声優ラジオに恋愛相談を送っているのは幼馴染かもしれない

くにすらのに

第1話 5月11日(火)深夜

―ラジオネーム日本に渡米さんからいただきました・


 同じ人類とは思えない、脳がとろけるような甘い声がパソコンから響く。

 二週間に一度配信されるインターネットのラジオ番組『魔法少女役の新人声優がラジオをやるフラグ』が僕の人生の生きる糧だ。


 そして日本に渡米とは僕、米倉よねくら音弥おとやがラジオ番組にメールを送る時の名前である。苗字が米倉だから米にちなんだラジオネームにしたくて日本に渡米というツッコミどころのある名前にたどり着いた。


―あかりん こんばんは。はい、こんばんは。


 僕が書いた挨拶に対してあかりんが挨拶を返してくれる。メール投稿はパーソナリティの会話と言っても過言ではない。


 あかりんというのはもちろんニックネームで本名……芸名かもしれないけどフルネームは春町はるまちあかり。『魔法少女は死亡フラグ』でデビューした新人声優だ。


 このアニメは他の声優さんが出演しているのがきっかけで見始めて、気付けば春町はるまちあかりが演じるスプリングスノーに釘付けになっていた。


 キャラクターのビジュアルが銀髪のサイドテールという点はもちろん、彼女の演技が僕の心に刺さったのだ。


―僕はあかりんと同じ高校二年生です。ガチ恋勢なのですがどんな一般男性になればワンチャン掴めますか? と、いただきました。ありがとうございます。


―そっかあガチ恋してくれてるんだあ。あかりはあかりのことを一番に好きでいてくれる一般男性がいいなあ。え? 一般男性限定なのか? 女性声優といえば一般男性との結婚じゃないですか? あかりはずっと先の話だと思いますけど。では次のお便り……。


 僕のメールが紹介し終わるとすぐに次のメールが紹介される。時間にして二分くらいだろうか。まるで僕とあかりんが二人きりでお話できたような充実感が体中に満ち溢れる。


「一番好きでいてくれる、か」


 あかりんが語った一般男性の条件をオウム返しした。今はまだデビューしたてでガチ勢と呼ばれる過激なファンも少ない。

 これからイベントが増えていけば社会人の財力には勝てないし、高校生の身分であることを考えると遠征だって難しい。


 自分が一番あかりんを、春町はるまちあかりを好きであることを証明するのは困難を極める。


―ラジオネームまみまみさんから頂きました。ありがとうございます!


「お、真実まみのメールだ」


 幼馴染の天海あまみ真実まみはまみまみというラジオネームでメールを送っている。子供の頃からアニメやラノベが好きで趣味が合い、どちらともなく声優ラジオにたどり着いた。


 初めは聴くだけだった僕らもせっかくだからとメールを送ってみたら採用されて、それ以来お互いに採用数や内容のウケ方で競い合っている。


―まみまみちゃん幼馴染がいる女の子なんだよね。いっつもお便りがおもしろいから覚えちゃった。


「なに?」


 あかりんの一言が胸に突き刺さった。メール投稿者が少ないのか同じ名前が周期的に読まれるとはいえ、あかりんに認知されているなんて。

 やはり男が多い環境の中では女子というだけで目立ってしまうのだろうか。


♪ぴろりん


 僕の葛藤を煽るようにスマホが通知音を鳴らした。

 相手と内容は大かた予想が付く。あまりにもタイミングが良すぎるもの。


“聞いた聞いた? あかりんがアタシのこと覚えてるって”


“しっかり聞いたよ。やっぱ女性声優の番組で女子は武器だよな”


“スプリングスノーみたいなサイドテールにしてるし、あかりんの一般男性はアタシになるかもね”


“はいはい。おめでとう”


 このあと何度か通知音が鳴ったけどそれを無視して僕はラジオに集中する。まみまみ……真実まみが送るメールはだいたい僕の観察日記みたいな内容だ。


―この前、アタシの幼馴染が弁当をカバンの中にぶちまけていました。弁当箱の蓋が閉まっていなかったのが原因みたいです。おかげで今も教科書に唐揚げの匂いが染みついて授業中に眠れません。あかりんは教科書からどんな匂いがしたら嬉しいですか。


―まみまみちゃんの幼馴染はネタの宝庫だね。わたし、幼馴染っていないから羨ましいな。うーん、教科書の匂いかあ。唐揚げに合わせるならレモンかな。目が覚めそうだし。ん? ……唐揚げに合わせる理由は? あはは。そうですよね。唐揚げの匂いがする教科書なんてまみまみちゃんの教室にしかないですよね。


 僕が弁当をぶちまけたことであかりんが笑ってくれる。僕はそういうことに喜びを感じるだ……って、違う!


