1-5.聖龍との戦い

 龍の里。聖龍が住まうとされる神殿最上階の扉を開けた俺達を待っていたのは1匹の龍。

 勿論、普通の龍ではない。

 とても美しく荘厳な姿は、目にした瞬間に時間が止まっているように錯覚をしてしまう。神々しさに頭を垂れてしまいそうになる存在感を放っていた。

 白い体に金の鱗、ゆったりと揺らめく6つの羽は眩く輝き、羽先はエメラルドグリーンに発光している。更に、青とも紫とも取れる視認化された魔力が体の周りに漂い、体の後方上部には虹色に輝く魔法陣が浮かんでいる。

 …なんなんだ。この存在。勝てる気がしない。圧倒的な力。圧倒的な存在感。人がこの存在の前に立って良いのかという疑念すら抱いてしまうほどに畏怖を、敬いを、高貴さを、神聖さを感じてしまう。


「これが聖龍…。Sランクの魔獣。」


 遼が額にひと筋の汗を描きながら呟くのが聞こえた。

 見ただけなのに汗を掻くなんてビビりすぎだって思ったか?いいや…それは違う。

 Sランク。それはEランクから始まる魔獣の中でもトップクラスに位置する、人間が逆らうべきでは無い強さを持った魔獣なんだ。その強さは災害級と言われ、Sランクの魔獣が出現した場合、100人以上の熟練冒険者が合同で倒しに掛かるのが当たり前。それだけの戦力を集結させたとしても多数の被害が出てしまうとされているんだ。

 そんな魔獣が俺達の前に、悠然と佇んでいるんだぜ?この緊張感は本当に半端ない。

 例えていうなら………駄目だ。例えが思いつかない。

 いやぁ…こりゃぁブレイブインパクトだけで挑んだのは無謀だったんじゃないか?

 見てるだけで口の中が乾いてきたしな。神の前に立たされた罪人みたいな気分だよ。

 こいつを相手に仲間達は戦えるんだろうか?既に戦意を失って逃げ出したい奴もいるんじゃないか?マジで龍の里で戦ってきた他の龍とは格が違い過ぎる。

 俺は静かに仲間達の様子を確認する。…案の定、見る奴見る奴全員が聖龍の姿に目を奪われていた。皆の瞳に浮かぶのは畏怖の感情だ。

 こりゃぁマズいぞ。このまま戦闘に突入したら、一瞬で全滅しちまう気がする。

 俺は仲間達のそんな様子に危機感を感じてしまう。

 けどな、こんな状況の中でも戦意を失っていない奴がいたんだ。

 遼と火乃花だ。

 遼は誰に話しかける訳でもなく、静かに、それでいて強い意志を込めた言葉を紡ぐ。

 

「俺達のギルドで倒せるのかは分からない。でも、俺は全力で挑むよ。もし勝てなかったとしても、更に強くなって挑む…!だから、今は俺達のベストを尽くすしか無いよ。俺達はこの場所に立つまでに出来る事を全てやってきた。ベストの状態でここにいる。まだ戦ってない。これからだ。まだ何も分からない…!」

「そうね。正直、勝てるイメージは湧かないけど…挑む価値はあるわ。戦いの中で倒す何かを見つけられるかもしれないし。最後の最後まで足掻くわ。それが私達だもの。」


 ははっ。流石だよ。

 2人の言葉を聞いてたら、少し笑っちまった。

 そして、2人の言葉を聞いたギルドメンバー達の目にも力が戻り始めていた。

 そうだった。俺達ブレイブインパクトが有名ギルドにまで名を連ねるようになったのは、この不屈の意志を持つ奴らが集まったからなんだよな。

 戦う前から勝負を決めちゃぁ…駄目だよな。

 俺は他の仲間達の気持ちを代弁するつもりで、大きめの声を出す。


「よし!遼!火乃花!やるぞ!」

「うん!」

「任せて!」


 大丈夫だ。いける。仲間達の瞳にも戦う意志が、力が戻っていた。

 こうして、俺達は聖龍に向けて武器を構える。後は、動き出すだけだ。

 けど、すぐに戦闘は始まらなかった。なんと、聖龍が話し始めたんだ。Sランクの魔獣は人間を超えた知能を持ってるっていうのを実感することになっちまったって訳だね。


「私は聖龍。龍の里長を務める存在だ。汝等に問う。何を求めてこの場所を訪れた。」


 低く、それでいて澄み渡った綺麗な声だった。

 聖龍の問い掛けに、震えを押し殺して遼が叫んだ。


「俺達はブレイブインパクト。この世界でトップを狙う為にこの場所に来た!聖龍、俺達は…貴方を倒して更なる力を手に入れたい!」

「そうか…。」


 …ん?聖龍の目に寂しげな表情が浮かんだのは気のせいか?


「ならば問おう。そこに立つ青年。汝も同じ理由でこの場に立つか?」


 青年ったって沢山いるから誰の事か分からんて…。

 …………。

 あれ?もしかして聖龍が見てるのって俺か?


