12

「あーもう、暗いのは無し。無し無し無し」


 言いながら彼女は勢い良く立ち上がった。


「無しなんだよ! 分かった? りーくん」


 無理に明るく努めようとしているのか、彼女はいつも以上に大袈裟な身振りで、探偵が犯人を追い詰めた場面かのように僕を指さした。


「どうして僕が……」


 反論しようかとも思ったが、彼女の行動に水を指すのも気が引けたので「分かったよ」と軽く返事をし、立ち上がった。


「よろしい」


 言った彼女は無理矢理笑おうとしているので、口角のあたりの筋肉が引きつり、震えているように見えた。


「なら、競走だね。よーいドン!」


「は?」


 言い終わるのが早いか、彼女は走り出していた。


 何故、走るのか。とこがゴールなのか。学校指定のローファーは走りにくくないのか。そういった疑問を投げかけるよりも前に、彼女の姿が遠くなってゆく。


 置いていかれまいと、僕も彼女の姿を追って走り出す。


 彼女は僕と気まずい雰囲気になると話を切り替えようとして「競走だよ」と僕をほっぽり出して走り出すことがよくあった。


 どちらかと言うと勉強より運動が好きで、得意としていた彼女。勉強が得意とは言えなかったけど、運動は更に苦手だった僕。


 彼女より速く走るのなんて、到底無理で僕はいつも置いてけぼりになっていた。


 それでも、中学生のままの彼女に対して、高校生になった僕なら追いつけると思っていた。そんな考えは甘かったらしく、彼女との距離が徐々に離れてゆく。


「ちょっと、待って」


 僕の声が聞こえていないのか、彼女の走るスピードは緩まない。それどころか、更に加速している気すらし、僕は置いてかれそうになっている。


 彼女が亡くなった日もそうだった。彼女だけが先に死んで、この世界から居なくなって、僕は置いてかれた。


 亡くなった日の、僕を置いて走り去ってしまった彼女と、現在の僕を置いて走り去ってゆく彼女が重なってしまう。今度こそ、どうにか追いつこうと、必死に手足を動かす。もがくように。けれど、軽く走っているように見える彼女の背中は遠くなってゆく。


 待って。置いていかないで。

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