第3話 魔王様、イジメられっ子に降臨する

「転科も阻止できたし、そろそろネタバラシに頃合いかと思ってね。しかし本当に面白かったよクラウス」


「……え?」


「アドルフたちをけしかけて、僕は表に出ずに君の情報を探る方向にして良かったよ。おかげで、君の転科という目論見を把握することができた」


「え? ちょ……どういうこと?」


「僕の父上は軍上層部に顔が利いていてね。おかげで色々と融通が利くんだ。ま、君の前代未聞の成績のおかげで、色々とやりやすかったみたいだけど」


「それって……僕の転科は君が父親にお願いしたのが原因ってこと?」


「ま、そういうことになる」


「どうして……そんなことを?」


「いや、君……初めて会った日、僕の肩にぶつかったじゃない?」


「それ……だけ?」


「まあ、それはあくまでもキッカケで、本命の理由はそれだけじゃなくてね……」との前置きと共に、クリートは「ボフっ」と堪えきれない笑いを零した。


「君をイジるのが楽しいからに決まってるだろう?」


「イジるのが……楽しい? 他には……?」


「無いけど?」


 たったそれだけで……?


 と、僕の顔面は蒼白になっていく。


「僕の……人生……そんな……くだらない……こと……で……」


「まあ、キミの人生を壊すのは退屈な学院生活を紛らわす上質なエンターテイメントだったってことだよ。そもそも公爵家の嫡男が下級貴族の5男に追い込みかけて何が悪いんだい? 君みたいなものはほとんど平民みたいなもんだろう? どうして君が僕たちと同じ教室で息を吸っているんだい? 本当に意味がわからないよ――ならば、せめてオモチャとして役に立てって話だね」


