第2話 5月11日(火)朝

「ふわぁ」


 月曜日の24時、正確に表現すれば日付が回って火曜日に『魔法少女役の新人声優がラジオをやるフラグ』は更新される。

 

2週間はいつでも聞けるので後から都合の良いタイミングで再生すればいいんだけど、0時の更新と同時にSNSの実況に参加しながら聴くのが楽しい。


 だから火曜日はどうしても寝不足気味で登校することになる。


「おはよう渡米さん」


 肩をパンと叩きながらラジオネームで呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。


「おはよう、まみまみさん」


 小さな体にサイドテールが特徴的な僕の幼馴染。ラジオネームまみまみで活躍中の天海あまみ真実まみだ。


「もう! 外でラジオネームで呼ばないでって言ってるじゃん」


「数秒前の自分の言動を振り返ってから発言してもらおうか」


「ちっちっち。わかってないなあ。日本に渡米は数多いる男性リスナーの一人なのに対し、まみまみはあかりんに認知されてる女性リスナー。いつどこで嫉妬の炎に焼かれるかわからないじゃない」


「くっ……本当に認知されてるからタチが悪い」


「にひひ。いつもネタ提供ありがとうございまっす!」


「いいか真実まみ? スプリングスノーは他人様の人生を切り取ってネタにしたりしないんだぞ」


「アタシはスプリングスノーじゃないし」


「アニメが始まった途端に同じ髪型にしたのにか? 同じ髪型をしてる高二でもあかりんと真実まみじゃ雲泥の差だな」


「あかりんとアタシを比べることないじゃん。音弥も夢見てないでもっと周りに目を向けようよ。手の届かない女性声優より身近な幼馴染みたいな?」


「あーはいはい。僕達にそういうのは無関係だから。それとも僕と一緒に爆破されたいのか?」


「んー。爆破されるのはあずみんと一緒がいいな」


「お前だって女性声優との夢を見てるじゃないか」


 小さい頃からアニメが大好きで、今では声優ラジオにメールを送って採用数やウケ方を競うライバル。そんな僕達が恋愛関係に発展するとはとても思えない。


 万が一にも真実まみと付き合ったらデートの失敗や僕に対する愚痴をラジオに送られかねない。


 僕も同じように真実まみの失敗談を送ればいいって?

 そんなことをしたら嫉妬に狂った男性リスナーから攻撃の的になってしまう。なによりあかりんにガチ恋してるのに彼女がいるなんて浮気も同然だ。


 恋愛を禁止されているわけではないけど、この一途な想いを証明するために恋愛を自粛している。断じてモテないからではないのだ。


「音弥だって知ってるでしょ。声は脳がとろけるみたいに可愛いのに性格は男前でさっぱりしてて、まさにアタシが追い求める理想のお姉様像なの」


「そうか。あずみんにも認知されるといいな」


「うん。だから今日もネタ提供お願いね」


 真実まみはおもむろにブラウスのボタンを外して僕にだけ見えるように胸元を開けた。

 体と同じように胸もあまり育ってはいない。だけどそれは他と比べてという話であって、過去の真実まみと比べれば少しは成長している。


 白に近い淡い水色の下着がチラリと見える。谷間と表現できるか微妙なわずかな膨らみ。ちょっとした肉の隙間だと理性で抑え込もうとしても本能がその隙間を求めてしまう。


「にひひ。アタシの幼馴染はずいぶんとむっつりさんなんだね。あずみんに相談しちゃお」


「自分から谷間を見せる痴女だと思われないといいな」


「あ……」


「ふん! 僕をネタにしたメールばかり送っているからこうなるんだ。たまには自分のエピソードをだな」


「ア、 アタシの谷間を返せえ!」


「ないもんは返せねえ! あとボタンしめろ」


「くっ! この変態幼馴染」


「どっちが変態だよ!」


「どうせ今のことをネタにするつもりのくせに」


「幼馴染がいきなり胸を出しました。なんて誰が信じるんだよ。作りメールって叩かれて炎上するわ」


「ネタっていうのはそういう意味じゃなくて」


 胸を出しても恥ずかしがる素振りを見せなかった真実まみの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 その様子を見て僕はネタのもう一つの意味にたどり着いた。


「ばっ……自分でそういうこと言う方がやっぱり変態だわ」


「うっさい。どうせ男子はそういうことばっか考えてるくせに」


「……否定はしないが」


 女性声優のラジオにはちょっと下ネタ寄りのメールも多い。さすがにあかりんみたいなJKがパーソナリティを務める番組では作家さんがフィルターになってくれているのか下ネタメールは紹介されない。


 だけど、真実まみが推しているあずみん、内田杏美さんのようなアラサー女性声優の番組では巧妙にエロさを隠した下ネタメールが読まれたりする。


 その絶妙な比喩表現はリスナーからも評価が高く、あずみんもバカなリスナーの下ネタを笑って罵ってくれる。みんなが楽しく幸せな気持ちになれるというわけだ。


「否定しないってことはアタシをそういう目で見ることもあるんだ。ふーん」


「朗報だ。お前をそんな風に見たことはないから安心しろ」


「にひひ。照れなくてもいいんだよ? お互いにネタを提供し合おうじゃないか」


真実まみが勝手にネタにしてるだけだろ。あと、お前からネタの提供を受けるつもりもない」


「むっつり幼馴染は強情だなあ。あかりんに彼氏が発覚して傷心したら慰めてあげるから安心してガチ恋しなさい」


「うっせ」


 立ち直るが早いか僕の背中をポンポン叩き面倒くさい上司みたいになっている。

 そもそも絶賛売り出し中のあかりんが彼氏なんて作るわけないだろ。可能性があるとすれば僕みたいな地味な高校生だ。


 まさか僕みたいのが春町あかりと付き合ってるなんて誰も思わないだろうし、彼女の仕事に対する理解もある。あかりんの運命の相手はきっと僕だな。


「ちなみにあかりんとアタシの胸、たぶん同じくらいのサイズだよ」


「ハハハ。またまた御冗談を…………マジ?」


「にひひ。さっきちゃんと見ておけばよかったのにねえ。あーあ、音弥はチャンスに弱いなあ」


「いつか本人のを見ればいいんだよ!」


「はいはい。もし音弥があかりんと付き合うことになったらアタシに教えてね。サイン欲しいから」


「自分の胸をさらけ出すような痴女は秘密を守れそうにないからイヤだ」


「大丈夫。全然期待してないから」


 こんな風に声優さんの話題で盛り上がるのが僕と真実まみの関係。

 今日はちょっとだけドキッとさせられたけど、あれだって子供っぽい幼馴染のイタズラの範疇だと思う。


 三度目の掃除機さんだったかな。最後に恋愛相談メールが初回された人。

この人と幼馴染はどんな関係なんだろうかとふと気になった。脳内で生まれた幼馴染ではなく実話だとしたらだけど。

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