4-36.ロジェスの半生

 フラフラと覚束無い足取りで俺達の方へ歩くロジェスは、全身から黒い魔力を噴き出していた。


「どうだ!この魔瘴は!人は魔瘴石を取り込む事で、ここまで魔瘴を操る事が出来る!これこそ人の偉大なる進化!僕の研究は必ず成功するだろうな!ハハはっ!」


 両手を広げ、神の威光を全身に浴びるかのようなポーズを取ったサタナスは笑い続ける。

 アイツ、マジで狂ってんじゃねぇか。

 ロジェスは部屋の中心まで辿り着くと歩み止める。

 そして噴き出す黒い魔力…魔瘴の密度を上げながら、静かに俺を見た。


「オラ、頼ってもらって…嬉しかった。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ロジェス=サクリフ。

 生まれながらにして卓越した魔力操作能力を持つ、この男は…あらゆる意味で「残念な存在」として認識される要素を持ち合わせた…恵まれながらにして不幸な存在だった。


 ロジェスは小さい頃から食べる事が好きだった。そして、動く事が嫌いだった。

 生まれながらにして魔力操作能力は一般人の其れを上回る力を有しており、主属性【水】の性質と相まって「期待の魔法使い」と周囲に呼ばれる程には注目を浴びる存在だったのだ。

 だが、その注目はロジェスにとっては苦痛でしかなかった。ロジェスは静かに生活が出来れば良かったのだ。

 また、彼の性格は引っ込み思案で、大勢と話すのが苦手で、自分を殻に閉じ込めたがるものだった。

 とは言え、大人になったロジェス程、小さい頃のロジェスは引っ込み思案でもなかった。


「オラ、皆を守る魔法使いになりたい!」


 幼きロジェスは、この言葉を目を輝かせながら親によく言っていた。

 果敢に相手を攻める魔法使いにはなれない。けど、水魔法を駆使して皆を守る事は出来る。それこそがロジェスの夢だった。

 そして、親もこの夢を応援してくれていた。

 父親は仕事が休みの日にはロジェスの魔法特訓に付き合ってくれた。

 同じ属性【水】を持つ父親は、ロジェスの飲み込みの早さを見て本当に嬉しそうな顔をしていた。


「ロジェスは俺を超える魔法使いになるな!」


 そう言って良く頭を撫でてくれたものだ。

 母親はそんな父子のやり取りを微笑みながら眺める。

 これこそが、ロジェスの記憶する…最後の幸せな風景だった。


 全てが壊れたのは、狂ったのは、魔法街戦争がきっかけだった。


 当時、魔法街戦争の戦いは熾烈を極めていた。

 戦いの巻き添えを食らった数多くの住民が犠牲になり、世論が「戦争の終結」求め始めた頃…ロジェス達家族は中央区の戦いに巻き込まれた。


「マズい!お前はロジェスを連れて逃げるんだ!」

「でも…そうしたらアナタが…。」

「俺の事は良い!早くここから逃げないと。」


 当時のロジェスは、父親と母親の必死なやり取りを見る事しか出来なかった。


「分かったわ…。どうか無事でい……」


 母親が父親の説得に折れ、ロジェスの手を取って別れの言葉を告げる…筈だった。現実はそれすらも許さなかったのだ。

 母親の言葉を遮ったのは鉄矢。地面に膝を突いた母親の胸部中心を貫いていた。


「そんな……。そんな……誰か!誰か回復魔法を使える人はいないか!?」


 必死に叫ぶ父親。

 ロジェスは…恐怖に囚われて声すら出す事が出来なかった。

 口から血を垂らす母親を見て、今にも倒れそうな体を必死に支え、声を振り絞る。


「か、か……かぁ…さん。」

「ロジェス……ごめんね。お父さんと……。」


 震える母親の手から力が徐々に失われていく。

 いつも優しく見守ってくれていた瞳から光が消え、ロジェスの頬に触れた手がダランと垂れる。


「あ……い、いや……嫌だ。か、ぁさ…ん。」

「……何故だ。戦争なんかが無ければ…!!ぐぅ……ぁぁぁぁあああ!!」


 母親の亡骸にしがみ付き、泣き崩れるロジェスと父親。

 周囲では戦闘音が響き、母親の死に直面して現実逃避をしようとするロジェスの意識を、無理矢理に残酷な現実に繋ぎ止めていた。


 それから先、ロジェスには記憶が無い。

 戦闘部隊が現れたのをきっかけに父親と逃亡したのは覚えている。

 だが、避難所と呼ばれる場所に辿り着くまでに何があったのか。その記憶が完全に欠落していた。

 ただ1つ分かるのは、自分が1人で避難所の端に座っていたと言う事実だ。

 父親はどこへ行ったのか。

 何故自分が1人で座り込んでいるのか。

 何もわからないロジェスは、ひとり寂しく泣き続けるしかなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 1年後。

