第11話 パーティーの後始末

「埋め合わせはする」

「別にいいよ……」

 ヘンリックの言葉にアダムは力なく頭を横に振った。


 パーティーの翌日、ヘンリックの私室。

 ここはヘンリックからアダムへの謝罪の場、そのはずである。

 ヘンリックがソファにふんぞり返りながらそんなことを言っているが、そのはずである。

 アダムがわざわざヘンリックの部屋に呼びつけられているが、そのはずである。

「それよりチューダー侯爵家の庭で何をしようとしていたのかを、お前は反省しろ」

 アダムはきっぱりとそう言った。

「……お前がそんなことを気にするとは思わなかったな。少しでも俺が女の話をしたら押し倒せ一辺倒だったろう」

「多少の緩さは許せる俺だって、将来の入り婿先で親友が狼藉を働くのは困るんだよ!!」

 アダムは犬歯を剥き出しにしてキレた。

「どうせアンネの貰い手なんてお前くらいしかいないんだから気にすることないだろう」

「お前! 言い方!」

 アダムはさらに吠えた。

「腫れ物扱いしないのと遠慮しないのとは全然話が違うからな! また殴るぞ!?」

 アダムの乱暴な言葉にヘンリックの後ろに控えていた侍従がさすがに少し身じろぎをするが、ヘンリックは片手を挙げてそれを止める。

「はあ……。なんでステラ嬢にアンネの顔のこと言っておかなかったんだ」

「最後の見極めだ」

 しれっとヘンリックはそう言った。

「あれで引いたり、蔑んだりするような女なら、要らない」

「……アンネをお前の嫁取りに利用するな」

 アダムは釘を刺した。

「それについては本当に申し訳ないと思っている」

 ヘンリックはようやく頭を下げた。

「……今度、アンネに謝る場を設けてくれ」

「しばらくしたらな。俺は当分、お前をアンネに会わせたくはない。あとアンネがステラ嬢に礼と謝罪をしたいってさ。そっちを先に片付けてくれ」

「……そうか、わかった。ステラに伝えておく」

 ヘンリックはうなずいた。

「ところでお前から見たステラはどうだった」

「お前から見たと言われても、昨夜はろくに見れてねえよ……」

 アダムはぼやく。

 元々チューダー侯爵家ではすでに婿も同然な扱いを受けているアダムである。

 昨日のパーティーでは来客をもてなすので、精一杯だった。さすがに婚約者であるアンネのトラブルにあたっては離席したが。

「まあ、別に悪いかたではないんじゃないか。知らん。俺がなんと言おうとお前は結婚すると決めたらするし、しないと決めたらしないだろう」

「まあな」

 ヘンリックは肩をすくめた。

「アンネの方は、何か言っていたか」

「ひたすら申し訳ないとしか言っていない。あいつのあの状況で人柄の見極めもクソもあるか」

「それもそうか……」

 ヘンリックはふうとため息をつくと窓の外を眺めた。

「……で、次のご予定はどうなってらっしゃるんですか、王子様」

「天文台へ行く目処が立った」

「ああ……」

 アダムはうなずき、続けた。

「星見伯、ね……」

「うさんくさそうな顔だ」

 ヘンリックはアダムの表情とは裏腹に楽しそうにそう言った。

「そりゃまあ、俺らの代はそうだろう。かつては国家を動かした星見伯も、今となっては夢見がちな女子供がこっそり星占いに興じる程度のものだ。その星占いにしたって、星見伯に代々伝わっているという秘術そのものが広まってるわけじゃない。……ステラ嬢は、未だに信じてらっしゃるのか」

