1-4.高難易度ダンジョンへの挑戦

 ゴツン。

 鈍い音が響く。


「イッテェ!?」


 頭に走った激痛に俺は飛び上がる。

 俺が今いるのは…自分の部屋だ。Colony Worldではなく、現実世界の俺の部屋。

 今の鈍い音が何かって?ま、簡単に言うとベッドから落ちたって訳だ。

 頭を摩りながら、俺は時計に目をやる。おぉ…普通に遅刻ギリギリの時間じゃんか!


「夜にColony Worldをやりすぎたな…!」


 慌てて俺は身支度を整え、家から飛び出した。

 今日は店で年間でも大きなセールの1つが始まる日。遅刻なんかしてられない。てゆーか遅刻したらフルボッコ間違いなし。

 家を出て、駅まで走り、電車に飛び乗り、満員電車に揺られ、駅に着いたら走り、店に飛び込んだ。


「おはようございますー!」


 うん。今日も元気だ俺。よし!売るぞ!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 「疲れた…。」


 ボソっと呟き、俺は電車の座席で伸びをする。

 今日のセールは事前準備を滞りなく進めていたおかげでかなり良い結果を残すことが出来たかな。

 流石に朝から晩まで動きまわってたから、かなり疲労してるけど。

 後は、明日に控えている発表を終わらせれば、ほぼほぼ俺の仕事的ストレスからは解放されるはず。大事な発表だから、事前に資料も作り終わってるしね。本番で緊張し過ぎて何も話せないってならない限り、恐らく大丈夫じゃないかな。

 昔から本番には強いから、そういう心配は無いとは思うけど。

 電車に揺られながら、俺は家に帰ってからの事を考える。

 と言うのも、明日の発表もあるんだけど、今日は今日で大事な日なんだ。

 …ん?彼女の誕生日なのかって?

 そうだったら良いんだけどね。残念ながら俺に彼女はいない。

 違うんだよ。色恋沙汰の話をしたい訳じゃない。

 俺は今日、Colony Worldで高難易度の隠しエリアと言われる星に挑戦するんだ。

 Colony Worldを始めてから6ヶ月程。自慢じゃぁないが、俺は一般プレイヤーが青褪める勢いで強くなった。

 遼の教え方が上手かったのもある。でも、それだけじゃない。

 俺がちょっとふざけて入力した職業『龍人』。この職業がべらぼうに強かったんだよね。メイン武器は剣。魔法も使える。かなり恵まれたオールラウンダーな職業なんだ。

 勿論、ただ優遇されているだけでもない。まず、魔法は普通の魔法が使えない。魔法にも色々な種類があるんだけど、俺が使えるのは魔法陣魔法のみ。

 魔法陣魔法ってのは、簡単に言えば魔法陣を描いて魔法を発動させるっていう魔法だね。特徴は…長所が他の魔法と比べて消費魔力が少ないっていう事。短所は魔法陣を描かなければいけない以上、発動に時間が掛かってしまうって事だ。

 でも、Colony Worldで1人だけっていう職業『龍人』はそのデメリットを打ち消す固有能力をもっていたんだ。

 それが、『魔法陣展開魔法』だ。

 これは名前の通りに魔法陣を展開する魔法だ。描くのでは無く、描いた魔法陣をストックしておいて、それを展開して発動する魔法。

 これね、もう強いのなんの。唯一の弱点とすれば、魔法陣のストックが切れた時に魔法の発動速度が遅くなるって事くらいかな。

 この場合、魔法陣を描いて発動するか、戦いながら魔法陣をストックする必要があるんだよね。こうなると、純粋な戦闘能力は劣っちゃうかな。まぁ…魔法陣をストック出来る数が結構多いから、殆どそーゆー事態にはならないんだけど。

