1-6.崩壊
俺が羞恥心に耐えているのを知ってから知らずしてか、聖龍は30秒位の間…俺の事を眺めていた。いやー、その30秒の長い事!普段ゲームをしてる時の30秒なんて一瞬なのにね。
高難易度ダンジョンボス戦で、羞恥プレイと放置プレイの合体技とか…レベル高すぎるでしょ!
…と、俺がくだらない妄想をして現実逃避をしていると、聖龍がやっと口を開いた。
「汝が里因子所有者という事か。ならば…因子を持つに値する力があるのかを確認せねばなるまい。」
おっと。謎ワードが出てきたぞ。里因子所有者?固有職業『龍人』の事を言ってんのか?でも、それならそうって言うよな。とすると…俺の職業に関連する何かがあるって事か?
まぁ俺の想像が及ばない全然違う何かって可能性もあるけどな。
「龍人とやらよ。汝の力を、仲間との絆を試させてもらおう。そして、ブレイブインパクト…と言ったか。私を倒してみせるが良い。見事倒してみせるのならば、この里に伝わる武器を授けよう。」
おぉ?いきなり戦う流れになってきた。
てか、里に伝わる武器とか…ちょっと心躍るワードだな。
里因子所有者について詳しく聞きたい所だけど…聖龍から発せられる雰囲気が、それを問い掛ける事を許してはくれなさそうに感じられた。
「さぁ。私に…資格を示すが良い!」
聖龍が咆哮する。
ちょっと…ヤバイかも。咆哮と一緒に放たれた闘気が半端ないぞ。全身がビリビリと圧迫感を受けてるんだよ。ただ咆吼しただけでこれなんだ。
戦ったらどうなるか…全く想像が付かない。
けど、ここまで来て引き返すわけにはいかない。それに、聖龍に聞きたい事も出来たしな。
まずは聖龍が言うように実力を示さなきゃ。
「皆!行くよ!」
遼が気合いの入った声を上げ、それを皮切りに死闘が幕を開けた。
聖龍は強かった。
俺の使う魔法陣展開魔法という強力スキルですら霞んでしまう程の強力なスキルを駆使し、俺達が全力で放つ攻撃を尽く防いでみせた。
それだけじゃぁない。聖龍は絶え間なく強力な攻撃を放ってきたんだ。
普通だったら強力な攻撃にはチャージタイムが必要だったり、攻撃後のクールタイムが必要ってもんだ。けど、聖龍にはそれが無かったんだよね。
正直言って反則だよ。マジでつえぇのなんのって。
俺達は善戦したと思う。仲間が1人ずつ倒れていき、それでも意志を折る事なく戦い続けた。僅かな勝利の可能性に繋がる糸口を探して、足掻き続けたんだ。
それでも、敵わなかった。
聖龍が放った魔法…光の柱が天から無数に落ちてくるというとんでも魔法によって爆発が連鎖的に発生する。そして、視界が晴れたときに立っていたのは…遼、火乃花、俺の3人だけだった。
「ヤバイね…。」
「強すぎるわよ…!遼、龍人、何かない?」
火乃花…何かないって言われても無いぞ?どう考えても聖龍は強すぎるんだ。
俺と遼が何も言えずに聖龍と対峙していると、その聖龍が余裕の表情で口を開いた。
「汝等の力量は理解した。良くも悪くもその実力は人間の範疇に収まっている。その程度では私の望む力とは言えない。残念ではあるが。」
「くそっ…!本当にもう無理なのかな…。」
双銃を握る遼の手が…握り締めた力で白くなってやがる。そうだよな。悔しいよな…。俺だって悔しい。少しは良い戦いが出来るはずだって思ってたんだ。
これまでの道中で龍達を倒してきたっていう自負もあったんだ。
それなのに…結果はご覧の通り。目の前に立つのは無傷の聖龍。
この絶望的な戦力差はどうする事も出来ない。
「しかしながら、汝等の可能性は…。」
聖龍がいきなり口を閉ざして上を見た。
聖龍みたいに強い存在が話を区切ってまで見る何かがあんのか?と思って上を見ると…。
「なんだ…あれ。」
