第16話 5月31日(月)テスト終了

「あああああ終わったああああ」


 中間テスト5日目。間に土日を挟んだおかげで最終日の科目に全力投球できた。その代わり、貴重な休日を2日間無駄にしてしまったような気もする。


 あかりんに相応しい男になるというモチベーションがなければ2日もちゃんと勉強できなかった。


「おつかれおつかれ。あとは結果が返ってくるのを待つのみだな」


「手応えがある人間は余裕があっていいな」


「米倉(よねくら)だって悪くはないんだろ? 今回は特に頑張ってたみたいだし」


「ふふ。推しが同い年というのはそれだけで原動力だ。あかりんに勉強を教えることになった時に困らないように鍛錬を積んだのだよ」


「俺も来年はるいたんと同じ18歳だからその理論で頑張ろうかな」


「そうだな。心持ちは大切だ」


 実年齢は母親と同じくらいなのはあえて触れないでやろう。成績が良ければ母親だって喜んでくれるだろうし。


「まあ、それはともかく席を元に戻そうぜ。オタクの席が遠いと寂しいんだわ」


「心細いのはわかる。今度の席替えが恐い」


「もう一番前でもいいからこの並びは固定にしてほしいわ」


 僕も岸田(きしだ)も真面目に授業を受けるタイプなので教壇の目の前でも何も問題はない。

 むしろ休み時間に振り向けばオタクがいる今の席順こそが至高だ。


「あー、ところでさ」


「うん?」


 移動のために筆記用具をしまっていると岸田(きしだ)が神妙な面持ちに変わった。


「先週の内探でまみまみさんが幼馴染以外をライブに誘ってったメールが読まれてろ」


「そんなこともあったな。今のクラスの友達とか春原さんとかだろ」


「もしかしてまだ本人に聞いてない?」


「真実(まみ)は誰とでも仲良くなるタイプだし、幼馴染であって彼女じゃない。僕が束縛するようなことじゃないしな」


「そう……なのか」


「だって僕の運命の相手はあかりんだからな」


 それが当然のことであるように恥ずかしげもなく宣言してやった。公開録音に僕を招待してくれていなければ冗談っぽく言っていた。だけど僕とあかりんの間には絶対的な運命が存在している。


「じゃあ俺と天海(あまみ)さんが一緒にライブ行くって言っても驚かないか」


「まっ……! たく驚かん」


「いや、今驚いてたろ。強引に誤魔化したのが丸わかりだ」


「そそそそそそんなことはない。岸田(きしだ)を誘った可能性も想定の範囲内だ」


「まあ、一応報告だ。別に俺と天海(あまみ)さんの間に何かあるわけでもないし」


「わかってる。それにしても岸田(きしだ)があずみんのライブに興味があった方が驚きだ」


 ラジフラや内探を聴いているもののソロの音楽活動にまで手を伸ばすのは結構意外な展開だった。

 僕らみたいな高校生だと複数人の声優さんを応援するのにお金が掛かるし、堀川(ほりかわ)瑠衣にガチ恋みたいなところがあるから余計に。


「ラジオ聴いてると曲を耳にするだろ。繰り返し聴いてるうちに好きになってきたんだよ」


「その気持ちはわかる。僕も20年前の堀川(ほりかわ)さんの曲好きだよ」


「20年前であることを強調するのはやめよう。な?」


「すまんすまん。でも僕らが生まれる前に発売した名曲がこうして今も人気になってるってすごいじゃないか」


「それがるいたんの魅力だからな。米倉(よねくら)もわかってるじゃないか」


 うざ絡みする体育会系の先輩のように肩をバンバンと叩く岸田(きしだ)。お互い運動は苦手なくせにオタク相手だとたまにこういう変なノリが出てしまう。


「とにかくライブ楽しんでこいよ。あずみんのライブチケットってなかなか買えないらしいし」


「だから俺も何度も天海(あまみ)さんに確認したんだよ。誘う相手を間違ってるんじゃないかって」


「いや、別に何が正解とかはないだろ」


「どう考えても米倉(よねくら)一択だろ。でも天海(あまみ)さんはこう言ったんだ」


「うん?」


「SSR幼馴染のありがたみをわからせるためだって。それを聞いて俺は納得したね。たしかに米倉(よねくら)は天海(あまみ)さんの存在のありがたみを全然わかってない」


「感謝はしてるぞ? あの性格だから周りに人が集まるからおかげでぼっちにならずに済んだ。オタクでぼっちじゃないってなかなか生活が充実してると思わないか」


 教室では一人ラノベをたしなみ、家に帰ったらアニメと声優ラジオに興じる。悪くはない人生だとは思うけど、こうしてオタク友達と話せるのは真実(まみ)の存在が大きい。オタクでもクラスの中心に近付けるきっかけを作ってくれた。


「そういう意味じゃなくてさ~。同じ女子高生なんだから春町あかりガチ恋から天海(あまみ)さんガチ恋に推し変すればいいじゃん」


「推し変はおかしいだろ。僕は真実(まみ)を推す気はない」


「言葉の綾だよ」


 やれやれと岸田(きしだ)はため息を付いた。幼馴染はカップルになるべきという謎の風潮は一体誰が生み出したのか。そして、そんな風潮があるのになぜ負けヒロインになってしまうのか。

 その謎を解明すべく我々は声優の沼にハマった。


「万が一。万が一にも天海(あまみ)さんが俺に告白することになっても八つ当たりだけはするなよ?」


「むしろ祝福するわ。これで僕と真実(まみ)をくっ付けようとする謎の勢力も大人しくなる。出来の悪い幼馴染ですがよろしくお願いします」


「お前は天海(あまみ)さんの親か」


「近しい存在ではあるかもな」


 岸田(きしだ)の言葉に僕が真実(まみ)に抱く感情がわかった気がする。

 恋人ではなく、ずっと側で見守ってきた子供のような存在。


 だから、信頼できる友達の元へ離れていくことで安心感を覚える。


 真実(まみ)は僕の気を引くために岸田(きしだ)を誘ったんだろうけど、それは逆効果だぞ。

 ふふ。世界が僕とあかりんが恋人になるように動いているようだ。


 テストが終わった解放感とあかりんへの想いが溢れ出て、思わず口元がゆるんでしまった。

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