「そのようだな。実際、星の運行予測にかけては天文台のものと一致しているとユッタから報告があった」

「そうか……。天文台ってことは、またしても夜のお出かけになるか? 今度は品行方正にしてろよ?」

「はいはい」

 ヘンリックのしれっとした返答にアダムはため息をついたが、それ以上争うことをやめた。無駄な体力を消費するだけだとわかっていた。

 かわりに話を変える。

「……そういえば、ステラ嬢は王都には初めての滞在だったな?」

「ああ」

「だったら王都を案内してやるってのはどうだ」

「……それもそうだな」

 ヘンリックは失念していた、という顔をした。

 アダムはそれまでとは方向性の違う呆れ顔で続ける。

「どうせ王太子妃になったら、動かずともあちらからいろいろやってくるんだ。その前に……比較的自由な今のうちにいろいろ連れ回してみたら良い」

「よし、オススメのデートスポットを教えろ」

「……はいはい。そうだな、アンネが前に喜んでたのは……」

 アダムとヘンリックは膝を突き合わせて何やら計画を練り始めた。


「ステラ様、お客様です」

「んー……?」

 パーティー帰りで夜遅かったのと、寝付きが悪かったのとで、ステラが起きたのは昼前であった。

 重たい瞼をこすりながら、自室でもそもそとパンとスープを口に運んでいるところに、そう報せがあった。

「どちら様?」

「オルティス公爵令孫ソル様です」

「ぐふっ」

 ステラは咳き込んだ。

 オルティス公爵令孫ソル。ルナの兄であった。確か王都にいるはずの公爵家の跡取り息子。

 交流こそろくにないが、名前はさすがに知っている。

「な、何の用で……?」

 そういえば、ソルは昨日のパーティーには居なかった気がする。

 ルナの口ぶりからすると、ソルとヘンリックは知り合いでもおかしくないはずだったが。

「昨日のパーティーであいさつし損ねたので、ぜひお目にかかりたいと」

「ああ、いらっしゃってはいたのね……」

 意外に思いながらステラはスープを飲み干した。

「わかりました、伯母上に許可をいただいてから、応接室にお通しして」

「はい」

 ユッタがメイドに言伝を頼む。

 ステラはユッタの手を借り、大急ぎで服装を整えた。


 応接室に待っているソルはステラが部屋に入ってきたのを見た瞬間すっと立ち上がった。その顔はキラキラと笑顔が輝いている。ルナとよく似ているとステラは思った。顔立ちももちろん、人懐こい表情がよく似ていた。ヘンリックとはまた違ったタイプの華がある。

 確かに昨夜、見た覚えがない顔だった。

「初めまして、ステラ嬢。わたくし、オルティス公爵家のソルと申します。妹のルナがお世話になったようで。こちらお礼の品です」

 そう言ってソルはリボンに包まれた化粧箱を取り出す。

「あ、ありがとうございます」

 おずおずと受け取りながら、ステラは頭を下げる。

「いえ、その、こちらこそ……そのオルティス公爵家の皆様には……なんというか素敵な場……機会を設けていただいて……」

 言葉を選びながらマズいな、とステラは思う。

 ルナはソルにどこまで話をしたであろうか。

 ステラとヘンリックの婚約が打算の産物であることがバレているかもしれない。

 そういう相手にどう対処すべきか、ヘンリックと確認しておくのを忘れていた。

「昨夜のパーティーには遅れて行ったのですが……行った頃には殿下もステラ嬢も帰られているし、アンネ嬢は引っ込まれてらっしゃるし、アダムがひとりテーブルからテーブルを飛び回っていて……」

