第13話 5月25日(火)昼

 公開録音に当選したのはとても喜ばしいことだけど学生には乗り越えなければならない壁が存在する。そう、定期テストだ。


 僕はあまり自分から勉強やテストの話題を振らない。岸田きしだは熟女の尻を追いかけながらもしっかり勉強しているので僕より順位が上だ。

 真実まみだってもう子供じゃないんだから僕が勉強するように言うのはおかしいし、幼馴染であって親ではない。


 だから今朝もいつも通りラジオトークだけして決戦の地とも言える学校に赴いた。


「テストと授業って同じ50分のはずなのになんでいつもより疲れるんだろうな」


「そうか? 俺はテストの方が楽だけど」


「成績が良いやつは言うことが違うねえ」


 テスト期間中は座席が五十音順になるので岸田きしだとは席が離れてしまう。僕こと米倉よねくらは出席番号的に教室の隅に位置する。

 

 二人で会話するにはうってつけの場所なのでだいたい岸田きしだが僕のところにやってくる。


米倉よねくらだって別に悪くはないだろ。俺がすごいだけで」


「年齢が上の声優さんを推すと順位も上になるのかな」


「るいたんは18歳だ!」


「だから年上じゃん。どうした急に熱くなって」


「くぅ~。幼馴染のいるSSR人生を棒に振ってるくせに生意気な」


「僕にとってのSSRはあかりんなんだよ」


 具体的なテスト内容に触れずいつも声優トークに花を咲かせる。岸田きしだはともかく、僕は最後の最後まで諦めずに知識を頭に詰め込んだ方が良いのはわかっている。わかってはいても声優の話で盛り上がるのはかけがえのない青春のひと時だ。


 こうやってリラックスすることで実力以上のものを引き出すと自分に言い聞かせて岸田きしだとのおしゃべりを楽しむ。


米倉よねくらの人生ってほんと灯台下暗しだよな。せっかくのチャンスを逃すと将来は孤独死だぞ?」


岸田きしだこそ念願が叶ったとしても孤独死じゃね?」


 僕らと堀川ほりかわ瑠衣るいさんは親子ほど年齢が離れている。いくら女性の方が平均寿命が長いといっても順当にいけば相手の方が先にお亡くなりになる。


 中間テスト真っ只中の高校生が話題にするにはあまりに先の出来事に岸田きしだはやれやれと首を振った。


「んふふふ。なにを言っているのかね。るいたんは永遠の18歳。俺が先に死んでるいたんは永遠を生きるに決まっているだろ」


「あー、バカと天才は紙一重ってこういうことを言うんだな」


 いくら年齢に比べて若々しいと言っても昔の写真と並べれば確実に年齢を重ねている。不老でもなければましてや不死でもない。

 天使みたいな声優さんと称されているけど僕らと同じように年老いて死んでいくのだ。


「うるせー。俺は天才でもなければバカでもない。ただありのままの現実を見てるだけだ。るいたんは18歳なんだ」


「はいはい。わかったよ。いつかダブルデートできるといいな」


「俺とるいたん、米倉よねくら天海あまみさんのか。いいなそれ」


「僕はあかりんとだよ」


 絵面としては堀川ほりかわさんが母親で他3人がその子供といったところか。岸田きしだと兄弟はなんかイヤだな。


「今、親子みたいって思ったろ」


「思ってない思ってない。いい姉妹だなって想像しただけだ」


 変に勘繰るとお前自身も親子だと思ってるみたいだぞ?


「あ、そうだ。ダブルデートで思い出したんだけど」


 ♪キーンコーンカーンコーン


「やべ。もう時間か。別にたいしたことじゃないから忘れてくれ。俺の口から言っちゃマズいかもだし」


「おう。そうか」


 座席が前後なら先生が来る直前まで話していられるけどテスト期間中はそうもいかない。予鈴が鳴ったらさすがに教室が集中モードに切り替わる。

 その雰囲気を壊してまでお喋りを続けられるほどクラスカーストも高くないので僕も岸田きしだも大人しく自分の席で最後の追い込みをかけるふりをする。

 

「とりあえずあんまり驚かないでくれよ。天海あまみさんのすることだから」


 そう言い残して自分の席へと戻っていく岸田きしだに手を振りカバンからノートを取り出した。一応パラパラとめくってはいるけど内容は頭に入ってこない。


 デートで思い出す真実まみの話題。まさか岸田きしだ真実まみが付き合うことになったとか?

 それにしては今朝もベタベタとくっ付いてきたし、僕を修羅場に巻き込まないでほしい。


「もし二人が付き合ったら……」


 まみまみが送っている幼馴染ネタが彼氏ネタに取って代わるのだろうか。

 ネット上では、幼馴染が彼氏になった派。愛想を尽かして別の男と付き合いだした派。幼馴染も彼氏も妄想派の三者が激しい戦いを繰り広げるのだった。


 みたいな展開にはならないでほしい。

 オタクは結婚には寛容なのになぜか恋愛には厳しいという謎の風潮がある。


 同じオタクなのにリアルも充実してるのかぐぬぬ……っ! と思う気持ちはわからなくはないけど、僕はそこまで妬んだりはしない。


 それはきっと、僕が春町はるまちあかりの運命の相手だからだ。


 あかりんにガチ恋しているオタクは数いれど、他人の恋愛に対して寛容なのは僕くらいなものだ。


 きっと神様が、こんな僕なら春町はるまちあかりに相応しいと選んでくれたに違いない。


 テストが始まるまであと5分。もしかしたらあかりんに勉強を教える日が来るかもしれない。頭の良い彼氏でいるために僕は雑念を振り払う。


 ただの文字として頭を通り抜けていったノートの内容をしっかり知識として焼き付け、僕は戦いに挑んだ。

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