4-40.ルーチェの日常、開発
龍人達が西区でナイトメアウィザードの討伐クエストを行っている同時刻。
ルーチェ=ブラウニーは自宅で優雅に紅茶を飲んでいた。
父親が税務庁長官を務めるラスター=ブラウニーという事もあり、ルーチェの家は南区でも指折りの豪邸だ。所謂、生粋のお嬢様である。
ルーチェ本人としては豪邸に興味はなく、日々の生活を恙無く送れれば問題がないのだが、それでも豪邸での生活は便利である。
召使いが多数務めている為、何か欲しいものがあればすぐに揃えてもらうことが出来る。けれども、ラスターの方針で有事の際に生き延びられるよう、家事全般はルーチェ自身で完璧にこなす事も出来たりする。そんな方面でも英才教育が行われているのだ。
ちなみに、家は中央に噴水付きの中庭があり、その噴水を取り囲むように設置された花壇には季節の花々が咲き誇っている。更にその花壇の周りには小木が整然と並んでいる。この中庭は花壇や木々の配置が上下左右で対象という…計算し尽くされた1つの芸術品でもあるのだ。
ルーチェはその中庭を眺めながら紅茶を飲んでいた。優雅な午後。アフタヌーンティーである。余談だが、この紅茶はルーチェが自分で淹れたもので、その辺の喫茶店に負けないくらいの美味しさだったり。
「ふぅ。美味しいですの。今日も平和ですの。」
中庭を眺めながらの紅茶は毎日の日課…という訳ではない。気が向いた時にこの場所に座って紅茶を飲むからこそ、のんびりとした幸せな時間を過ごす事が出来る。…そんな風にルーチェは考えていた。要は気分次第である。
「ん〜っと…久々にやると覚えていないものですわ。」
手元を見ながら首を傾げるルーチェ。
そこには折り紙が置かれていた。
龍人達と折り紙の話をした事で、懐かしく思ったルーチェは久々に折り紙に挑戦していたのだ。
テーブルにはカエル、鶴、豚などの動物系の作品が並んでいた。
そして手元にはウサギっぽい形の折り紙。
「うさぎさんの折り方を覚えていませんわね。どこかに折り方…あ。」
何かを思い出したルーチェは立ち上がると小走りで自室に向かう。
途中、何人かの召使いとすれ違うが、ルーチェは律儀に「お疲れ様です」と声を掛けていく。召使いと言えど人間。雇用関係にあるとしても、相手に敬意を忘れない事は非常に重要である。…というラスターの教えから、家の中ですれ違う人に挨拶をする事が日常となっているのだ。
「えぇっと…どこに仕舞っているのでしょう?」
自室に辿り着いたルーチェはプリッとした下唇に人差し指を当てながら首を傾げてしまう。
それもその筈。今探しているのは、5年ほど前にもらったウサギの折り紙を探そうとしているのだから。分解すれば折り方わかるんじゃね?的な、安易というか的確というか…という感じの考えなのである。
鍵が掛かった机の引き出しやら、昔使っていたおもちゃ箱やらを探すが…見つからない。
「むむぅ…ですの。過去の自分に負けた気持ちです。」
別に過去のルーチェが、現在のルーチェが探す事を想定して隠し訳では無いのだが、見つけられないという事実にルーチェは悔しがる。
「こうなったら直感ですの。」
部屋の中央で仁王立ちをして、腕を組んだルーチェは目を閉じる。
そして、全身全霊で眉間に皺を寄せながら集中を始めた。
「むむむむ…むむ………むぅぅぅ…………ここですの!!」
渾身の直感でルーチェがバサッとしたのはベッドの下。
そこには小さな箱が置かれていた。
「あら。本当にありましたわ。後は…この中に入っていれば、過去の自分に打ち勝ったのです!」
ちょっとだけ鼻息をふんふんさせながら、緊張の面持ちでルーチェは小箱に手を添え、静かに蓋を開ける。
その中に入っていたのは…ウサギの折り紙だった。
「ビクトリー!!!ですの!!」
まさかの勝利にルーチェの興奮がマックスまで上昇した!