空が…割れていた。意味わからない事言うなって?そう言われても、他の表現が思い付かないんだ。空に亀裂が入ってんだよ。その割れ目から見えるのは…漆黒の空間だ。何も見えない。いや、恐らく何も無いんだろう。直感的にそう思えた。
そして、同時に俺の全身を危機感が駆け巡った。
何か…悪い事が起きる気がしてならない。
「遼、火乃花!なんかヤバイ気がする。下手すると、大規模なゲームのバグかもしんない。一旦ログアウトしよう。」
「えっ?でも、まだ俺達は負けてないよ…!?」
「遼君、私も龍人君に賛成だわ。何か…嫌な予感がするわ。」
「でも…。」
あーもう。なんで渋るかね。
ここまで来たら聖龍戦は負け戦確定だよ。
そもそもゲームで大規模なバグが起きて、その影響でプレイヤーの現実世界の体に何かの影響が出る可能性だってあるんだ。俺にはそのリスクを負ってまで聖龍戦を続けるつもりはない。
「遼。何かがあってからじゃ遅いんだよ。バグが原因で何かがあったら、死ぬまで後悔すんぞ?とにかく、俺は一旦ログアウトする。」
「…分かったよ。でも、聖龍攻略は諦めないからね!」
「そりゃぁ当たり前だ。なぁ火乃花?」
「勿論よ。」
俺達は聖龍が空を見上げたまま動かない内にログアウトするべく、親指を小指から人差し指へ指の腹をなぞる様に動かして仮想デスクトップを出現させる。
…。ん?
………ん?
仮想デスクトップが出ない。
横を見ると、遼も火乃花にも同じ現象が起きてるらしく、親指を小指から人差し指へスライドさせる動作を繰り返してる。
…考えられるのは、空に亀裂が入ったバグの影響で、仮想デスクトップ関連のシステムにも影響が出てるって事だ。そうなると…復旧するまでログアウトが出来なくなってしまう。
「遼、火乃花、仮想デスクトップ…出ないよね?」
「うん…。」
「出ないわ…。」
困ったな…。聖龍との戦いも変な感じで中断しちゃってるし…。
その時だった。
俺達のいる真上の空が光ったかと思うと、光の柱が落ちてきて…聖龍を包み込んだ。
「…え?」
思わず声が漏れる。だってさ、光に包まれたと思ったら、聖龍の姿が綺麗さっぱり消えちまったんだ。
これだけで異常な現象である事は間違いが無い。けど、こんなのは異変の序章…みたいなものだったんだ。
聖龍が消えた事で、目の前にいる強敵っていうプレッシャーから解放された俺は、さっきよりも冷静に現状の分析を始めた。
まず、空の亀裂と仮想デスクトップ使用不可。これはシステムバグによるものだと考えるのが妥当だと思う。
それか…事前告知無しの大規模なゲリライベントとか?
…でも、それだと仮想デスクトップが使えなくなる説明が付かないんだよな。イベントだとすると、空の亀裂と仮想デスクトップ問題は別個で考える必要があるかもしれない。
次に、聖龍が光に包まれて消えた件。これについては…大規模なバグが発生した事で、運営が魔獣との戦闘を強制的に中断させる処置を取った…とかかな?
もしくはゲリライベント開始の都合で魔獣を消したとか?
ん〜…なんか、どれも釈然としないんだよなぁ。当たらずとも遠からずな感じっていうかなんて言うか。
これからどうしたら良いのかもよく分からないし。まぁ、普通に考えるなら…運営から何かしらの緊急連絡が入るのを待つしかないんだとは思うんだけど。
「あっ!アレ見て!」
なんだなんだ?驚いた顔の遼が指差す方を見ると…信じられない光景が広がっていた。
それを見た火乃花が呆然と呟く。
「…え?壊れてるの?」
あぁ。俺にもそう見える。
空に現れた亀裂の下の地平線部分っていうのかな。そこが崩れていたんだ。
なんつーか、言ってしまえば世界の崩壊的な?…笑えないってコレ。マジでヤバくないか?
