあかりんに抱き着かれたら……僕は幸せで四散するかもしれない。

 うん。毎日のイメージトレーニングは欠かさないようにしよう。


春原すのはらさん、こいつライブに行きたいって。当日は開演まで俺らと一緒に遊びに行こうよ。天海あまみさんも一緒だしさ」


 岸田きしだが僕や真実まみの同意を得ることなく勝手に話を進める。

 そんな事情を知らない春原すのはらさんは無言でこくこくと頷いた。


 まあ、真実まみだってこの提案を断るはずはないと思うし、ここまで話が進んでしまったら僕だってもう断れない。


「あ、あの。よかったらID教えてほしい。待ち合わせとかに使いたいから」


「そ、そうだね。スマホ、スマホっと」


 いつもカバンの決まったポケットにスマホをしまうので簡単に取り出せる。だけど、真実まみ以外の女子と初めてIDを交換するというシチュエーションの緊張を鎮めるためにわざと時間を掛けて探すフリをした。


「QRコードでいいかな。僕が読む?」


「う、うん。お願いします」


 春原すのはらさんの小さな手に握られたスマホに表示されたQRコード。

 その上に自分のスマホを重ねると、桜のような甘い香りが鼻をくすぐった。


「よし、登録完了。よろしくね」


「うん。こちらこそ」


 元からそんなに多くない友達一覧に追加された春原すのはらさんのアイコンは『魔法少女は死亡フラグ』のスプリングスノーだった。


「あれ? 春原すのはらさんってスプリングスノー推しだったんだ。あずみんファンだからてっきりサマーメイプルかと」


「そ、そうなの。キャラはスプリングスノーの方が好きだったりして」


「へえ、なんかスプリングスノーの演技を認めてくれたみたいで嬉しいなあ。いや、お前は春町はるまちあかりの何なんだって話なんだけどさ」


「ガチ恋をこじらせた運命の相手だろ」


「うるせー! 僕とあかりんの運命は確実に存在するんだよ」


 岸田きしだが水を差してくれたおかげで僕のあかりんに対する謎の保護者目線みたいなものがスルーされた。


 教室を風が吹き抜ける。

 湿気を含んだ風は背中の汗を乾かしてはくれなかったけど、それでもどこか心地良くて、明日から始まる6月が最高のものになるような予感がした。

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