機神学院の落第操者 ~虐げられ続けた無能少年は、実は更に強くなるために400年前から転生してきた魔王でした~
白石新
第1話 魔王、400年後に転生する
――人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり
それは魔王ルキアの好きな一説で、彼の配下である転生者が伝えた旧き歌であった。
☆★☆★☆★
魔王の世界制覇――その覇道における天下分け目の関ケ原。
ロシアヌ平原で行われた戦闘は10日の長きにわたった。
そして、通常戦力同士の戦闘は終わり、互いの決戦兵器――魔王と神々の使徒との最終決戦に全てが委ねられることになったのだ。
炎熱で湖が蒸発し、氷結で海が凍る。
山が弾け飛び、雲が割れ、大地が震撼する。
そして天を埋め尽くすのは、終末を告げるラッパを鳴らす66の天使の群れだ。
熾天使ルシファー率いる高位霊的存在に対し、魔王ルキアはただ一人で迎え撃つ。
3日3晩彼らは戦い続け――
そして――。
「敵は本能寺にあり……か」
神聖ロケアシス皇国――つまりは神々との一戦を終え、勝利を収めた魔王の大陸制覇は目前だった。
魔王ルキアの周囲に散らばるのは無数の天使たちの躯。
死体の大海原の中で佇む魔王の眼前には――
――全高20メートルを超える巨大な真紅の機械人形が立っていたのだ
龍の魔核を動源とするソレは、ホムンクルス生成理論を応用し、作成された人工筋肉の上に巨大な魔導装甲で武装されている。
「その魔力……近衛兵長の……イザベラか」
悠然に機械に語り掛ける魔王に、機械人形から《念話》を応用した魔力音声での返答が行われる。
「いかにもですね、魔王様」
「このタイミングでの謀反の狙いは何だ? 富か? 名誉か? 権力か?」
「狙いは――魔族の安寧となりますね」
「安寧……とな?」
「貴方は強い……いや、強すぎた」
「……ふむ?」
「突然変異体として産まれた無敗無双の魔王。神々がその存在を危険視し、この世の理を曲げて現世に超高位霊体までもを現出させ――そして、それすらも単騎で屠った」
「ああ、随分とくだびれたが……そのとおりだな」
「単独で世界のパワーバランスを壊しかねないその力……あまりにも危険に過ぎます」
「で、余が神の手先と戦い、疲弊したところを狙って……と?」
「ええ、そういうことです。私たちは貴方を恐れているのです。ただの気まぐれで世界を崩壊させる力を持つような貴方を……ね」
と、そこで魔王ルキアはクスクスと笑い始めた。
「何故……笑っているのですか? 私は貴方を裏切ったのですよ?」
「是非もなし。配下の人心掌握の不備――それもまた余の器量だ」
「ところで」とルキアは機械人形に――否、その中にいるイザベラに問いかけた。
「時に、その巨大な鎧は何だ?」
「神装機神と名付けられた魔導工学の産物ですよ。貴方にも分かるように言うのならば、ムラシマが我々に提供した魔導機械鎧です」
「ふむ。ムラシマ……か」
「転生者特典スキルで開発したモノでしてね。簡単に言うと、装着した魔導士の戦力を3階梯引き上げる神装(アーティファクト)と思っていただければ」
「まあ、そんなところだろうな」
機械人形の力量。
イザベラの言葉は、ルキアが神装機神から発せられる魔力総量から察していたものと同等だった。
納得したように小さく頷きながら、ルキアはため息をついた。
「とはいえイザベラよ。貴様の魔術階梯は11階梯……そして余は15だ。如何に天使どもと戦い疲弊した余とはいえ、貴様では……」
そこで魔王ルキアは呆れたように肩をすくめた。
「そういうことなのですよ。ルキア様」
「量産済み……ということか」
ドシンドシンと重低音と共に、空から降り立つのは黒鉄の魔導機械兵器。
都合10を超える神装機神に囲まれて、ルキアはヒュウと口笛を吹いた。
と、そこでイザベラの操る真紅の機体から、神速の右ストレートがルキアに放たれた。
魔王ルキアが念を込めると、都合12種類の物理防御術式が形成される。
続けざま、魔王の物理障壁に神装機神の拳が接着。
けたたましい音と共に衝撃波が発生し、イザベラは感嘆の声を挙げた。
「ほう、神装機神の一撃を生身でうけとめるとは……流石です」
「なるほど。11階梯の魔導士風情の一撃が……ルシファーの一撃に匹敵する……か。神装機神――これは今後、世界の戦場に変革が進むだろう」
「ええ、これから先の戦争は変わります。神装機神を持つ者が全てを蹂躙し、奪い、そして支配することになるでしょう」
そうしてルキアは周囲に点在する神装機神を見渡して、あきらめたように笑った。
「時代は変わる……是非もなし……か。時にイザベラよ?」
「何でしょうか、ルキア様?」
「謀反の本当の理由はなんだ?」
「本当の……理由?」
「既にお前たちは余に匹敵する力を手に入れた。なれば、強すぎる個の危険性という理屈は成り立たんだろう?」
その問いに、イザベラは笑い声と共にこう答えた。
「そういえば、本音と建前という言葉が貴方は嫌いでしたね」
「ああ、回りくどいのは好かんし、余は空気も読めん……」
「そんなの――天下が取れそうだから取ってみたいと思ったに決まっているじゃありませんか!」
「うむ」と魔王ルキアは頷き、ニコリと笑った。
「この上のない俗物の回答だ。悪くないぞっ!」
「ふふ、ルキア様? 絶対無敵の魔王が俗物に殺される気持ちはいかがですか? 貴方が神装機神を操れば私などは……それこそ木の葉を散らすように蹂躙できたでしょうに。ふふ、本当にケッサクですね。自身よりも遥かに劣る力量の者に殺されるとは――。貴方がムラシマのように転生し、神装機神の普及した世界に生きるようなことがあれば……。あるいはこの場を逃げ延び、神装機神を手にいれることができれば、貴方の優位はやはり崩れないのに……だが、それは絶対にできない! ふふ、はは! はははっ!」
「気分か……。まあ、悪くはないな」
「悪くはない?」
「イザベラよ……お前……まさか……いや、言うまい。さっさと余を殺すがいい」
「ええ、仰せのままに」
イザベラがすっと手をあげると、取り囲む神装機神が一斉に魔王ルキアに躍りかかった。
ルキアの振るう魔神剣で神装機神の腕が飛び、胴が切り裂かれ、そして首が飛んだ。
しかし、神装機神に襲われるルキアの腕も飛び、胴が切り裂かれ、そして――
――魔王ルキアは、6体の神装機神を道ずれに、その生涯を閉じることになった。
けれど、魔王ルキアは意識の途切れる前に、転生の秘術を紡ぎながら思うのである。つまりは――
――イザベラよ
――転生など、余ができぬと思ったのか?
――所詮、これは余が今まで出会った技術革新の一つに過ぎぬ
――ならば、これまでと同じように技術を吸収し、使いこなせば良いだけだ
――しかし、唯一の心配は……今回は余の魂の器足りうるほどの……規格外の≪魔抜け≫を見つけるのにどれほどの時がかかるのだろうか?
――ともかく同じ土台ならば、余は負けぬ
――人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり
ルキアがこの一節を気に入ったのは、ヒト種の進化の到達点として永遠の時を転生し続ける自身に、ある種の皮肉的な共鳴を抱いたからに他ならなかったのである。
そうして彼は――魔法文明が廃れ、街並みや文明レベルは変わらず、神装機神を中心とする特定分野の魔導工学のみが進んだ400年後の世界に転生することになった。
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