この時、ルーチェの部屋から響いた「ビクトリー!!」の叫び声に数人の召使いが驚き、内1人が足を絡れさせて転んだのは…別の話だ。
勝利の喜びを噛み締めたルーチェは、ルンルン気分でウサギの折り紙を持って中庭を眺めていたテーブルの所まで戻っていく。
「これでウサギさんの折り紙も完成しますの。折角だから…皆にプレゼントしようかしら。」
鼻歌まじりにウサギの折り紙を開いていく。
「ふむふむ。こうやって折るのですね。」
そして、折れ目がついた正方形の形に戻った紙を横に置き、ルーチェは新しい折り紙でウサギを作るべく挑戦を開始する。
「あら…?」
元々ウサギの形をしていた折り紙を眺めたルーチェは、折る手を止める。
「これは…。」
その視線は、一瞬だけ真剣みを帯び…ルーチェは再び折り紙を折り始めた。
ゆっくり丁寧に、間違いの無いように追っていく。
全ては可愛いウサギちゃんを完成させる為に。
この時、親しい人間が隣にいたら気付いていたのかもしれない。
彼女の指が小さく震えている事に。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
街立魔法学院学院長室。
ここは名前の通り、ヘヴィー学院長の部屋である。
学院長という肩書きなだけあり、この部屋を頻繁に訪れる者はいない。故に、ヘヴィーが日々の研究やら、趣味やら、魔法学院の教育プランやらを考える事に時間を費やしていた。
より良い魔法使いを育てる。
それこそが魔法学院学院長に課された使命であり、これを達成する為に各魔法学院の学院長は鎬を削っているのだ。
「ふむ。怪我が治って良かったのである。体調はどうじゃの?」
ヘヴィーは向かい合ったソファーに座る人物を見て微笑む。
「そうか。それではもう少しだけゆっくりした方が良さそうなのである。して、魔法の方はどうじゃ?」
その人物は指を顎に当てて首を傾げた。
「そうか…前と同じように使える感覚はあると。…ふむ、じゃが焦りは禁物なのである。今回のお主はかなり特別なケースなのである。どんな影響が残っているか分からないのである。」
ヘヴィーは目の前の人物が頷くのを見ると、頭の上に電球マークを浮かべる。「閃いたのじゃ!」的なアレだ。
「良い事を思い付いたのである。これならば…今抱える問題が解決するのである。」
そう言いながらガサゴソと取り出した書類を受け取り、その中身を確認した人物が驚いた顔をするのを見ると、ヘヴィーはウインクをした。
「良い案と思わんかの?」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
魔法街はその名前の通り、魔法を主軸とした星だ。
この星で成功する為には強き魔法使いになる事。こんなのは当然の事実。
だが、当然の事実として、誰しもが強き魔法使いになれる訳ではない。
人間は生まれながらにして平等。だからこそ不平等という人生を送らなければならない。
では、魔法の才に恵まれなかった者は、この魔法街でどのような人生を送れば良いのか。
選択肢は幾つもある。
例えば…魔法の道で生きる事を諦め、別の星へ移住する。
例えば…魔法の実力を少しでも高め、平凡な人生を送る。
例えば…魔法以外の才を極め、魔法に関わる何かで成功を収める。
全ての選択は自由。ならば、どんな選択で幸せな人生を掴むのか。それこそが人間に与えられた平等であり、生まれながらにして与えられる才能という不平等に対抗する手段なのである。
とある研究施設では、この魔法以外の才能を極める事でひと財産を稼ごうという野心を持った者達が集まっていた。
彼らが狙うのは、魔法能力を向上させる魔導具の開発だ。
魔法能力を一時的にでも向上させる事が出来るのならば、それは魔獣討伐でも役に立つ。
有事の際には大量の受注も見込める筈なのである。
この開発を成功させるのに必要なのは、魔導具に関する知識、魔法の発動や使役に関する知識。そして魔導具を開発するに必要な最低限の魔力。それだけだ。