「くそっ。また僕をネタにしやがって。あれ? でもこれで幼馴染の正体が日本に渡米とわかればあかりんに認知してもらえる?」


 悪魔的な閃きが脳裏をよぎると同時に、なんだか真実まみに借りを作るみたいで気乗りしない自分もいた。


「今度は先にネタを送ってやるからな。当事者は僕なんだ」


 そんな決意を固めると、パソコンからはあかりんの嬉しそうな声が聞こえた。


―ラジオネーム三度目の掃除機さん。あかりん、はじめまして。同じ高校二年生のあかりんに恋愛相談があります。


―きゃーっ! ついに来た。恋愛相談。やっぱりラジオと言えば恋愛相談ですよね。恋愛経験はないけど恋愛漫画はいっぱい読んでるのでその知識で素敵な回答をしたいと思います。


 あかりんは恋愛経験がない。この言葉を素直に信じるほど狂信者ではないけど心のどこかで自分と同じであることに安心する。


 片や幼馴染くらいしか女子とまともに話す機会のない童貞、片や声も顔も可愛い声優では釣り合いが取れない。

 だけど相手に恋愛経験がなければ一応は同じ土俵に立っていることになる。


 高校生と付き合っても問題ないのは高校生の特権だ。資金力で社会人に負ける僕が唯一持っているアドバンテージと言ってもいい。


「もしかして本当にチャンスがあったりして、なんてな」


 ガチ恋勢とメールには書きつつも結婚までは考えていない。ただ、僕はあかりんの、春町はるまちあかりの声と演技が好きだ。

 この気持ちだけは偽りはない。この才能は絶対に埋もれさせてはいけない。まずはクラスで布教して、いつか『春町はるまちあかりはわしが育てた』と古参ぶるんだ。


―実は同じクラスに好きな男子がいます。その人とは幼馴染で趣味が合うのですがあかりんにガチ恋しているみたいです。どうすれば彼に振り向いてもらえますか?


―う~~~ん難しい相談だねえ。三度目の掃除機ちゃんとその男子が付き合うことになったらわたしはフラれるってことでしょ? それにわたしにメールを送ってくれたってことは、三度目の掃除機ちゃんもわたしを好きなんだよね?


 三角関係に巻き込まれたあかりんが頭を抱えて悩んでいる様子が声から伝わってくる。映像が浮かぶようなトークはさすが声優といったところだ。

 やっぱり春町はるまちあかりは声優としてポテンシャルが高い。これは推さねば!


―っていうかこの番組の女の子ちゃん、幼馴染いすぎじゃないですか? 世の中不公平だと思いまーす。


 たしかにあかりんの言う通りだ。一人目は僕の幼馴染であるまみまみこと真実まみ。幼馴染がいるリスナーの二人目は今メールが紹介されている三度目の掃除機さん。さらにその幼馴染も声優ファンという僕と真実まみみたいな関係だ。


「こんな偶然ってあるんだな。しかも女子側にネタにされるパターン」


―とにかく、三度目の掃除機ちゃんはわたしと違ってその幼馴染くんと直接会えるんだから積極的にアピールしていこ? それで、二人揃ってわたしを応援してくれると嬉しいです。お願いだから離れないで! お願いだから!


 あかりんの必死なお願いに作家さんも本気で笑っているようだ。リスナーの恋愛を応援しつつ自分も推し続けてとお願いする様子はたしかにおもしろい。


―幼馴染くんもわたしのファンならこの番組聞いてるかな? 幼馴染くん、三度目の掃除機ちゃんが好きだって! 


 あかりんは半ばやけくそ気味に件の幼馴染くんへとメッセージを送った。これもある意味では認知だよなあ。羨ましい。


 ちなみにSNSでのリアルタイム実況の反応はと言うと

 

幼馴染とかいう幻覚。

 早く目を覚ませ。

 あかりんが俺がもらっていきますね。

 

などなど辛辣なコメントが多い。だけど残念ながら幼馴染は実在するんだ。

 ただ僕らが思い描く幼馴染と違うのは、別に恋愛関係に発展しないってことだ。

  

 今回は特別な例。三度目の掃除機さんとその幼馴染には貴重なサンプルとして末永く爆発していただきたい。


 マウスの握り方がいつもより強くなっているのはこのメールとは一切無関係だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る