俺は思わず叫んでいた。
「おい…!?これはどうなってんだ!?」
遼が焦った声で叫び返してくる。
「分かんないよ!」
そりゃそうだよな。こんな状況が起きるなんて予想も出来ない。妄想くらいはするかも知れないけど、だからと言ってどうしたら良いのかという答えが分かる訳でもない。
俺達は、何も出来なかった。未曾有の事態に立ち尽くすだけ。無意識に仮想デスクトップを表示しようと指を動かすが、当然の如く表示はされない。
火乃花が神殿の下層へ続く扉を開けようと試みたけど…ビクともしなかった。
そうこうしている内に、地平線で始まった崩壊は瞬く間に広がっていき…俺達のいる場所へ迫ってきていた。
マズい。何がまずいのかちゃんとは言えないけど、俺の本能が叫んでいる。…この崩壊に巻き込まれてはいけないと。
目の前で地面が崩れていく。
いや…地面なんて生半可な事態ではない。目に映る光景…全てが崩れていく。
地面が、空が…この世界を構成するものが、ウイルスに喰われるプログラムのように崩壊していくんだ。
言いようのない恐怖が俺の体を縛る。
ふと、思ってしまう。
これまでの戦いは何だったんだ…と。
俺は…この場に立つまでに相当な努力をしてきたんだ。例えゲームだったとしても、プレイしてる時間は真剣に取り組んできた。
ゲームに真剣に取り組む意味が分からないって思う人もいるかも知れない。所詮ゲームなんていうのは、娯楽の1つであり、スポーツとかと比べて現実の体を使うものでもない。打ち込んだから何かを得られる訳でもない。あったとして、電子世界での姿も見えない人達からの羨望を集めるだけだと。
所詮は自己満足の世界。そんな物に時間をかけるくらいなら、自己啓発本の1つでも読んだ方がよっぽど人生が豊かになると。
でも、俺はそうは思わない。例え娯楽だとしても、現実の世界で何かの評価を得られる訳では無いとしても、何かに真剣に取り組むというのは…その人の人生を豊かにするという側面があると思うんだ。
自己満足でも良いんだ。
寧ろ、色々な物に広く浅く手を広げて、その結果全てのことに対する知識が上部だけの知識で、全てが中途半端な人間と比べたら、何か1つに打ち込んでいる人の方がよっぽど良い。
俺はそう考えて生きている。
この考え方は間違ってるかも知れない。でも、俺はそれで良いと思うんだ。
人間なんて間違って当たり前。それに気付いた時に、修正出来るかの方が大切なんだ。
だからこそ、俺はColony Worldをプレイする時は全力だったんだ。ギルドの活動が無い時は1人で特訓に励んだ。仲間や知人を増やす事にも注力した。
遼と2人で設立したブレイブインパクトをトップギルドにするって目標を達成する為に。
この目標があったからこそ、俺は本気でこのゲームを楽しんでいたんだ。
それなのに…何が起きているのかも分からない。何をして良いのかも分からないという…この絶望的な状況に何故巻き込まれなければならないのか。
この崩れゆく世界に呑み込まれたら…どうなってしまうんだ。
明日は仕事の大事な発表があるんだけど、これって…大丈夫だよな?
不安が心を塗り潰していく。
サプライズ的なゲリライベントだったら良いんだけど、少なくとも、俺はこんなイベントが起きるなんて聞いた事は無い。
もし…そんなのがあったとしても、仮想デスクトップが開かなくなるなんてあり得ない筈だ。
俺の頭を答えの出ない疑問が渦巻く。
そして…遂に俺達の立つ足元が崩れる。
眼下に広がるのは虚無の空間。
一瞬の浮遊感に襲われたかと思うと、俺達は虚無の空間に吸い込まれる。
俺は落下に合わせて意識を薄れさせていった。
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