第7話 犠牲者一人目:魔王流の再起不能 その2

 

 学院の運動場に設置された模擬戦会場。

 搭乗科クラスの総数40名が見つめる中、土の上に描かれた円形のサークルの中に余とアドルフが立っていた。


「へへ、泣いても叫んでも許してやらんからな」


「つまり、余もそういう趣旨で良いということだな?」


「さっきからワケわかんねえことばっかり言いやがって……っ! 言っとくがな? 試験監督は外部の人員でなぁ……? クリートさんが金を握らせているんだよ……」


「ほう、何故にそのような?」


「簡単にストップがかからないようにするために決まってんだろうがっ! へへ、お前も知ってのとおり、戦士を志す者たるもの、模擬戦での怪我は一切相手の責任にはなんねーんだよ。例え――殺したとしてもなっ!」


「なるほど、それは好都合だ」


 と、そこでサークルの中に立つもう一人――つまりは試験監督が口を開いた。


「それでは試験を開始するっ!」


 その合図と共に、アドルフは余に向かって全速力で突貫してきた。


 身体能力強化魔法も使用しているし、体の前面に物理障壁も張っている。


 まあ、全体重を乗せた頭突きというところか。


「へへ、吹き飛べやっ!」


 そうしてアドルフは余の鼻っ柱に向けて、自らの額を猛烈に鈍重な速度でぶつけてこようとした。


「これは……ひょっとして……巨体を活かした頭突き……ということで良いのかな?」


 余は突き出した掌でアドルフの頭部を掴み、そのまま困惑の表情を浮かべた。


「……あ? 何じゃ……これ……」


 と、言うか――


 ――巨体を活かすという発想がそもそも間違っている。



 否、何故に、身体能力強化を施した戦闘において、元々の筋力を扱うかと……そのような発想になるか分からん。


 近接格闘とはいえ、魔法戦闘における力の差はあくまでも身体能力強化術の差によるものだ。


 身体能力で100を上乗せするところ、もともとの筋肉が2や3であるからにして……それはやはりほとんど誤差の範囲なのだ。


 いや、筋肉に魔力を流して魔装化して強化するなどなら、余も分かる。


 実際に近接特化型の武人であればそうするのが必須であり、それが故に彼らは体を物理的に鍛えるのだ。


 だが、どうにも……そのようなこともしていないようだし……。 


 これはおかしい。


 筋力に依存するなど、魔法をロクに扱えぬ子ども……第2階梯や第3階梯ではあるまいし。


 10歳以上の戦闘において、体格や筋力を活かすなど、余には到底理解できるところではない。


 と、余があまりの出来事にフリーズしていると――


「隙ありっ!」


 胴タックルの要領で、アドルフは余の胴体をガッチリと抱き込む。


 そしてそのままバックドロップの形で余は持ち上げられた。


「へへ、頭から落としてやるよ! 死んでも文句言うなよなっ!」


 グルリと視界が回り、天地が逆転する。


 ああ、いかんいかん。


 考え事をしていて、どうにもアドルフの思惑通りになっているらしいな。


 しかし、どうして……こいつは魔法をロクに扱えぬ子ども……第2階梯や第3階梯のような戦い方をするのだろうか。


 いくら考えても答えは出ず、余の困惑は深まるばかりだ。


 ――第7階梯:融解障壁(アシッドプロテクション)


 土が体についても良くないし、体全体に障壁の膜を張っておこう。


 そのまま、余の頭部が地面に激突した。


 この魔法は、例えば剣で攻撃されれば剣を溶かしたりする魔法となる。


 つまり、この場合で言えば土の地面を溶かすことになるわけで――


 

「なっ!? 地面に頭が突き刺さっただとっ!?」



 アドルフが何かをわめいているが捨て置こう。

 今は考え事の最中なのだ。


 ふーむ。


 しかし、どうしてアドルフはこのような戦い方を……?

