第2話 イジメっこたち、魔王の逆襲があるとも知らずに調子に乗る
降りやまない雨はない。
明けない夜はないなんて、そんな言葉を言ったのは誰だろうか。
事実、僕に振る毎日の拳と鉄槌は止まらないし、この悪夢が明けない夜はない。つまりは――
――イジメ
それが僕、アルテナ騎士学校――神装機神学部搭乗者学科所属:クラウス=ナルヴァネンの日常だ。
その日――いつもの放課後。
素行不良グループに備品倉庫に呼び出された僕は、やはりいつものように殴る蹴るの暴行を受けていた。
3ダースは殴られ、そして2ダースは足蹴にされ、既にどこが痛いかも分からない。
「≪魔抜け≫のゴミがっ!」
「うぐ……もう……辞めて……ください」
芋虫のように地面に体を丸める僕に対し、3人グループのリーダーである巨体の男――アドルフが青筋を浮かべながらこう叫んできた。
「テメエの血で俺の服が汚れたじゃねえか! どうしてくれんだよオイっ!」
それはさながら般若の表情で、僕としては滅茶苦茶言ってくれてるなという感想しか浮かばない。
「ガフっ!」
悲鳴をあげる僕にアドルフは更なる怒声を浴びせてくる。
「服を弁償しろやコラっ!」
「あ、あ、あ、アドルフ君……冗談は勘弁してくれよ。一方的に僕が気に食わないと殴ってきたのは君だろう?」
「あ? 冗談だと?」
おいおい、こいつ……と僕は絶句する。
と、いうのもアドルフは床から鉄の棒を拾い上げて、僕に振り落とすべく上段に構えたんだ。
しかも、肉体強化と武具強化も施しているじゃないか。
そんなもので殴ったら……魔抜けの僕の骨なんてひとたまりも……。
「おい、クラウスよお……テメエだったら、俺がマジで言ってることくらい分かんだろ?」
そこでアドルフの腰巾着である、眼鏡のリチャードがニヤニヤと笑いながらこう言った。
「ふふ。アドルフ君はキレたら何をするかわかりませんよ? 服の代金くらいならさっさと払ったほうが賢明と思いますが?」
『キレたら何をするか分からない』という言葉で、僕はゾクリと背筋に嫌な汗が伝わるのを感じる。
「へへ、クラウス……そういうことだ」
「ご、ご……ごめんなさい。弁償しますから」
慌てて僕がそういうと、アドルフは満足げに大きく頷いた。
「そういうときは土下座だろ、土下座! アドルフ様の服を私(わたくし)めの薄汚い血で汚して申し訳ありませんって言わねえと誠意が伝わんねえだろっ!」
そういうと、アドルフは僕の顔面に蹴りを入れてきた。
「ガブ……ファっ……ァ……」
鉄の棒じゃなくて……蹴りで良かった。
そんなことを考えながら、僕は言われたとおりに土下座の姿勢を取った。
「アドルフ様の服を私(わたくし)めの薄汚い血で汚して申し訳ありません……」
と、そこで三人の中で紅一点の、茶髪のショートカットのカリーナが声を挙げて笑い始めた。
「はははっ! ホンマに土下座しやがったでこの男っ! なっさけない話やなあっ!」
「うう……アドルフ君……土下座でも何でもするから、こういうことをするのは今日限りにしてほしい」
「あ? テメエは俺様の栄えあるオモチャに認定されたんだ。何が不満だって言うんだ?」
「本当に……僕はもう限界なんだ……このままだと……僕はもう……」
「まあ、俺も鬼じゃねえよ。だから、解放条件として金貨50枚を用意しろっていつも言ってんだろ?」
「……」
金貨50枚と言えば、ベテラン冒険者の年収に相当する。
それはつまり、アドルフはオモチャを開放する気なんてサラサラない……と、そういうことだった。
「実際、前回のオモチャは金貨100枚を払ったぜ?」
「……僕の実家は大商人でもなく、下級貴族……。それも5男だ」
「ああ、知ってるよ。オマケに魔抜けで搭乗者学科始まって以来の劣等生ってのもな!」
そう言うとアドルフは土下座する僕に「これから卒業まで2年間ヨロシクな」とニコリと笑って僕の頭を踏んづけたのだった。
と、その時――
「おい、お前ら何してるっ!」
駆けつけたのは細見の金髪の美少年――つまりは僕の親友のクリート君だ。
身分は公爵家嫡男という超上流貴族、なおかつ成績もトップクラスなのに、クリート君だけは学院でゴミクズ扱いされている僕を気にかけてくれているんだ。
「はは、クリートさんよ。これはただの遊びなんだって、なんせ……クラウスはドМだからな」
ニヤけ面のアドルフを、クリート君はキっと睨みつける。
「おいおい、遊びでそんなに怒んなよな……」
「……」
更なるクリート君の睨みつけで、アドルフは気圧されたように肩をすくめる。
「だからそんなに怒るなって……まあいいや。おいお前ら、行くぞ」
そうしてアドルフたちはその場から立ち去り、地べたの僕にクリート君は手を差し伸べてくれた。