 ま、こーゆー幸運のおかげで、俺は僅か半年で上位のプレイヤー陣に食い込む事が出来たって訳だ。


「あー…そろそろ待ち合わせの時間だな。」


 時計を見るともう20時30分を表示していた。

 遼達と決めた時間が21時だから、そろそろログインしなきゃだ。

 俺はこの半年ですっかり使い慣れたワールドチェンジャーをデスクの上から取ると、セットする。


「…今日がブレイブインパクトの真価が問われる挑戦の日だな。」


 柄にもなく緊張してしまう。

 ブレイブインパクト。それが俺達が結成したギルドの名前だ。

 俺がColony Worldを始めてから1ヶ月後に結成したこのギルドは、今では有名ギルドの1つに名前を連ねている。残念ながらトップギルドにはまだまだ届かないが、有望株である事は間違い無いはずだ。

 仲間も増えた。

 結構可愛い子が多いのも良いポイントなんだよね。現実世界よりもColony Worldで可愛い子達と冒険してる方が、なんか充足してる感じがして現実世界に帰りたくなくなる……。って違う。俺はハーレムを求めてる訳じゃなくて、あくまでも仮想世界での冒険を楽しんでるんだ。うんうん。


「……よし。行きますかね。」


 変な思考に陥りかけた俺は、ワールドチェンジャーの電源を入れてColony Worldへ旅立つ。


『ようこそColony Worldへ。本日も素敵な体験を。』


 俺の視界は一瞬暗くなり、すぐに色鮮やかな光景が目に飛び込んでくる。


「よっ。皆早いな。」


 俺がログインしたのは豊受の京にあるブレイブインパクトのギルドハウスだ。最近はいつもこの場所をログインポイントに指定している。

 高難易度ダンジョン攻略のために色々とやる事が多いんだよね。だから、仲間とすぐに会えるギルドハウスにログインするのが最高率なんだ。

 …可愛い女の子たちに会いたいからなんて事は無いぞ?断じてない。…と、声高らかに宣言してやる。

 さて…ギルドハウスにログインした俺の言葉通り、そこには集合時間30分前なのに沢山の仲間が既に集まっていた。

 勿論、親友でありギルドマスターの遼もいる。


「龍人だって早いじゃん!」

「そりゃぁ今日は山場だからな。」

「そんな事言って緊張してるんじゃないの?」

「ないない。いつも通りにやらせてもらいます。」

「えぇ。なんかそういう立ち位置ずるいなー。」


 不満そうにほっぺたを膨らませる遼を見て俺は思わず笑ってしまう。


「はははっ。女みたいな拗ね方するなって!」

「あっ!ひっどい!」


 とまぁ、こんな感じでいつも通りの軽いやり取りをする調子を戻した俺達は、最後のブリーフィングを行い…高難易度ダンジョン『龍の里』へ向けて出発したのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 龍の里は高難易度ダンジョンの名に相応しい強敵が次々と現れた。

