第10話 5月20日(木)昼
昼休み。ついに作戦決行の時間がやってきた。
自然に雑誌を落とすところ。
授業中に頭の中で何度も何度もシミュレーションした。
おかげで寝不足なのに居眠りはしなかったけど授業内容はあんまり入ってきていない。
帰ったらちゃんと復習しないと……。
「んふふ。さて、
一緒にお昼を食べるために
そこまでのいつもの昼休みの光景だけど、一つだけ違うのは
いわゆるゲンドウポーズをして意味深な笑みを浮かべている。
「どうした
「とぼけるな
「続き?」
内探、それは『内田杏美の探偵事務所』の略称だ。
もしかしてわたしがスノー原ってバレちゃった?
「世の幼馴染はあまりに鈍感すぎると思わないかね」
「そうだな。スノー原さんの幼馴染とかな」
「はっはっは。まだとぼけるかね」
よかった。話題の中心はスノー原じゃなくてその幼馴染だ。幼馴染っていうのはウソで本当は
「今からでも俺が幼馴染になれないだろうか。こう、記憶を改変して」
「なにを言ってるんだお前は」
「けっ! 生まれた時から約束されたヒロインがいる人生SSR野郎にはわからないだろうな」
「リセマラして引いた初期SSRより追加されたSSRの方が強い。きっと
「くぅ~SSR持ちの男に言われると腹立つ」
人生をソシャゲのガチャみたいに例えてる時点でどっちもどっちだな~なんて心の声でツッコミを入れると自然に口角が上がってしまった。
いけないいけない。会話を盗み聞きしてるってバレちゃう。落ち着いて。素知らぬふりをして雑誌を落とすんだから。
ずっと
「それにしても幼馴染は人生SSRっていうのは名言だよな」
「思った。内探って年末になると流行語大賞やってるじゃん? 僕、絶対この発言に投票する」
「たぶんこの言葉は一生覚えてるわ」
二人が内探の話題で盛り上がっているのを聴いてやっぱり内田先輩はすごいと思った。一生忘れられないような名言をあかりは残せているだろか。
もちろん炎上とかそういうのではなく、リスナーの心に残るような言葉を。
「俺はるいたん一筋だけどあずみんのトークを聴いていると惹かれるものがあるね」
「おお!
「下がってねーわ。るいたんは18歳なんだからむしろ上がってるんだよ」
「ははは。悪い」
堀川瑠衣さん。わたしが生まれるから活躍しているベテラン声優さん。内田先輩から聞いた話だと、18歳教らしくどんな年下の後輩とも優しく接してくれる天使のようならしい。
子供の頃に見ていたアニメのヒロインを演じていた人でもあるので、オタクの部分をちゃんと隠していつか現場でご一緒したい。
「んじゃあ、あずみんで対象年齢を上げたついでに、あかりんで対象年齢を下げてみないか?」
「なんだよそれ。詐欺の勧誘かよ」
なんて悲しんでる場合じゃない。ちょうど内田先輩と
机にしまっておいた雑誌を引っ張り出して、自然にそれを
内田先輩と表紙を飾った号が汚れるのは心が痛む。でも、わたしにできる大胆な行動はこれしかない。
心の中で内田先輩に謝りつつ、わたしは作戦を実行した。
バサッ!
値段相応にきちんと製本された雑誌は良い音を立てて床にぶつかった。
きちんと
落下地点も申し分なし。
あとは脳内で繰り返したシミュレーション通りに会話の選択肢を選ぶだけ。こういうゲームは昔から何度も攻略してきたので自信はある。
「落としたよ」
机の上にスッと置かれる声優雑誌。
正体がバレたら炎上必死のアピール作戦。声優ファンは厳しいので男友達がいるだけでも評価が厳しくなる。
それでもわたしは、自分を一番好きと言ってくれたクラスメイトと仲良くなりたい。わたしは
「ありがとう。実はわたし、声優さんが好きで」
気が早るせいで聞かれてもいないことを自分から喋ってしまった。
これじゃあ近付くと勝手に吹き出しが現れる村人Aだ。
「そうなんだ。アタシもよ」
ん? アタシ?
その一人称で冷静さ取り戻したわたしは耳に入ってきた声を解析する。
ちょっと幼くて生意気で、だけど憎めない可愛いらしい声。
声優デビューしたらロリキャラで人気が出そうな声の持ち主は、少なくとも
いつも教室でうつむいているので顔を上げるのに勇気がいる。
我ながら、
「この二人ならアタシは断然あずみん派ね。あなたは?」
「えっと……
演じるキャラクターに合わせてサイドテールのウィッグを付けた笑顔のあかりと同じように、サイドテールで一点の曇りもない笑顔を見せる女の子。
そういえばこの前、
「あかりん推しだったらアタシの幼馴染ね。こいつ、こんなに可愛い幼馴染がいるのにガチ恋してんの」
「自分で自分を可愛いなんて言う幼馴染とあかりんじゃ比べものにならん。出直してこい」
「出直したら音弥も考え直してくれるの?」
「考え直した上であかりんを選ぶ」
息の合った熟年の夫婦のように楽しそうに話す
「よかったら友達になりましょう。女性声優の女の子ファンって少なくて」
「あ、えと……」
「
「こんなだからって何よ。音弥からお願いされる意味もわかんない」
幼馴染のイチャイチャを見せつけられてわたしの心はオーバーキルされていた。まさか
でも、ちょうど良かったのかもしれない。この子が側にいる限り、わたしと
男友達との交友も気を付けないといけないけど、教室で声優さんの話をするくらいならきっと大丈夫。
「うん。よろしくお願いします」
「アタシは
「
「オッケ。
「うん。
いきなり下の名前で呼ぶことに抵抗はあったけど、相手がちゃん付けで呼ぶのならこちらもそれに応えるのが女子ルールだ。
こんな風に親し気な呼び方をするのは久しぶりなのでちょっとドキドキする。
「で、何の用だよ。まさか
「んー? 何しに来たんだっけ? 忘れちゃった。思い出したらまた来るから。バイバイ
「ごめんね
「ううん」
「あの、
「は、はい」
「よかったら俺達とも友達にならない? 結構声優さんのラジオにメール送ってたりしててさ」
知ってるよ。なんて言えるはずもない。
もしわたしが
気を遣って表面上だけでも推してくれるのか、はたまた信念を曲げないのか。
それを考えるとちょっと恐い。
でも、
だからわたしは迷うことなく返事をした。
「喜んで」
ほんの少し
だって、あかりのファンが目の前にいるんだもん。
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