「えっと、俺?」

「左様。」

「いや、俺はブレイブインパクトのメンバーとして聖龍、アンタを倒そうとだな…。」

「建前は良い。汝がこの場に立つ真意を問うているのだ。」

「……。」


 あ〜〜〜。これはマジなヤツだ。

 どうすっかな。

 今更なんだけど、実は俺…職業『龍人』ってのを誰にも話してないんだよね。皆には職業『魔法剣士』って言ってあるんだ。

 何故嘘を付くのかって?そりゃぁあれだよ。固有職業『龍人』は…システムメッセージを信じるならColony Worldで俺1人ってな訳だ。

 何万人もプレイしてるゲームでたった1人だよ?普通に考えたら超絶やばい訳ですよ。

 これがもしバレたらさ、絶対面倒な事になるだろ?あっちから勧誘、こっちから勧誘…みたいな。そんな人気者なゲームプレイヤーになりたいなんてコレっぽっちも思ってないんだよね。

 それにだ、あっちこっちの勧誘を断りまくって、変な因縁を付けられたりっていうパターンも考えられるだろ?

 下手をしたら、ログインするたびに色んな奴らに襲撃される不幸なゲームライフにもなり兼ねない。だから、皆には申し訳無いんだけど、一般的な職業『魔法剣士』って言ってたんだよね。んで、偶然魔法陣展開魔法っていうレアスキルを習得したって話にしてたんだ。

 でも、今この場面でその話が聖龍に通じる気がしなかった。

 きっと聖龍は俺の職業に気づいている。

 そして、固有職業『龍人』の俺がこの場所にいる事に何かしらの意味があるんだと思ってるんだろうな。


「…………。」


 話すべきなんだと思う。けれど、俺は中々口を開く事が出来なかった。

 俺の本当の職業をここで話すという事は、皆を騙してきたって公言する事なんだ。

 遼が、火乃花が、仲間達が俺を見つめてくる。

 俺は…聖龍に視線を向けて仲間達を見る事が出来なかった。…怖い。大切なモノを失ってしまう気がする。

 けど、幸運な事に…この永遠とも思える時間は唐突に終わりを迎える。


 ゴツン!!!!


 鈍い音が響いた。

 どこからって?俺の頭からだ。

 何が起きたって?火乃花が俺の頭を愛剣である焔鞭剣の腹で叩きやがったんだ。しかも、容赦なく、不意打ちで。

 衝撃に目がチカチカと明滅する。いや、マジでここ最近の戦闘を振り返ってもここまでのダメージを受けた記憶は無いってくらいに凄い衝撃だ。

 これがゲームで生死に関わる痛覚が遮断されてなかったら…多分俺は痛みに気絶してたんじゃないだろうか。…あぁ、ゲームで良かった。


「いっ………てぇってば!!」


 涙目になりながら叫ぶ俺。けれど、火乃花はすっごい冷めた目で頭を抱えてしゃがみこんだ俺の事を見下ろしていた。


「龍人。自惚れるのもいい加減にしなさい。あんたの職業が『魔法剣士』じゃ無い事位…ここにいる全員が勘付いてるわよ。」

「だよな…。………えっ?」


 予想外の言葉に俺は目を見開いて固まってしまう。

 マジで?


「えっ?…じゃないわよ。魔法陣展開魔法なんていう、あれだけ特殊なスキルを使えるんだから、普通の『魔法剣士』な訳ないでしょ。そう分かっていても敢えて詮索しなかったんだから感謝しなさい。」

「マジで?」


 俺が顔を向けると、遼は苦笑しながら頷いた。


「うん。大分早い段階でね。」

「お〜ぅ。」


 これまで隠してきた俺の努力…なんだったんだ。衝撃的展開過ぎて、思わず外国人みたいな反応をしちまったじゃないか!


「龍人、だから聖龍の質問に答えても大丈夫だよ。俺達は龍人が何を言っても動じない。」

「遼…。」


 周りに立つ皆も何故か笑顔で遼の言葉に頷いていた。

 …そっか。俺って、本当に周りにいる人達に恵まれてるな。

 仲間の有り難みをを今更になって再認識した俺は、静かに俺達のやり取りを眺めていた聖龍を真っ直ぐ見る。


 そして、俺はこの場所に来た…俺の目的を口にする。


「聖龍。俺の職業は『龍人(りゅうじん)』だ。俺は、Colony Worldで同じ職業を持つ者がいない、固有職業『龍人』を俺が与えられた理由を知りたい。」


 俺の真剣な声が聖龍に届く。

 聖龍は「ふむ。」と納得したように目を細め、俺の周りからは…失笑が漏れ始めていた。


 ほれ見たとことか!!

 俺の想像通りの展開だぜ!!…想像通り過ぎるだろ。


 名前が龍人。職業が龍人。

 しかも固有職業っていうレア職業。

 ギャグだよね。

 ホント、我ながら恥ずかしすぎる。


 でも、俺は…恥ずかしさで顔が赤くなるのをギリギリで耐えたんだ。

 褒めてくれよな?

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