「あ、ああ……」

 あまり話のできなかったアダムへの申し訳なさが募る。

 ヘンリックとは仲が良さそうだったから、ふたりでいろいろと話はつけているだろうが、自分が原因だと思うと、なかなか胃に来る話であった。

「とにかくルナがお世話になりましたから、ステラ嬢にお礼を申し上げたいと思っていたら、気付いたらイトワール伯爵家に来ちゃってました」

 ソルはお茶目な感じでそう言った。

「それは、ええと、なんというべきか、わざわざご足労をおかけいたしました」

 ステラはしみじみと頭を下げる。

「しかし、その、ルナ嬢とのことは、ええ、私に礼など言う必要はまったくありませんから……」

「望まぬ結婚を強いられているのにですか」

 真っ直ぐな言葉にぐうと言葉に詰まる。

 後ろのユッタはこれを聞いてどう思ったであろうか。

 振り返って確認したくなるが、それはソルに失礼に当たる。できない。

 しょうがないのでソルの連れてきた侍従の表情など盗み見てみる。

 清々しいまでの鉄面皮であった。従者の鑑である。

「わ、私は……」

 声が震えた。繕わなければ、そんなことはないと言い張らなくては。それなのに言葉が選べない。いっそ失礼だと怒った方がよいだろうか?

「ご実家への援助ならこの私でも手助けできます」

 しかしソルの続けた言葉にステラは顔を振り仰いだ。

「え……」

「ルナが迷惑をかけたお詫びです。ご近所のよしみもありますし……」

 ソルは殊勝な顔でそう言うとステラの手に手を伸ばした。

「あ……」

 握られる、その一瞬前にステラの手の上に違う手が乗った。

 ユッタの手であった。

「失礼、こちらの手は王太子殿下の婚約者の大事な手ですので」

 ユッタは牽制するような目をソルに向けた。

 ソルは気分を害した様子もなく、むしろ嬉しそうににこりと笑って見せた。

「素敵な侍女がお付きだ」

「え、ええ、そうでしょう。自慢の侍女です。殿下からの一番の賜り物です」

 ステラは動揺を覆い隠しながらそう言い切った。

 ユッタの厳しい目付きに負けず、ソルはにこやかに続ける。

「もちろん殿下の婚約者に手を出すなどという不届き、いたしませんよ……ステラ嬢がお望みとあらば、話は別ですが」

 ちらりとソルがステラに流し目を送る。

「お、お望みじゃないです」

 慌ててステラは否定する。

「そうですか、それは残念です」

 冗談なのか本気なのかよくわからない。

 ソルは肩をすくめた。

 ソルの年齢で公爵の令孫ともなれば、婚約者のひとりくらいいてもおかしくなさそうであるが、どうなのだろう。

 いないから遊んでいられるのか、いるくせに遊んでいるのか。どのみち、この国では男の女遊びは大して咎められはしない。

 未婚だろうと既婚だろうと、婚約者がいようといまいと。

「とりあえず本日はごあいさつまで。以後、どうぞよろしくお願いします。自分はあと半年は王都で学ぶ予定ですので、何かお困りのことがあれば、いつでもご連絡ください。夏の盛りには、避暑ついでに実家に戻る予定ですので、星見伯家への言伝も承れますよ。ああ、こちら自分の王都での滞在先です。オルティス公爵家の別邸です」

 ソルはそう言ってメモを取り出した。

「どうも……」

 それを受け取りステラは頭を下げる。

 ソルはそのまま去って行った。

「ふー……」

 ステラはため息をついて応接室のソファに沈み込んだ。大した時間でもないはずなのに、なんだかどっと疲れてしまった。

「ステラ様」

 どこか固い声でユッタが話しかける。

「はい」

「殿下にはソル様のことをわたくしからお伝えしてもよろしいでしょうか」

「……そうね。私がどう言い繕っても面倒になりそうだから、ユッタから見た正直な報告を任せるわ」

「……ありがとうございます。差し出口を申して、申し訳ありません」

 ユッタは頭を下げた。

「……いえ、ありがとうね。気を回してくれて」

 ユッタの気遣いをありがたく思いながら、ステラはソルが置いていった化粧箱を取り上げる。

「……この化粧箱の中身も、ユッタが確認して、お礼状の準備もしてくれる? 私が自分でやるよりは角が立たないでしょう」

「はい、もちろんでございます」

 ユッタは化粧箱を受け取った。

「しかしこれ何が入ってるのかしら?」

「この重さ大きさならイヤリング辺りかと」

「そう」

 ステラはユッタのそつのなさに感心しながら、ようやくソファから立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る