第14話 5月26日(水)

「あああ~~~疲れた」


 テスト自体は午前中で終わった午後はひたすら自宅学習。

 去年は同じクラスで一緒に勉強しようと絡んできた真実まみも今年は大人しい。


 天海あまみさんとすぐに友達になれるようなコミュ強なので自分のクラスの友人と勉強してるんだと思う。


 だから今年は落ち着いてゆっくり勉強できると踏んでいたけど……。


「ずっと一人っていうのも集中力が続かないな」


 普段から授業はちゃんと受けているし2週間前からしっかり復習もしている。岸田きしだみたいな超効率の良い輩には勝てないだけで僕もそこそこの成績だ。

 それゆえに勉強に身が入らない。真実まみにウザ絡みされながらも教えてる方が少しはタメになっていたまである。


「あかりんに相応しい男になるって決めたんだ」


 鼓舞するようにつぶやいたものの時刻はもう21時近く。内探の時間だ。ちょっと気分転換のつもりでパソコンを立ち上げてBGMとしてラジオを流す。


―みなさんこんばんは。ライブまで2週間を切った内田うちだ杏美あずみです。時空が歪んでいるので今の私はもう少し余裕があるんだけど、実際の私は限界を迎えてると思います。


 生放送でなければ収録と放送のタイミングは当然ズレる。年末進行の時なんかはお正月の放送を11月末に収録していたりするし、反対に収録後するに放送されてほぼリアルタイムになっている時もある。


 そのタイミングを察してメールを送るのも採用されるコツだったりする。


 あずみんは結構時空の歪みをネタにするタイプで、平気で何本まとめて収録したとかそういう話題をぶっちゃける。


―いや~初めての武道館だからドキドキなんですよ。会場が大きいっていうのはもちろんなんですけど、このセトリで私は倒れないか心配で。


 心配と言うわりにあずみんの声は明るい。実はそこまで不安がっていないのか、ラジオ用に無理にテンションを作っているのか僕にはわからない。

 真実まみみたいにあずみんをイチオシにしてる声優ファンなら見抜けるのかもしれないけど、僕はあずみんの声を素直に受け止める。


―ちなみに今週の分から3回分まとめて収録です。私が倒れても6月9日はちゃんと放送されるから安心してね。


「おいおい。どんなライブになるんだよ」


 残念ながら僕はチケットを持っていないのでライブに参加することができない。武道館という大きな会場にも関わらずチケットは完売したそうだ。


 それにバイトをしていない高校生には一万円近いチケット代を捻出するのは難しい。これがあかりんのライブだったら無理をしていた。


 資本に限りがある以上、どうしても取捨選択を迫られてしまう。でも僕があかりんガチ恋の身。たとえお金があってもグッと我慢……できるかな。真実まみに誘われたら保護者として同伴してやらんこともない。


―それではまず最初のメール。あ、まみまみちゃんいつもありがとう。


「また僕をネタにしたのか」


 内探を聞き流しつつ勉強しようと考えていたのに真実まみのラジオネームが読まれて神経は完全にラジオに集中してしまった。

 あずみんに憧れていると豪語しているだけあって熱心にメールを送っているようだ。


―あずみんこんばんは。はい、こんばんは。もうすぐライブですね。実はアタシもチケットを買うことができました。それも2枚。


「そうなの?」


 ライブチケットを2枚も入手できたらまず自慢してきて、それから何か条件を付けて誘ってきそうなものなのに、僕はこの事実をラジオ番組で初めて知った。

 あまりにイレギュラーな事態にもう勉強どころではない。


―今までのアタシなら幼馴染を誘っていたと思います。でも今回は別の友達を誘うことにしました。幼馴染の悔しがる顔を見るのが今から楽しみです。といただきました。まみまみちゃん思い切った行動に出たね。もしかして三角関係が始まる? あ、お友達が女の子かもしれないよね。


 スマホのロックを解除しても特に何の通知も来ていない。そして、通知音が鳴る気配もない。


「ふ、ふ~ん。そうか。まあ真実まみは友達多そうだしな」


 自分のクラスで声優ファンの友達ができて、そいつと一緒に行くのかもしれない。

むしろ今までがおかしかった。幼馴染ではあっても付き合ってない男女が一緒にいすぎた。


 僕はあかりんという運命の相手がいる。真実まみがどんなに僕を好きと言ってくれてもそれは報われない。むしろ新しい出会いを求めて動き出したのは喜ばしいことだ。


―あ~、でも悔しがる顔って書いてるから男の子なのかな。私のライブに行けなくて悔しがってくれるのも嬉しい。でもラブコメ的にはまみまみちゃんが誘ったお友達が男子であってほしい。そこから幼馴染くんがどう動くか。次の収録がライブ後だからそれも楽しみ~。こりゃ絶対倒れるわけにはいかないわ。まみまみちゃんありがとう。


 もはや私信と言えるレベルで真実まみからのメールに受け答えするあずみん。こんなにも推しの声優さんのテンションを上げられるメールを書ける才能に嫉妬しつつ、そのネタの渦中にいる僕が状況を掴めていないもどかしさでモヤモヤする。


「僕から連絡するのはなんか悔しいな」


 まるで真実まみとライブに行くのが誰かをすごく気にしているみたいだ。いや、気にならないと言えばウソになるんだけど……。


「よしっ! 決めた。僕からこの話題は振らない。どうせ真実まみのことだから我慢できなくなって墓穴を掘るだろ」


 メールの内容から察するに僕を悔しがらせたいみたいだし。つまり僕が何食わぬ顔で平常心を保っていれば真実まみに勝ったことになる。

 

 ふふ、何年幼馴染をやってると思ってるんだ。僕が真実まみの策略に負けるはずがないし、ラジオで内容を知っているんだから攻略法を見い出すのは簡単である。


「もしラジオじゃなくて真実まみの口から直接知らされてたら、ちょっとは取り乱してたかも」


 そう考えると真実まみはすでに墓穴を掘っている。あずみんにライブ参加の報告をしたい気持ちや幼馴染である僕をネタにしたい欲が出てしまったのが敗因だ。


「さて、あかりんのために勉強だ」


 あえて言葉にすることで自分に気合を入れ直す。頭に知識を擦り込むようにペンを走らせる。

 ノートにはたくさんの文字が並んでいって勉強はとても捗っているように見える。それなのに僕の頭は真実まみのことでいっぱいになっていた。








 なんてことはなく、うろ覚えだった部分がしっかりと記憶に刻まれたので更に得点を伸ばすことができそうだ。

 やっぱり僕はあかりんが本気で好き。真実まみは恋愛対象じゃない。それがしっかりと証明された。

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