 何を言っているのかが欠片も理解できない。


 どれだけ考えても、こいつの言っている言葉が、僕とは違う言語だと思えるくらいに……意味が分からない。


「ってことで、クラウス……めでたく転科もできなくなったことだし、これからの2年間も僕たちのお友達としてヨロシクお願いするよ」


 その言葉と同時に、一同に爆笑が起きた。


 と、時を同じくして、僕の腹の底からドス黒い感情が込み上げてきた。


 こいつが、僕から……全てを奪い、踏みにじり、そして――。


「う、う、う、うわあああああああああっ!」


「ははっ! なんだこいつ! キレやがったのかよっ!」


 アドルフの笑い声には構いもせず、僕は拳を握りしめ、全力の力でクリートの鼻っ柱に向けて殴りつけた。


「はははっ! ダンスを踊ってるつもりかい? 人の殴り方ってのは――こうだよっ!」


 僕の拳はスカっと空を切り、代わりにクリートの肘鉄が僕の鼻っ柱に突き刺さる。


「あぶ……ァ……」


 鼻骨が折れる音が体の芯に響く。


 全身が痺れ、そのまま僕は地面に膝をついた。


「しかし……どうして君みたいなゴミが僕に反撃をしているんだい? ねえ……オイっ! キミはオモチャとしての自覚が足りないようだね!」


 思い切りに頭に向けて蹴りが放たれる。


 そうして僕はゴロゴロと数メートルその場を転がった。


 と、そこで茶髪のショートカットのカリーナの悲鳴に近い声が周囲に響き渡った。


「アカン! クリートさん! 頭を全力はまずいって! それはアカンって!」


「あ? 僕に意見をするのかい?」


「いや、そんなことは……あらへんけども」


「ならば良し。と、いうことで――今日は頭狙い一択で行こうじゃないか! ネタバラシというビッグイベントが終えた今――こんなゴミはもう死んでも構わない!」


 後頭部。


 側頭部。


 顔面。


 延髄。


 ドカドカと容赦のない蹴りが、あるいは踏みつけが僕の頭を文字通りに粉砕すべく飛んでくる。


 どれほど殴られたのか……。

 数十秒のようにも感じるし、あるいは数十分にも感じられる時間の中で、やがて僕の視界はどんどん狭くなっていく。

 そして、徐々に見える景色が朱色と黒色に染まり始めた頃――


「クリートさーん! アカンって! やりすぎやって! 見てくださいって! コレ、意識失ってますって! これはさすがにアウトですって!」


「あ、本当だ。気を失っているね」


 と、そこで今まで黙っていた、アドルフの腰巾着のリチャードがやれやれとばかりに肩をすくめた。


「ふふ、しかし……クリートさんはアドルフさん以上に本当にキレると何をするかわかりませんね。今日は特別に凄かったですよ」


「ってか、クリートさん! どうするんよコレ! 完全に意識無いですって! 頭やから不味いって!」


「まあ良いんじゃない? そのための――この場所だろう? 最初から、今日はネタバラシ記念に念入りに遊ぶつもりだったしね」


「いや、確かにアンタさんの言うとおり、ここいらで死体なら山賊の仕業ってことで……誰も疑えへんけども……」


「そういうことだ。生きて帰れば、今回のネタバラシの結果、クラウスのオモチャとしての自覚もレベルアップするし、死んでいれば死んでいたってことでね。別に僕たちに火の粉はからない。なあ、リチャード?」


「そのとおりですねクリートさん。しかし、流石にクリートさんは頭が回る……どちらに転んでも私たちには損はないということですね?」


「そのとおり。そもそも、ちょっと小突いただけだし、死にはしないだろう。別に僕も殺す気なかったし、仮に死んでも事故だよ事故。不幸な事故ってことだね」


「と、いうことで……」と、クリートはパンと掌を叩いた。


「来週の進級格付け試験には遅刻しないように来るんだよ。どうせ、クラウスは最下位だろうが」


 そして――。


 気が付けば、クリートたちの声は聞こえなくなっていて、その気配も消えていた。


 ポツポツと小雨が降り始めていて……これが僕の意識を覚醒させたのだろう。


 と、その時――。


 僕の目の前に、ヨダレを垂らした狼の姿が見えた。


「うぐぐ……」


 周囲を見渡すと、狼の数は10頭以上見える。


 そうして飢えた狼が飛びかかってきて、僕の頸動脈を嚙み切った。


「あ……」


 血が噴水のように流れ、素人目にも助からないことは分かった。


 ドサリと僕は地面に崩れ落ち、狼は今度は僕の腹目がけ、その牙を突き立てる。


 ――ああ、こりゃあもうダメだ


 内臓が飛び出し、損傷し、助からないどころか……この場で僕はこのままこいつ等のエサになるだろう。


 そう確信した時。


 走馬灯――とでもいうのだろうか。


 これまでの人生が僕の脳裏を瞬時に駆け抜けていくのが分かる。


 本能的に察するのは……僕はもう長くないというであろうこと。


 そして思うのは、どうしてこうなってしまったかということ。


 何が悪いかというと、それはやはり僕が悪いんだろう。


 弱肉強食が自然の摂理とすれば、食われる側が僕だったというだけの話だ。


 僕は努力もしたし、大きなことを望んでもいなかった。ただ、当たり前の小さな幸せを望んでいただけだ。


 だから、僕の人生は平均的にコトが推移すれば……普通はこうはならなかっただろう。しかし、僕は――



 ――悪意という名の理不尽に目をつけられた



 それは、抗うことのできぬ運命という名の荒波だ。


 月並みに言えば、運が悪かった。


 仕方がない。そう諦めるしかないんだろう。


 けれど、悔しい。


 ただ、純粋に悔しい。


 クリートが憎い。


 アドルフが憎い。


 何より、奴らの暴力に屈するしかなかった……力のない自分が憎い。


 そして――。


 まさに黄泉の河を渡り切ろうとする今、僕が思うこと。


 ――もしも、生まれ変わったら……もう、僕は――


 ――誰にも馬鹿にされたくない


 だから、願う。


 お願いします、神様。いや……神にならもう……何度も何度も祈っている。


 ならば、悪魔でも、死神でも何でも良い。



 ――例え、それが魔王でも……っ!



 もしも生まれ変わったとして……このクソみたいな人生を……繰り返すようなことだけは、させないで下さい。


 そうして、意識が急速に薄れ、視界が暗くなり、完全に目の前が真っ暗になるその寸前――



 ――願いは受け取ったぞ少年



 ――余の名はルキア……深淵の魔王である



 その時、僕の耳に確かにその声が響いたのだった。



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