魔法という才能が平凡でも成り立つこの開発は、日々の生活で開発を成功させる為に必要な知識をどれだけ蓄積し、天啓とも言える閃きをどれだけ得る事が出来るのかが重要なのである。
つまり、開発の成功如何は「努力」がその殆どを占めるのである。
「うん。今回の設計図はかなり精度が高いぞ。」
そして、この開発を行う施設のトップである施設長は約5年掛けて行ってきた開発の集大成を迎えるであろう設計図を見ながら、満足そうに頷いていた。
「施設長。この設計図を元にした精製はいつおこないますか?」
部下の質問に、施設長は少しだけ悩む素振りを見せる。
答えは決まっていた。これまで幾度も失敗を重ねてきた。その全ての問題点を解決しているであろう設計図を前に、待つという選択肢があるはずも無かった。
「やろう。今から。」
この言葉に部下達が沸き立つ。
「やりましょう!この開発が成功すれば、私達のドリームが待っています!」
「施設長!すぐに準備に取り掛かります!」
待ちに待った瞬間を迎える為、全員が迅速に行動を開始する。
とは言っても、実は開発を開始する準備は殆ど整っていた為、30分も掛からずに準備は完了した。部下達は皆、施設長が開発をすぐにやる…と言うと分かっていたし、信じていたのだ。
伊達に長年、共に開発を続けてきたわけでは無いという事である。
そして、遂に開発が開始される。
「よし。先ずは魔力の供給回路を構築するぞ。生体反応に対する適応構成は前回の物に、魔力回路幅と限界拡張値の算出を組み込む。…よし。次は増幅構成だ。魔力との共鳴方法は魔力共振を第一段階にして、第二段階に魔力融合、そこから魔力増幅にする。この三段階を可能な限り負荷を少ない状態にしなければならない。共振幅、融合速度、増幅幅を適応構成の結果に応じて変動出来るようにする。この細かいプログラムが肝だ。全員心して掛かるように。」
「はっ!」
鋭い返事が室内に響き、続いて静寂が訪れる。
室内で聞こえるのは、施設長が紙を捲る音と、開発に関わる僅かな音のみ。
永遠とも思える長い時間が過ぎていき…。
3時間後。
施設長の手から設計図が落ちる。バサッと言う音を立てて床に広がる設計図。
部下達も動きを止めていた。数人は机に突っ伏して動かない。頭を抱える者すらいた。
これまでで1番の静寂。
誰しもが音を立てることを、声を発することを躊躇っていた。
目を見開いた施設長の手が震える。
長時間の開発。その果てに待っていたのは…絶望。
「そんな…。」
施設長の口から、掠れた声が漏れる。
「こんな…こんな事が…あるのか。」
涙を流し、嗚咽を堪える部下達は、縋るように施設長を見る。
「こんな事が……………!!!!」
バン!!と、施設長は目の前のテーブルを両の手のひらで強打する。
「………したぞ。」
ピクリ。と部下達が反応した。
「…………完成したぞ!!遂に!出来た!俺達の5年に渡る努力が実ったんだ!」
「うぉぉぉぉぉおおおお!!!!」
絶望…なんかではなかった。
彼らの心に飛来したのは、身を焦がすような歓喜。
長年の努力が報われた、人生最高の瞬間だった。
「おい!関係省庁へ連絡するんだ!特許を取るぞ!」
「はい!直ぐに行ってきます!」
「よし。よし。よしよしよし!!コレで俺たちは魔法街に名を馳せる事が出来る。億万長者だって夢じゃない!!」
「やりましたね施設長!」
「あぁ!すぐに商品化へ漕ぎ着けるぞ!先生にも連絡しろ!先生の助言がなかったら、今回の成功には辿り着けなかった!」
「はい!すぐに!」
施設長は床に落とした設計図の最後の1枚を拾う。
「よし!この成功で浮かれては駄目だ!完成したコレの構成をベースに量産体制も作るぞ!やる事は多いぞ。皆…倒れるなよ!」
「勿論です!!」
全員が、これまでの苦労、今日の疲労を忘れ、嬉々とした顔で動く。
努力は必ず実を結ぶ。それが証明された瞬間だった。
そして、これが魔法街に劇的な革新を齎した「ブースト石」が開発された瞬間でもあった。
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