 ロジェスは街立魔法学院の門を叩く。

 難関と言われる入学試験をなんとかクリアし、晴れて入学することになったのだ。

 ただ強くなりたい。そんな想いで入学を決めた。…のでは無い。

 両親を失った魔法街戦争。その様な悲劇を2度と繰り返さない為に、将来的には魔法学院同士が真に協力関係を築く。それを実現させるという夢の為に入学したのだ。

 しかし、ロジェスは厳しい現実に直面し、翻弄される事になってしまう。


(オラ…皆と上手く話せない…。)


 授業が終わったある日、ロジェスは修練場の端に座っていた。

 人と話す時に緊張して言葉が上手く出てこない。

 これがロジェスが直面した問題だった。

 更に、幼き時から恵まれていた魔力操作能力が良くない現象を引き起こす。

 当初、ロジェスは「優秀な水魔法使い」として注目を浴びていた。肥満体型で決して容姿には恵まれていなかったが、魔法という点において光るものがあったロジェスは皆から良く話しかけられていた。

 しかし、ロジェスが上手く会話が出来ないのを知ると、1人、また1人とロジェスに話しかける人が減っていった。

 遂にはロジェスの魔法に於ける才能を妬んだ数人のグループが…虐めるという事態にまで発展してしまう。

 誰も助けてくれなかった。虐めの主犯格である男の父親が、中央区でそこそこ影響力のある官僚だったというのも要因に挙げられるだろう。


(先生達は、オラが虐めに立ち向かうのを望んでいるみたい…だよね。でも、オラは戦いたく無い。)


 この時、既にロジェスは悟っていた。

 己が魔法使いに向いていない…という事を。


「父さん…母さん……オラ、ダメだったよ。オラ、守れる人に……なりたかった。オラみたいに父さんや母さんを失う人が、2度と生まれない世の中にしたかったんだ……。うぅ……オラ、……ごめんね。」


 空を見上げるロジェスの頬を涙が伝う。


「おいおい〜。なーに1人でメソメソ泣いてんだよ。自分の魔力操作能力の高さの尊さでも考えて、感極まったか?ははっ!優秀な奴は良いなぁ!」

「おいおい。言い過ぎだろ。アイツ何も返事できねぇんだから、もう少し優しく言ってやれよ。ギャハハ!」

「いやいや、この豚は話せないから体で語りたいんじゃ無いのか?」

「なるほどな〜。じゃあ、肉体同士のぶつかり合いで友情を深めよう…ぜっ!」

「うぐぇっ……!?」


 虐めメンバー1人のつま先がロジェスの鳩尾にめり込んだ。

 痛みに倒れ込み、衝撃を受けて麻痺しかけた肺機能を復活させようと、ロジェスは赦しを乞う犬の様に浅い息を繰り返す。


「ザマァねぇなぁ!」


 そこからは…地獄だった。いつも通りの虐め。

 通り過ぎる人も、教師も、誰も助けてくれない。皆が皆「またやってるよ。」程度の認識。日常の光景なのだ。これが当たり前。


 だからこそ。


 虐めメンバーが去った後、修練場に転がっていたロジェスは静かに立ち上がる。


(オラ…魔法学院を辞めよう。)


 だからこそ、ロジェスは自分の夢を叶える為に別の道を探す事を決意したのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 街立魔法学院を辞めてから1年が経とうとしていた。

 ロジェスは今、行政区にある大きな雑貨店で働いている。

 戦いというステージから降りたロジェスは、比較的満足な日々を送っていた。まだまだ他人とコミュニケーションを取る事は難しい。

 それでも自分で勉強した商品の知識を伝え、価値を感じてもらい、購入につながるという経験は…彼の人生において1つの彩りを与えていた。

 仕事中は困っているお客様に頑張って話しかけ、休みの日は他の商店を訪れたり、様々な商品知識を覚えたり…と、忙しい日々を送っている。

 「争いのない魔法街」という夢にはまだまだ程遠い。なんと言ったって、雑貨屋の店員なのだから。ただ、ロジェスには最近1つの「夢」が出来ていた。

 それは自分で雑貨屋を経営し、魔法街にとって存在感のあるお店にする事。

 経済を回す重要なファクターとなれば、戦争という事態が引き起こされそうになった時に発言権を得られると考えたのだ。「戦争は経済を潤す」という言葉がある通り、取り扱う商品によっては絶大な影響力を持つ事が出来る。