 炎龍、氷龍、水龍、風龍、雷龍…あらゆる魔法の属性に対応する龍が次々と俺達ブレイブインパクトの前に立ちはだかる。

 その度、俺達は負けそうになった。

 激しい攻撃に晒されて俺も遼も仲間達も倒れそうになる。それでも俺達は諦めなかった。

 ギリギリで仲間達を繋ぎ止め続け、1人も脱落者を出す事なく…ボスが待ち構える神殿の最上階迄辿り着いたんだ。


「ようやく辿り着いたな。」

「うん。マジで強敵ばかりで、本当に無理かと思ったよ。」


 そんな事を言いながらも、遼の眼には「絶対にボスを倒す」という強い意志の炎が浮かんでいた。

 遼の横顔を眺めながら俺も頷く。


「あぁ。絶対に倒そうぜ。」

「勿論だよ。伝説の武器を手に入れて、トップギルドとして名を馳せるしか無い!」

「まぁ…そんなに有名になってどうすんのかって話もあるけどな。」

「えぇっ!?ゲームを真剣にやりこんでるんだから、有名になりたいとか思わないの?」

「ん〜有名になりたいとは思わないかな。俺は仲間達と楽しく真剣?にゲームが出来ればそれで良いかも。」

「なんかな〜。龍人ってそういう無欲な事を言いながら、結局凄い努力して強くなるんだもん。飄々としてる雰囲気なのにさり気なく熱いっていうか…ズルいよね。」

「そうか…?」

「あんた達ねぇ…これからボス部屋だっていうのに、緊張感がちょっと無さすぎじゃないかしら?」

「え?これくらいの方がリラックス出来て良くないか?」


 俺と遼の掛け合いに口を挟んできたのは、霧崎火乃花だ。クリっとした眼と赤髪のロリフェイスが特長的な、巨乳の可愛い女の子だ。

 とは言っても、可愛いというのは見た目だけで、本人は勝気で男勝り系の性格をしているんだけどね。でも、時々恥じらう姿もあって、それは破壊的に可愛いんだよな。

 勿論、可愛いだけじゃなくてその実力も折り紙付き。属性【焔】を操る職業『焔使い』だ。

 余談だが、火乃花の装備は何故かヘソ見せスタイルで、胸も谷間が見えてるし、スカートみたいなのを履いていて太腿は上の方まで見えている。

 素晴らしいボディを魅力的に露出してるんよ。

 見ていて飽きないとはこの事だね。あんまり見すぎるとセクハラでぶっ叩かれるけど。


「確かに緊張感は大分和らいでるけど…それで気を抜きすぎて即全滅とか許さないわよ?」

「そんな事はしないって。それに、ヤバい場面になったら火乃花が上手くフォローしてくれんだろ?信じてるぜ。」

「なっ…。そ、そんな風に言われても、実際に出来るかは分からないわよ…!」


 ん?何故か火乃花は顔をプイっと背けてしまった。気のせいか顔が赤らんでるような…。そんなに怒るとこか?

 ていうか、俺、何か怒らせる事言ったか?

 トントン。と遼が俺の肩を叩く。


「龍人…やっぱしズルい。」

「はい?」


 周りの奴らも何人かが頷いてるし。

 ちょいちょい待て。何か俺がズルいってのが満場一致になっている雰囲気なんだが…。意味が分からん。


「と、とにかく!行くわよ。相手は伝説の魔獣よ。聖龍…絶対倒すわよ!」


 俺が首を捻っている間に火乃花は他のメンバーの士気をまとめ上げて神殿最上階に続く扉の前に立った。

 ん〜。釈然としないけど、今はボスに集中しようか。


 俺達は扉の前に立ち、互いにアイコンタクトを取る。

 先頭に立つのはギルドマスターである遼だ。あの遼がギルドマスターだってんだから、不思議な感じだよな。現実世界だとそんな雰囲気、皆無なんだが。

 と、余計な思考を巡らせている間に、最上階への扉を背に立った遼は全員の顔を見廻すと…何時にもなく真剣な表情で口を開いた。


「皆。ここにたどり着くまで…本当に沢山の苦労をしてきたよね。俺は皆の支えがあったから、今この場に立つ事が出来てると思ってる。本当にありがとう。」


 なんだ?偉業を達成した後のスピーチみたいになってないか?

 今までの苦労を思い出したのか、何人か涙ぐんでるし。

 因みに火乃花は全く涙を浮かべていなかった。まぁ、あいつはそういう奴だ。

 っていうか、この話、「戦うぞ!」みたいにちゃんと纏まるのか…?

 なんて心配をしたけど、それは杞憂だったみたいで…。


「俺は、証明したい。俺達が、ブレイブインパクトが本当に強いギルドだって事を。皆が、皆で作り上げたこのギルドを誇れるようにしたい。だから…力を貸してほしい。これが1つの到達点で、この戦いの勝利が俺達の新たなる始まりだ。勝とう!」

「「「うん!!」」」

「「「おう!!」」」


 全員の士気が更に高まったのが分かる。やるじゃぁないか遼。

 そして、遼は扉に向き直るとそっと手を触れ、ゆっくりと押し開けていった。

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