 余には本当にサッパリ分からん。


 ワケが分からん。


「な、な、何だこいつっ!? 地面に頭が突き刺さったまま≪気を付け≫の姿勢――直立不動状態でピクリともしねえぞっ!?」


 まあ、ワケが分からんことを考えても仕方がないか。


 両手を使って頭を引き抜き、逆立ちの態勢へ。


 そのまま両手の力で5メートルほど飛び上がり、くるりと回って余は地面に降り立った。


 ちなみに、融解障壁(アシッドプロテクション)は体の表面に薄い障壁を張る魔法なので土埃の類は余に付着はしていない。


「余は考え事をしているのだ。貴様――ゴチャゴチャうるさいぞ?」


「て、て、テメエっ!」


 そうしてアドルフはハエの止まるような速度と、虫すらも殺せないような威力の打撃を世に仕掛けてきた。


「おりゃあああっ! 良しっ! 入った!」


「……ふむ」


 そこで余は2回目の長考に入る。


「どんどん行くぜ! 食らえっ!」


 ――右ストレート


 ――猿臂。


 ――右下段蹴り。


 ――左フック。


「ははっ! 入れ放題じゃねーか! サンドバックだぜ! ぬおりゃああああああっ!」


 ――垂直蹴り上げ。


 ――踵落とし。


 ――弧爪。


 ――垂直蹴り上げ。


 ――踵落とし。


 ――弧爪。


 ――くるりと回って裏拳(バックブロー)。


 ふーむ。


 やはり、第二階梯か第三階梯のような攻撃だ。


 子供の……グルグルパンチを魔法防御で受ける親の気持ち……といえばいくらかは余の気持ちが伝わるだろうか。


 常時展開させている余の防御魔法だけでアドルフの攻撃は全て相殺され、ノーダメージなのは言うまではない。


 しかし、解せん。


 アドルフの表情は真剣そのものであり、どうにも……せいぜいが第三階梯相当のこれが本気のようなのだ。


 と、そこでアドルフは雄叫びと共に右腕に力を込めた。


「これで終いだっ!」


 ――右ハイキック


 そうして余は、これまでの推論を試すべく、顔面に飛んできた足に向けて防御魔法を使用した。



 ――第5階梯:鉄人化(アイアンプロテクション)


 

 ゴキャリ。


 鈍い音共に、スネの骨が砕ける音が聞こえる。


「ぐっぎゃあああああああああっ!」


 涙目になって足を抑え、アドルフはその場で蹲ってしまった。


 そして、余は自らの推論に、一定の結論を下したのだ。つまりは――



 ――アドルフの戦闘能力は第3階梯の下位クラス



 つまりは、魔法学院就学前の10歳児の平均ということだ。


「そろそろ終わりにしても良いのか?」


「いてえ! いてえよ! 足がいてえ! ってか、俺のラッシュを食らって……無傷だと?」


「さて、再起不能……だったか?」


 そこで初めてアドルフの表情に怪訝の色が入った。


 怪訝の色はすぐに焦りの色に変わり、そうしてその表情は恐怖の色に満たされていく。


「て、てめえ……何だってんだ? 一体全体……何が起きているってんだよっ!?」


 ゆっくりと近づくと、アドルフは腰を抜かしたのかうつ伏せになり――虫のように地面を這いずりながら余から逃げようとする。

 

 一歩進めば、その分だけアドルフが退く。


 また一歩進めば、アドルフが退く。


 そうして余がもう一歩進んだところでアドルフは「ひいっ!」と悲鳴をあげた。


 ギブアップすれば良いのだろうに、動転のあまりに頭が回っていないらしいな。


 まあ、後日に改めてというのも面倒で……余にとっては都合が良いがな。


 そのまま余は這いずり逃げ惑うアドルフと距離を詰めて、拳を握った。


「ゆる……許して! 俺は足の骨が折れてんだ! 勝負になんねえって!」 


「足の骨だけでは足りんのだ」


「……どういうことだ?」


「言ったであろう? 足腰を……立たんようにしてやると。このままでは腰がまだ足りぬ」


 言葉と同時、余は握った拳の中指を立てる。


 これは東方の武術では≪一本拳≫と呼ばれ、点欠を突くには都合が良い。


 そうして、そのまま背骨の腰側――腰椎に向けて一本拳を突き立てた。


 必然として、骨が砕ける感触が余の中指に走る。


「ガ……ハ……っ!」


「背骨の神経を破壊させてもらった。貴様の下半身は……もはや自らの意思で動かすことは敵わんだろう」


 泡を吹いてアドルフはその場で気を失った。


 上半身はピクピクと痙攣しているが、足についてはピクリとも動かない。


「ふむ、再起不能は確認した。まあ――必罰的にはこんなところか」

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