 そして、弱者を守る道具を開発する事も「夢」の1つだ。

 例えば魔力がない人でも使える魔導具があれば、それを使って魔法から身を守る事も出来るかもしれない。可能性は無限大なのだ。

 商人という立場から、人々を守る。

 出来る筈…だと信じていた。得意な分野で活躍すれば良いのだ。適材適所である。


「そこの君、魔力伝導率を向上させる手頃な鉱石を探しているのだが。」


 ある日、ロジェスは1人のお客に声を掛けられた。

 白衣を着たボサボサの長い髪が特徴的な男だ。


「魔力伝導率…そ、それなら、最近入荷した…良いのが、あ、あります。」


 いつも通りの接客。魔法学院にいた時よりも言葉が流暢に出る様になってきたロジェスは、魔力伝導率というややコアな質問をしてきたお客に、自分の知識を活かして良い商品を紹介しようと頑張った。

 そのお客は、ロジェスが知らない知識を多数有しており、商品を案内しながら2人の会話は自然と弾んでいった。

 これをきっかけに、白衣の客は「ロジェスの常連客」となる。月に一度フラッと現れ、様々な商品の性能などについてロジェスと議論を交わした後に、多数の商品を買っていったのだ。

 この常連客のおかげで、ロジェスは店員としての販売実績を積み上げていくことになる。また、ロジェスと白衣の客が話している専門的な話を聞いた別の客がロジェスを指名する事が増え、ロジェスは名実ともに雑貨店の有名店員となっていった。

 そんなある時だ。

 白衣の客は2ヶ月ぶりに雑貨店に顔を出したかと思うと、いつになく真剣な表情でロジェスに相談を持ちかけたのだ。


「出来れば時間を取って話したい。大変申し訳ないのだが、仕事以外の時間を僕に割いてくれないだろうか?」


 ロジェスは快諾する。

 白衣の男が研究熱心な良い人だという事が分かっていたからだ。

 仕事後、ロジェスは白衣の男と近くの喫茶店で会い、相談事を聞いた。

 その内容は…普通に考えればアウトなものだった。

 白衣の男曰く…。


「最近新しい魔力補充石の開発に成功してね、それが本当に使用者に悪影響が出ないかを確かめたいんだ。既に臨床試験は終わっていて、後は認可待ちなんだけどね。…こっそり雑貨店で売っている魔力補充石に混ぜてみてもらえないだろうか?そして、出来れば良く買う人に私が開発した魔力補充石を普通の魔力補充石として販売して欲しいんだ。」


 という内容だった。

 ロジェスは悩む。雑貨店で働くものとしては断って然るべき内容。

 だが、白衣の男が大変苦労して研究を続けているのも知っていた。だからこそ、その苦労に報いてあげたいという気持ちもあったのだ。


「…分かった。オラ、協力…する。」


 最終的にロジェスは白衣の男を助ける事を決める。

 何が彼の背中を押したのか。それは、白衣の男が「僕は君を…友達だと思っているんだ。」と言った言葉だった。

 人生で初めて言われた「友達」という言葉が、ロジェスの脳髄を駆け巡る。嬉しさが全身に満ちわたり、もう何も考える事が出来なくなっていた。同時に、「断れば友達を失ってしまう」と考えたのだ。


 この白衣の人物こそがサタナスである。

 そして、この魔力補充石こそがアウェイクである。


 数ヶ月後、自身が協力していた魔力補充石がアウェイクだと気付いたロジェスは…絶望した。

 サタナスと連絡は取れなくなっていた。

 商品に紛れ込ませるアウェイクは毎月送られてくる。

 ロジェスはどうすれば良いか分からなかった。アウェイクを広げているという恐怖と、広げるのをやめれば友達を失うという恐怖が…ロジェスに考えることを放棄させていた。

 この時、ロジェスが考えていたのは「彼が何を考えてオラに頼んだのか。」という事。

 だが、連絡が取れない以上、それが叶う訳もなく。


 ある日、ロジェスは帰り道で後頭部に衝撃を受けて意識を失う。

 次に気づいた時、真っ白な部屋に立っていて、正面の入り口から、一度だけ接客したことのある人物が入ってきた。


 そこからの記憶は曖昧だ。

 戦っていたような気がする。

 でも、戦っている相手から…恐怖は感じなかった。

 敵なのに、労われている気がしていた。

 そんな事があるのだろうか。ロジェスはこれまで虐げられて生きてきた。

 人として劣っている自分に対して、優しい言葉を掛ける人が、優しい気持ちを向ける人がいるはずがないのだ。

 それでも…。





 意識がハッキリした時にはサタナスに自爆を言い渡されれていた。

 「友達」の命令に従ってロジェスは自爆を敢行すべく歩む。

 その時だった。

 ふと、思い出す。

 頭を撫でてくれた父親の手の温かみを。

 手を繋いでくれた母親の気丈さを。

 そして、小さい頃の「皆を守る魔法使いになりたい」という夢を。


 ロジェスは思った。


 オラは、何をしたいんだろう。


 と。

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