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 僕も以前は名前を言えたであろう花。薄いピンク色をした小さな花。寒空には似つかわしくなく、しなだれた枝一杯に咲いている。


 この花も、彼女と同じように狂っているのかもしれない。


 でも、こんな穏やかな気持ちで彼女とずっと一緒に居られるなら、狂っているのも悪くは無いのかもしれないな。


 寒空の下の肌に刺さるような空気。この季節には満開ではいけないようなしなだれた枝一杯の薄ピンクの花。半袖のポロシャツに灰色と黒の細かいチェック柄のスカートという夏仕様の制服を着た少女。一緒の画面の中に存在してはいけないであろう存在。そのアンバランスさが僕の目には幻想的で魅力的に映った。狂った世界も存外悪いものじゃないと思わせるくらいには。


「ね、りーくん。私の事、好き?」


 彼女は僕に向き直り尋ねた。その表情は中学生らしい幼さの残った女子のそれでは無い。もっと大人の女性のする、僕のことを試しているような、僕の事を誘っているような、僕の奥まで見透かそうとしているような。妖艶さを含んだ女性の表情だ。


「私の事、好き?」


 一歩僕の方へと詰め寄り、もう一度、同じ言葉を尋ねる。彼女の視線は僕の瞳から離れることはない。僕は袋小路に追い詰められ、逃げ場の無い犯人の気持ちになる。


 僕はこの場所で彼女からこの質問をされることを知っている。何度もこの場所でこのセリフを聞いている。それでも、この言葉は慣れない。


 初めて聞いた時は、幼なじみからの生前には聞かなかった告白にドキっとすらしていた。それとともに、彼女を裏切った僕への罰。僕を逃がさないための呪詛とも思えていた。


 唐突な彼女からの問いかけの意味が分からない。単純に好意があるかどうかを尋ねられているのか、好意を踏みにじった僕を責めているのか、それとも、もっと他の何かなのか、それら全てなのか僕には分からない。


 けれども、僕に拒否する意思は起きない。拒否する権利はないとすら思っている。


「好きだよ」


 照れという感情も、怯えという感情も何も無い。自分でも驚くくらいに澄んだ気持ちで僕の口から言葉は出ていた。


「えへへ。嬉しいな。私もりーくんの事が好きだよ」


 僕の言葉を聞いた彼女の表情は中学生らしい幼さを含んだ、可愛らしい幼なじみの物に戻っていた。

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