第二話

ルナと彼女の弟、ソルとの生活は招き入れたあの日想像した以上に騒がしいものだった。いままで静寂とともにあった私の家は一晩にして一転し今度は喧噪とともに暮らすことにしたようだった。


「ねえ、魔女さん。」

毎日毎日彼女は飽きないのかしゃべりかけてくる。

「今日の雲は面白い形をしているわ!」

「ねえ、みて!今日の料理とってもよくできたの!」

「本棚になった絵本よんでもいい?」

いつだって笑顔でそして無邪気だった。気味が悪いほどに。


しかしながら、最初はうっとうしいと思ったこのやりとりもだんだんとなれてくる。今日は彼女は何をはなすのか。それは私の楽しみにもなってきた。


私の楽しみになったことはもう一つあった。それは赤子、ソルの成長だ。

そもそも赤子に対しても興味なんてなかった。しかし、ルナは毎日のように私に弟の成長を報告してきた。

「ほら、見て。ソルが私の手を握ってくれる。」

「ソルが寝返りをうったの!」

「きて、きて、魔女さん。ソルが立ち上がったわ!」

「ソルが私のことをねーねってをよんだの!ほら、このひとは魔女さんだよ」

いつだって満面の笑みを浮かべて楽しそうに言う彼女にいつしか私もソルの成長を見守るようになっていた。


人間の子供の成長は早い。あんな小さかった少女の背丈はぐんぐん大きくなり、赤子はもうじゃべって歩けるようになっていた。

気づけば彼女たちが来てからもう三年だ。たった三年、百年あまり生きている私にとっては今までは短い年月だったはずが、長い長い中身ある年月となっていた。


「今日は天気が良い。少し外で散歩でもするか?」

私は一緒に絵本を読んでいるルナとソルに声をかける。

「さんぽ!いくいく!」

外に出るのが大好きなソルが元気に返事する。

「散歩ですか?森の中なら行きたいです。」

逆に、ルナは森の外に出るのを必要以上に嫌がった。


魔法で生活できるといっても私では調達しきれないものがある。

そんなとき私は魔法で身を隠し、別の人となり、森から少し離れた街に買いに行っていた。幼い子に森ばかりは飽きるだろうと、二か月ほど前、一緒についていくかと提案すると、今日は気分じゃないのでとやんわりと拒否されてしまった。

一緒に住み始めた初期、家事や農作業などしんどい仕事を命じてもわからないはあっても嫌ということはなかった彼女の拒絶には大きく驚いた。


「街の近くにはいかない。ただ少しあるくぞ。途中は魔法を使う。」 

そういうと安心したように「では支度をしてきます」といってルナは上に上がっていった。


「まー、どこ行くの?」ソルが聞く。

彼は魔女さんと呼べずに私をマーとよぶ。

そんなしたたらずな感じもかわいいと思えてしまいながら私は答えた。

「言ってからのお楽しみさ。」


連れて行ったのは街とは反対側にある山の上。

「きれいだろ?ここからだとこの国全体も隣国もよく見える」

ちょうど国境に立つ山の上であるため、両国ともよく見渡させる。

魔法を使わなければ到底行けない場所だから、人気もなく、昔から私のお気に入りポイントだ。

「おそら!きれい!あ、ちょうちょだ!」

興奮したようにソルは駆け回った。

(喜んでいるようでよかった。でも、けがでもしたら大変だ。)

変なところで足を踏み外さないよう魔法をかけながら、ルナのほうを見る。

「ええ、そうですね。とってもきれいです。」

彼女は、懐かしむようにただずっとその景色を眺めていた。


しばらく時間がたった。疲れてしまったのだろうか。あんなに山の中で走り回っていたソルはいつの間にか、姉の膝を枕にして眠っていた。ルナはそっとソルに笑みを落とす。


しばらく静寂のあとルナが口を開いた。

「ありがとうございます。魔女さん。」

「どうした、いきなり」突然の感謝の言葉に私は怪訝に思う。

「いきなりじゃないです。いつだって思ってるんです。あの日魔女さんにむかえいれてもらえて本当によかったなって。

 だって、そのおかげで私はこの子の成長を見守ることができているのですから。」


「良かった。ほんとに良かった。」

彼女は弟の髪をなでながらかみしめるように言葉を漏らす。


「私はあの日。本当に死ぬ気だったんです。」

突然、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

またもやいきなりどうしたと突っ込みを入れようとするが、彼女の雰囲気に思わずないも言えず黙ってしまう。

「この子ためなら、しかたないって思っていました。

 だって、なぜなら母がそう願いました。私にどうかお願いだと。」


「あの日、正確にはあの日の前の夜。私は母を亡くしました。

 家がおそわれ命からがら私たちを逃がした母は最期に私に言いました。

 『あのソルをつれて逃げなさい。あなたは姉なのだから、あの子を守って。あの子が生きているのなら私は死んでもおしくない。』と。

 だから私は命さえおしくないと思いました。弟を守ることが私が生まれてきた意味なのだと思い込みました。そのために命を落とすのは当たり前だと。」


「でも本当は、こころの隅ではどこかで生きていたかった。明日の朝日が浴びられないことがどうしようもなく怖かった。

 だから、ありがとうございます。あの日生かしてくれいただいて、ましてや育てていただいて。こうやって生きれて、この子の成長をまじかで見ることができて、私は自分の願いも母の願いも叶えることができています。 私はほんとに幸せな人間です。」

そうやってほほ笑む彼女は美しく、それでいて私にはどこかか哀しさを感じさせた。


そっと吹く風に彼女の髪が揺れる。

(相変わらず綺麗な髪だな。)

あの時、すぐに髪を切った彼女は迷いがなかった。私の目には迷いがないように見えた。


でも、私は知っている。

あの日の夜彼女が鏡の前で泣いていたことを。

弟が起きないように、私に気付かれないように声を押し殺しながら。

死ぬかもしれなかった命が助かった安堵か、

それとも親も家も今までの生活のすべてを失った絶望か。

なにが彼女のみを襲い、彼女そんなにかきみだしたのか私はわからなかった。未だに彼女は詳細を語らない。

 ただ私にわかることは彼女はその心の内を笑顔によって隠し通そうと決めていることだけだ。この二年、彼女は私の前では、弟の前ではけっしてそんな姿を見せることはなかった。あの夜の次の日だって、あの散切り頭で元気に笑って出迎えた。

だから私は何も聞かなかった。聞かれたくないのだろう。心配されたくないのだろう。他人に同情をされるほうが耐え難いのだろう。

何もかも失った後の絶望は私もよく知っている。 


「そんな顔をしないでください。私はいま幸せをありがとうございますといったんですよ。できれば喜んでくださいよ。」

この言葉だって本心なのかはわからない。でも、ふふっと口に手を当てながら笑う彼女がほんの少しでも幸せを感じていることを願ってしまう。


「そうか。」

「そうですよ。」



「...今度はどこに行きたいか。街でも、山でも、海でも。行きたいところがあれば好きに連れて行く。」

なにか話題を変えたくて、彼女が喜ぶようなことをしてあげたくて、私は突如そんなことを言い出した。


「そうですね、海は見てみたい気もしますが、エルがもう少し大きくならないと安心できない。」

「問題ない。溺れないよう、魔法をかける。」

「それでも、ですよ。それに、海の周りには人々がすんでいるでしょ?この二年間で魔女さんの人間嫌いが移ったみたい。私、人が多いところが苦手なんです。」


後半が嘘であることがすぐにわかった。彼女が人恋しく思っていることはときたま家で無意識で魅せている表情からよくわかった。ただ、何かしらの理由から街にも海にも行きたくないのだろう。その本心を決して見させようとしてくれない。


「...だから、街にいくのも嫌がったのか?」

「あら、嫌がってないですよ。でも、あの街はあんまりすきでないのは事実ですね。魔女さんのばかばかしい噂をながして。失礼だなって思います。」

「ばかばかしい、か。」

「ええ。魔女さんはこんなにやさしいのに。

 どうして人々はあんな噂をながすのかしら。」

「流したのは人間ではない。あれは私が流した噂だ。」

「え?魔女さんが?」

ルナは驚いたように聞き返した。


「そうだ。この森に人間が入られないようにな。街の人に何度か化けそういう噂をながした。」

「そんなぁ。そこまでして人間と関わりたくないんですか?」

ソルの頭をなでながら茶化したようにルナはいう。

「そうだな、人間には入ってきてほしくない。それに人間に入ってこられもし家でもあらされたら困る。」

「そこまでいったらそのときに追い返せばいいじゃないですか。」

「それができないのだ。」

「ん?なぜ?」

きょとんとするルナに私は思わず口を滑らせていた。


「私は人を攻撃できない。」


「え、、?」

突然の私の告白に彼女は驚いている。

「正確には攻撃はできる。ただその代償が私に帰ってくる。」

「代償。。。」

「そう。昔の話だ。私は自らに人を攻撃したらその代償に自分の命を、肉体を、魔法をむしばむ呪いをかけたのだ。」


決して誰かに話したことのない話だった。

もう誰かに話すことがないと思っていた話だ。

でも自然に口は動いていた。


「昔私は愚かな少女だった。人間と触れ合うことはなくとも、人間の生活にあこがれていた。当時は私は家族で住んでいて近くに村があった。ある時魔女ということを隠して村に出て行った。小さな村で、パン屋に頼み込みの住み込みをして働かせてもらうことにした。」

朝早くおこされ、せっせとパンをこね。魔法を使えば一瞬なのになんておもいながら、魔女とばれてはいけないと親に強く言い聞かせられていたから魔法を使うこともできず、毎日ちょんと働いていた。


「そこには毎日村の人間がパンを買いに来た。

 その中に、一人の男がいた。名前は、…もう忘れてしまった。

 そいつはなよなよとしていつも笑う頼りない男で、よく私にはなしかけてきた。当時、人間とかかわりが欲しかった私は嬉しかった。だから、あっさりと恋に落ちてしまった。」


「そして、なんと男も私に応えた。私は舞い上がった。若い恋を知らぬ少女にありがちな状況だ。周りが見えなくなって、この人と結婚するなんていいだして。親にそう話したら激怒されとめられたのに、それをすべて捨てて突っ走った。」


「でも、何より周りが見えてなかったのは、私は彼に話してしまったのさ。私は魔女だと。途端に顔を青くする彼に、私は悪い魔女じゃないって必死に言った。でも、彼は疑っていた。私を恐れていた。どうしても、彼に安心してほしかった私は、愚かな案にたどり着いた。自分で『人間を傷つけたら、それが自分に跳ね返る魔法』をかけるという考えに。思いついたときは自分を天才だと思った。そして、それを彼にいった。結婚式の日までにこの魔法を自分にかけてくる。だから安心してほしいと。」


「そうして迎えた結婚式の日、私を待ち構えていたのは祝福の声ではなく、罵倒、恨み、敵意の声だった。村の人々がそれぞれ桑や包丁を持って待っていたよ。真ん中に私をおいてくれてたパン屋の夫婦がいたよ。」


「でも、当時の私が何よりつらかったのは、男が、愛した男が私に向かって、『いままで俺をだましやがって、この魔女が』そうさけんだんだことだ。」


「それからはどうしようもなかった。私はもう魔法を完成させていて、その人達を攻撃することができなかった。彼らもそれをしっていて容赦なく攻撃をしようとしてきた。

 どうにか命からがら魔法で親のところに逃げ帰った私に待っていたのは激高した両親だった。彼らは私の勝手な行動を怒り、そして勘当を言い渡し家にはいれてくれなかった。唯一親しかった兄だけが私を同情し荷物やお金を持たせられる分だけ持たせてくれた。

 そして、私はしばらく旅をし、どこか人間と関わらず隠れて生きていけるところを探しだし、ようやくこの森についたどりついたのだ。」


長い話を黙って聞いたルナのほおには一筋の涙が流れていた。

私がそれに気づくと彼女はばつが悪そうな顔をしすぐに手の甲で涙を拭った。

「すみません。でも、とっても悲しくて。」

「もう過ぎた話だ。今更あのときのことをどうとも思わない。」

「でも。。。」

そう言いよどんだ彼女は、少しの間考え口を開く。

「魔女さんは、その人達を今どう思っていますか?」

「どうおもっているとはなにが聞きたいのか。」

「その、ですから、憎んでいたりはしないのですかと思って。」

「そうだな、、」

当時は嘆き悲しみ、憎しみさえ持った。でも今は。

「今はもうなんの感情はない。悲しみも恨みもすべて消え去った。そもそも私の様な魔女が、魔女だと言うことを隠しながら人間達と関わりを持とうとしたのが間違いだったのだ。」

「  」

ルナは何かを反論しようとか口を開けたが、なにも発さず、そのまま考え込むように下をんむき黙ってしまった。


しばらくの沈黙が流れた。


「さあ、もう遅い時間だ。帰るぞ。」

そういって、ソルを抱っこすると、ソルはぼんやりと目を開け、そして不思議そうな顔をする。

「まー、なんで、かなしそうなかお。」

子供の鋭い感に言葉が詰まる。

何も言えずにいる私にソルはぎゅっと私を抱きしめる。

「これで、げんき!あったかい。」

にっこりと笑う無邪気な顔に思わず涙が出そうになる。

ああ、そうだあったかい。

人と関わることは本来こんなにもあったかいものだった。


愛した人に裏切られる。罵られる。二度とあんな経験はしたくなかった。だから、人間などきらいだとおもいこんだ。森の奥に閉じこもった。ここにいれば孤独だけど裏切りはなかった。

でもまた出会ってしまった。関係を結んでしまった。こんなにもあったかい存在と。


彼女たちはずっとはここにいない。ここに置いておくわけにはいかない。成長していつかは素敵な人とであい結婚し、子供を残してほしい。私には手に入らない幸せをつかんでほしい。そう願ってしまう。

 

いつかは別れが訪れる。だけれども、この三人の時間がどうにかもうすこしでもつづいてほしい。そう思いながら、私はそっとソルをだきしめかえした。


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