第3話 5月11日(火)昼
「あー、終わった終わった」
午前中の授業が終われば1時間の昼休みが待っている。学生の本分は勉強と言われても一度しかない高校生活における昼休みというのはとても貴重だ。
例えば僕のイチオシ声優である春町あかりの布教活動にも使える。
「いいか。よーく考えてみろ。僕達と同じ高校生でデビュー作の時点であの演技力。これから更に伸びると思わないか」
「若さと可愛さで今がピークかもしれないだろ。やっぱり推すなら何回目かの18歳を迎えた18歳なわけよ」
「そりゃその年で業界に残ってるんだから安定感はあるけどさ」
「その年って言うな! 18歳なんだよ!」
「
「18歳を名前に含めるんじゃないよ」
僕と熱い議論を交わすのは
「いや、18歳教声優さんの演技力やトークは素晴らしいよ。素晴らしいけどさ」
18歳教というのは妙齢を迎えた女性声優が入れる宗派だ。あとから年齢を非公表にしても過去の記録からある程度は年齢が絞れてしまう。
その問題を永遠の18歳になることで解決するのが18歳教というわけだ。だからネタで18歳までが名前に含まれることが多い。声優業界の一種の様式美と言ってもいい。
中には
「
18歳教の魅力を熱弁する
声優さんのラジオで励まされるように、その反対の力も言葉は持っている。
だけどこれは目を背けてはいけない現実だ。夢を追う上で絶対に避けらない。意を決して僕はその言葉を口にした。
「実年齢は母親より上じゃん」
「18歳だって言ってるだろおおおおお!!!」
教室中の視線が僕と
興奮気味に語っていた
「とりあえず落ち着こうか」
「もう落ち着いている、だが実年齢のことは言うな」
「いや、だけど現実は……」
「うるさいうるさい。じゃあ
「それはまあ……そうだな」
そんな年齢になっても小学生の役を可愛く演じるし、自分の母親と比べるなんて申し訳ないほどに外見も若々しい。
だけど、そうは言っても本物の女子高生の瑞々しさには勝てな……おっと、これ以上は考えていることが顔に出てしまいそうなのでやめておこう。
「いいか
「その理論なら別に現役JKでも構わないじゃないか」
「わかってないなあ。深みが違うんだよ深みが」
「あかりんだって経験を積めば深みが出るだろ。今しか出せないフレッシュさを僕は楽しみたいね」
「フレッシュねえ。昨日のラジオで恋愛経験がないって言ってたけど、どうせ裏では男をとっかえひっかえ」
「あかりんが僕らと同じ恋愛初心者なんだよおおおお!!!!」
再び教室中の視線が僕らに集まる。
今回の原因は自分にあるので恥ずかしさで一気に興奮が冷め、冷静さを取り戻しているのに羞恥で体は熱いままだ。
「一旦落ち着こう。な?」
「もう落ち着いている。だけどあかりんは恋愛初心者だ。あのうまくアドバイスできない感じは間違いなく未経験だね」
「そんな風に期待してるから週刊誌にスクープされた時に絶望するんだよ。その点るいたんはオトナの女だから今さら誰も気にしない。むしろ婚期を心配されて……」
ここ数年、アラサーの女性声優はどんどん結婚していく。そんな中でずっと独身を貫き
「ほら、
「…………嫁が母親より年上ってキツくないか?」
「実年齢の話はしないんじゃなかったのかよ」
「でも母親より上の熟女か……興奮はする」
「すげーなお前」
僕には熟女趣味は理解できないし、母親の年齢が大きな壁として立ち塞がっている。それを乗り越えられるのなら本物の愛と言えるのかもしれないと感心した。
「っていうか、
「まだまだ未熟な新人の喋りを聴いてるいたんの偉大さを再確認してるんだよ」
「理由はどうあれ再生数が増えるのは嬉しい。アニメタイアップの番組だから円盤が一通り発売したら終わると思うけど、個人の冠番組に繋がってほしい。いた天みたいな」
「ふっ。『
「そうだな。18歳なのに20年もラジオをやってるなんて時間の壁を超えてるな」
「るいたんは前世から声優をやってるベテランなんだ。古参リスナーはオヤジと同年代だと知った時は震えたね」
番組が20年も続くということは、20年間リスナーが付いているということ。第1回から聴いている人もいれば、途中から入った人、一度は離れたけど復活した人、いろいろなタイプがいると思う。
なんであれ自分の人生よりも長い年月も続いているという事実は素直に尊敬するしかない。
「
「そうは言ってもなあ。20年で培った定番ネタとかわからないし」
「気にするなって。俺なんてるいたんからりっくんと呼ばれる度に妄想が捗ってるんだぞ」
「僕のラジオネームじゃ妄想は膨らまないな」
教室では自分のラジオネームを口にするのはどこか気恥ずかして僕はちょっと言葉を濁す。
「ラジオネーム変えればいいだろ。あるいは本名希望」
「う~ん。使い分けかあ。間違えて送りそうで恐いな。僕はあかりんに今のラジオネームを覚えてもらいたい」
「その気持ちもわかる。だがな、本名に近いラジオネームだと恋人気分を味わえるんだぞ? たぶん俺をりっくんと呼んでくれるのはるいたんだけだ。いた天が俺の青春。彼女。嫁」
「と、言うわけで推し変しよう。な?」
「しねーよ! 危うく沼に引きずり込まれるところだったわ」
「ちっ。惜しい。同年代のファンが少ないから寂しいんだよ」
「それならやっぱりあかりんをだな」
「それはノーサンキュー。現役JKなんて信用ならん」
「いや、僕は春町あかりの声優としての実力を認めてほしくて」
「あーあー。聞こえない聞こえない」
耳を塞いであーあーと声を上げて抵抗する姿はまるで子供だ。僕らの趣味は世間から見れば子供っぽいと評価されるのだから今さら気にするようなことでもないけど。
バサッ!
「あ、落ちたよ」
隣の席で一人でお弁当を食べていた
カバーが掛けられているので中身はわからないし、特別親しいわけではないクラスメイトの持ち物をじろじろ見るのは行儀が悪い。
だからサッと拾って、一言添えて机に置いた。
同じ失敗を繰り返さないためだろう。
口数が少ないのでどんな人なのかイマイチよくわからないけど、悪い人ではないと思う。
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