第9話 5月20日(木)朝

 5月も終わりが近付いてくると日差しが夏みたいに厳しい。さらに来週は中間テストも控えているとなると気分は重くなる。


 そんな高校生らしい悩みとは無縁なのが我が幼馴染だったりする。同い年だと思っていたけどもしかしたらお気楽な小学生なのかもしれない。


「おっはよ音弥おとや


「あつい」


「にひひ。JKの胸が当たって興奮しちゃった?」


「JKの何が当たってるって?」


 比較対象がないのでよくわからないけど、柔らかいものが当たっているような感覚は今のところない。

 距離の近さが幼稚園から変わらないのでもはや真実まみの体が密着してもドキドキしない体質になっていた。


「あずみんの言ってた通りでウケるんですけど」


「一般的な幼馴染だとそうなのかもな。残念ながら僕は真実まみに対して一切ドキドキしない」


「にひひ。強がっちゃってかわいいなあ」


「っていうか痴女エピソードをラジオに送るなよ」


音弥おとやのリアクションがイマイチだったから、もうメールのネタにして供養するしかないかなって」


「お前なあ……」


 呆れ半分、怒り半分でため息をつく。だけど、その気持ちはわからなくもない。

 考えに考え抜いた渾身のネタがボツをくらったらリサイクルしたくなる。


「あずみんも言ってたじゃん。触れない女性声優より触れる幼馴染って」


「僕はあかりんと結婚するから。真実まみならもっといい男と出会えるさ」


「あーあ、音弥おとやは人生で最大のチャンスを逃したなあ」


「はいはい。三十路になって独身だったら今日の日のことを泣いて後悔するよ」


「にひひ。後悔の日はもう少し早く来ると思うけどね」


 真実まみはイタズラを考え付いた子供のように不敵な笑みを浮かべた。成績はあまりよくないのに僕を困らせる時の頭の回転はすさまじいものがあるので注意しなければ。


「それにしても最近よくメール読まれてるな。ウケもいいし」


「にひひ。身近に鉄板ネタがいるからねえ」


「僕に謝礼を払ってもいいんじゃないのか?」


音弥おとやったら、そういうシチュが好みだったんだ」


「ん?」


「謝礼と称して幼馴染の体を思いのままに……」


「見た目は子供、中身はおっさんの幼馴染がいて僕は毎日楽しいよ」


 隠すほでもない薄い胸を自分を抱きしめるようにしてガードする真実まみに対して怒る気にもなれず、僕は皮肉を込めて感謝を述べた。


「そうでしょうそうでしょう。音弥おとやは生まれた時にSSRを引いてるからね」


「あずみんの受け売りじゃねーか」


「推しの言葉を引用するのはファンとして当然の行為よ」


「あずみんは自分から胸を見せつけたりはしないと思うぞ?」


「あ、あれはアドリブだから。個人的にネタにするのはいいけど蒸し返すのは禁止」


「はいはい」


 ラジオにメールを送って全国レベルで蒸し返してるのは真実まみの方だというツッコミをグッと堪えて、僕は幼馴染の発言を適当に聞き流した。


「それにしても最近幼馴染メールが多いと思わない?」


「ああ、それな。真実まみが別名義で送ってるのかと思ったわ」


「そんなことしないって。せっかくまみまみの名前を憶えてもらったのにさ。それにスノー原さんは前からいるじゃん」


「だよなあ。声優ラジオにメール送る女子リスナーって幼馴染率が高いのかもな」


「世話の焼ける幼馴染がいるとついついアニメの幼馴染キャラに共感しちゃうのよね。そしてそのまま沼に」


「おい。誰が世話の焼ける幼馴染だ」


「誰って音弥おとやしかいないじゃない。アタシがこんなにも女をアピールしてるのに全然振り向かないなんて。まさか本当に男として枯れてる……!?」


「その驚愕顔をやめろ。枯れてないからあかりんにガチ恋してるんだろうが」


 しかも僕は一度も真実まみに対して愛の告白的なことをしたことがない。一度フラれても幼馴染の関係が変わらないとかじゃなく、本当に幼稚園の頃からずっと幼馴染のまま今日に至っている。


「ちょっと子供っぽいけど、真実まみは客観的に評価すると可愛い部類だと思うんだ。僕にばっかり構ってないでクラスの男子に胸でも見せてやったらどうだ?」


「なにそれ変態じゃない」


「そうだな。変態だな」


 変態の幼馴染を持つ僕の気持ちをもう少し考えてほしい。


「アタシって声優さんのラジオにメールを送るでしょ。彼氏ができたらたぶんそのこともネタにして送ると思うんだよね」


「うん」


「それって彼氏のプライバシーを侵害してる気がして……でも音弥おとやならいいかなって」


「僕にはプライバシーがないと?」


「にひひ。そゆこと」


 変態な上にデリカシーもないとは恐れ入った。僕でなかったら一発殴ってもおかしくないぞ。

 心優しい幼馴染に恵まれたことに感謝してほしいものだ。


「さあ音弥おとや。連名であずみんにご報告よ。あかりんには渡米さんメインで送っていいから」


「送らないし送らせねーよ?」


「むぅ……手強い。だったらあずみんのもう一つのアドバイスを実践するから」


「もう一つ?」


「あ、えーっと……他の人にしてたアドバイスも活用するオタクの鑑的な」


 慌てふためく真実まみをよそに僕は記憶を掘り起こす。

 たしか三度目の掃除機さんだっけか、幼馴染が振り向いてくれないとメールを送っていたのか。

 

 それに対して他の男を付き合ってみて嫉妬させるというとんでも回答をしてた気がする。


「幼馴染の初めてをいろいろ奪えるポジションだったのに棒に振ったことを泣いて後悔するといいわ!」


 ビシっと人差し指を突き刺して宣戦布告した真実まみは一人でスタスタと学校へ向かって早歩きしていった。


 真実まみが今すぐ付き合えそうな男はあいつしかいない。

 僕や真実まみと同じく声優ファンでラジオにもメールを送っている岸田きしだ陸斗りくと


「だけどあいつ熟女好きだぞ」


 それとも色仕掛けされたらコロッと落ちてしまうのだろうか。

 社会実験的な意味で楽しみになってきた。

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