「ありがとう……クリート君」
「だから君付けは要らないよ。君と僕は友達だろう?」
「うん……そうだねクリート」
「しかし、連中にも困ったもんだね」
「ああ、本当に」
「でも……」とクリートは柔和な笑みを浮かべた。
「君は決して劣等生でも落第生でもないし、目指すべき道がある。勉強の方はどうだい? 転科すれば君もあんな連中とかかわらなくて済むようになるだろう」
「僕は魔抜けだから搭乗者に向いていないだけだからね。努力で何とかなる……システム周りの座学や操縦理論ならお手の物だよ……魔導錬金工学科への転科試験も問題なく通過できると思う」
「クラウスは努力家だからね。その目の下のクマが生まれつきじゃないことだって……僕は知っているよ。魔力総量が極端に低い体質が枷になっているだけで……いや、そもそも伝統とは言え、君を搭乗者学科に1年目に強制就学させるっていうのがおかしいだけなんだし」
「でも、そこは騎士の家系としての伝統だから仕方ない。奨学金をもらっている身分なんだから、ルールには従わないとね。でも――僕はここで腐らない。必ず……トップの成績で魔導錬金工学科を卒業するさ」
そうしてクリートは僕の肩にポンと掌を置いて、優しく笑った。
「何事も前向きに――困難を努力で乗り越えようとする。そんな君だからこそ、僕はクラウスを応援しているんだ」
そんなクリートを見て、僕は思う。
――降りやまない雨は、やっぱりない。
――明けない夜はないなんて、やっぱりない。
努力を続ければいつかきっと――。
そうして、僕たちは笑いながら学生寮へと帰ったのだった。
そして、転科試験まで1か月となったある日――。
『君は……転科試験を受けられないことになった』
アルテナ騎士学院から言い渡されたことは、要は転科をするなら奨学金を取り消すという内容のものだった。
元々、奨学金制度はこの国に無数に存在する貧乏貴族の子供の最低限の食い扶持を守る……というか、国としては軍隊の士官確保の意味合いで設けられているものである。
はっきり言ってしまえば、それはイコールで給料と言い換えても良いものであり、軍籍に身を置く対価とも言える。
なので、僕たち貧乏貴族は学費・寮費・食費・そしてささやかなお小遣いを奨学金から捻出し、日々の生計を立てているわけなんだけど――
『搭乗者科での君の成績は些か酷すぎてな』
『ええ、僕の魔抜けはあまりにもひど過ぎて、前代未聞のレベルということは承知しています。だからこその転科でしょう?』
『転科と簡単に言うが、事務方の手続きも色々と面倒でね。君のような無能な生徒のためにそこまでする価値はない……と判断されたわけだ』
『え? 僕の錬金工学関係の成績は、錬金工学科を含めても学年でトップのはずですよね? それこそ……魔抜けの僕が搭乗科にいることそのものが学院にとっての損失でしょう?』
『そもそもが錬金工学科は平民の学問であり、貴族には適さないという話も以前からあってね』
『ですが――っ!』
『ともかく――そういう結論だ』
納得がいかないので抗議しようと思っても、取り付くシマがない状態で、ロクに相手にもしてもらえなかった。
そしてこれは、つまり……僕に残された選択肢は二つしか残されていないということになる。
――アドルフたちと同じ搭乗科にこのまま籍を置いて、適正が皆無なままに劣等生のまま卒業までを過ごす。この場合は恐らく、成績から考えて軍への所属も不可能だろう。
――あるいは、実家には戻れないことは既に知っているので、学院から自分で抜け出て路上生活者となる
「……どうすりゃ良いんだよ」
目の前がグラングランと揺れて、現実感がない。
頭が上手く回らず、ただただ呼吸が荒くなって心臓が締め付けられるように痛い。
と、何も考えらず、上手く頭も回らない中で授業を受けていると、僕の背中がトントンと叩かれた。
後ろの席のアドルフに振り返ると、条件反射的に震えが出てしまうのは……まあ、仕方のないことなのだろうか。
「おい、今日の放課後……ツラ貸せよ」
そうして、僕は人生最後のアドルフからの呼び出しに応じることになった。
夕暮れ――。
いつもの倉庫ではなく、騎士学院から離れた森の中。
アドルフ達3人はニタニタした顔つきで僕にこう語りかけてきた。
「今日はお前に会わせたい人がいてな」
「僕に会わせたい人?」
と、僕がそう言ったその時――森の茂みからクリート君が現れた。
「え……? これは一体……?」
「転科も阻止できたし、そろそろネタバラシに頃合いかと思ってね。しかし本当に面白かったよクラウス」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます