アザレアの花をあなたに
@Tokiha-midoriba
第一話
十年以上ぶりの来客は私の予期せぬ形でやってきた。
「私の心臓をあげる。だからこの子を、どうか、そだててほしいの。」
激しくたたかれたドアをたたく音にげんなりしてドアを開けるいなや
赤ん坊を抱いた少女が私を見るなりそう訴える。
見た目はおよそ八から十歳ほど。走ってでもきたのだろうか、顔は赤く日照り、艶がかかった髪はみだれ、上等そうに見える服や足のところどころは泥に汚れている。
(なぜ、こんなところにこんな小さな子供が。)
ここは呪われた森。
昔はもっとほかの名がついていたがとうに忘れられ、今や人々はそう呼ぶ。
一年中葉を落とさぬ木に囲まれ日差しも通らない。
薄暗くよどんた空気が漂う森。
この森に古くから伝わる言い伝え。
『あの森に行ってはいけないよ。
怖い怖い魔女が暮らしている。
うっかり迷い込んでしまったら、
森の奥にいる魔女に食べられてしまう。
魔女は人間の心臓が大好物。
特に子供が大好きさ。
あの森には言ってはいけないよ。』
だからこの森には人間は近寄らない。ましてやこんな森の奥深くに子供だけで入ってくるなどありえないことだった。
しかしながら、今その魔女の目の前に赤子を抱えた少女が立っているのだ。
思わず目を疑ったが、魔法をかけられている気配は感じない。
(しかも、私に赤子を育ててほしい?そんなことをいうなど上段に違いない。
なんてたちの悪い冗談だ。)
そう何も言わない私に少女はいまだ肩で息を切らしながら続ける。
「あなたは心臓が大好物なんでしょ?
だから、私の心臓を食べて良いって言ってるの!」
自分の兄弟であろう赤子をいきなりさしだして育てろといったり、人のことを心臓を食べる獣のように扱う。失礼な少女に私はいらだっていた。
「あいにく、私は人間を食べる趣味はない。」
そう言って扉を閉めようとするが少女は必死な表情で体をドアの間にいれようとしながら叫ぶ。
「え、まって、まって、まってください。
おねがいだから、私の話を聞きなさい!」
子供を扉で押しつぶすわけにもいかず、私は仕方なく扉を閉めることをやめた。
「なんだ、私には子供と話している暇はない。」
「その、ですから ...。じゃあ、あなたはなにが好きなの?」
「なにがとは。どういうことだ」
「だから、人間の心臓じゃなければなにが好きなのよ?」
「・・見知らぬ人間に教える必要はない。」
「でも、」
なにをいっても食いすがる少女に私はいらだつ。
「ならば、まずその髪をくれ。」
彼女の肩まで伸びた金色の髪は絹のように美しく十分に手入れされていることを物語っていた。
「髪を。。。」
少女の目が泳ぐ。
(さぞかし自慢の髪だろう。少しばかりきってやって脅して帰させよう。)
そう考え、口を開こうとしたとき、彼女ははっとめを開き
そっと優しく赤子を足元のかごにおいて、懐からナイフを取り出すとなんの躊躇もなく彼女は自分の髪を引き裂いた。
そして、それをそのままそっと私に差し出す。
「これで、いいかしら?」
思わずおどろき行動がとまった私に彼女は続ける。
「お願い。私のなにもかもをあげる。心臓だって、命だって。
だから、この子をいかして、育ててほしいの。」
そう言った少女のエメラルドの色をした澄んだ瞳には迷いなく、
こんな齢の少女でありながらその目は
数十年以上の時を生きた私にも圧倒されるものを持っていた。
彼女のざっつぱらんにきられ差し出された髪を見て、
この少女が冗談を言っていたわけでないことを十二分にわかってしまった。
しかしだからといって育てることを引き受けるわけにもいかない。
「...親 はどうした?」
何を返すか二転三転してようやく絞り出たのはごく普通の質問だった。
「もういないわ。いたら、こうやって
あなたにお願いすることはなかったでしょう。」
「じゃあ親戚や街の 。。」
「いないから頼っているのよ」
私の言葉を遮って少女言い切った。
「いないのよ、私たちにはもうだれも頼れる人など」
そんなこと、私には関係ない。帰れ。
そう言って扉を閉めればいいだけの話だった。
そしたらまたいつも道理独りの快適な生活が始まる。
しかしながら何度もこの言葉のどまで上がりながら
なぜかそのたびに飲み込んでしまった。
こんな幼い少女がさらに幼い弟の命の責任を背負わされているという状況が、自らの命さえいらないと断言する状況が、そしてなにより少女が頼れる人がいないという状況がなぜかひどく私の心を荒立てていた。
「上のへやが空いている。いっておくが広くはないぞ。
それから、赤子に必要なものは魔法で調達するが、世話はできない。お前がしろ。それでもいいなら好きにしろ。」
なぜか、ぽろっとそんな言葉を発し、少女の願いを許してしまった。
(しまった。。)
はっとしたときにはもう手遅れで、
少女はぱっと顔をあげ目を丸くし
「ありがとう、ございます。」と叫ぶと
弟を抱いたまま私の家へずかずかと入っていってしまった。
そして少女はそっと椅子に腰を下ろし、
腕の中の赤子にそっとつぶやいた。
それは優しくどこか使命感におびた声色だった。
「良かった、これで安心よ。
大丈夫、私が守ってあげるから。
何をかけても絶対に。
だから安心してお眠り、イリオス」
赤子はすやすやとねむっていた。
少女を招き入れた自分の言動をいまだ受け入れられない私の頭の中は大混乱に陥っていた。
(なぜ私はあんなことを言ったのだろうか。人間と暮らすなどもう二度とごめんだと思っていたのに。)
このままではずっといられることになる。
そんなことを許してはいけない。しかしながら、いってしまったことを反故にするのも私のプライドが許せなかった。ましてやこのような小さい相手に。
じっと考えていると顔を上げた少女と目が合う。
彼女はにこっりと笑った。さっきまでとはうってかわり年相応の無邪気さを見せた顔に思わずひるんでしまう。
そんな私にかまいなく少女は朗らかに私に話しかける。
「ねえ、魔女さん。あなたの名前は?」
「魔女の名前は神聖なものだ。
どうせ数年の仲のお前に教える必要はない。」
「あら、そんなつれないことを。」
「うるさい。これ以上言うと追い出すぞ。」
「ええ、そう。。じゃあ、魔女さんでいいや。」
私のそっけない態度をお構いなしに、にこっと彼女は私に笑いかける。
「私の名前は、、えっと、ルナ。このこは、そう、ソル。
先日生まれたばかりの私の弟よ!
これからよろしくね、魔女さん。」
もうどうしようもない。なるようになれ。
少女と赤子を追い出すことをあきらめた私は彼女に「ああ。」とだけ短く返した。
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