1-2.初めての戦い

 職業欄に『龍人』とややふざけた入力をしてから、5秒程の待ち時間が訪れた。

 余りにも適当過ぎる職業だったから、類似職業の検索に時間がかかっているのかもしれない。

 そりゃそうだよね。となると、真面目にどの職業にするのかを考えないといけない。

 んー…そうだな。俺は素早い剣技で相手を倒すとか、そんなスタイルが性に合ってるから、やっぱり双剣士は捨てがたい。

 でも、仮想世界での冒険って考えると、魔法は捨てがたいんだよなー。

 …あ、良い事を思い付いた。魔法を使える双剣士って感じで、魔法双剣士ってのはどうだろう?

 素早い双剣技に魔法が加わる、嵐の様な戦士…カッコ良くない??いやぁ、なんか夢が膨らむな。


『……職業を確認。龍人りゅうじん。』


 うんうん。やっぱ駄目だよね。


『貴方の職業が龍人に決定致しました。』


 …え?えっ?えぇ!?


『尚、職業『龍人』はこの世界に於いて、貴方1人となります。』


 ウソ…。冗談のつもりだったのに。


『それではColony Worldをお楽しみ下さい。』


 俺の理解が追いつくのを待たずに、テキストはどんどん流れていく。


 そして、向こう側に小さな光が見えたかと思うと、その光はどんどん大きくなっていって…視界を真っ白に染める。


 あ、なんか体の感覚が……。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「…ここは?」


 目を開けると澄み渡る青が広がっていた。

 頭の下には何やらフワというか、サワというか…えぇっと草みたいな感触がある。

 顔の上を通り抜ける風が運んでくるのは、土や草の匂いだ。

 ……俺の住んでる家の近くにこんな所は無いし、つまりColony Worldの世界って事なんだと…思う。


「それにしても……リアルだなぁ。」


 俺は起き上がりながら周りを見回し、手に触れている草を摘んでみる。

 今目の前に広がるこの世界がゲームだなんて…信じられない。

 全ての感覚が、五感が感じる全てが現実と変わらないんだ。これが仮想世界でのゲームってやつなのか。

 凄いな。


 手足の感覚を確かめながら、俺は立ち上がると自分の姿を確認してみる。

 うん。いかにも初心者って感じの装備だ。

 着ているのは布の服。腰に差さっている剣は木剣だし。

 ってゆーか、普通こーゆーゲームってスタート地点は街の中だと思ってたんだけど。

 その辺りは少しシビアな仕様になっているのかもしれない。


「そうだ…。確認してみるか。」


 今、俺がどーゆー状況にいるのか全然分からないしね。初心者クエスト的なのとか、チュートリアル的なのがあるかも知れない。まずは情報確認が必須って事だ。

 俺は親指を小指から人差し指へなぞる様にスライドさせて仮想デスクトップと仮想キーボードを出現させる。

 この目の前に出現する感じがSFっぽくて、なんかドキドキするんだよなー。

 仮想デスクトップの中からステータスを選んでクリックする。

 …と、その時。後ろからザッという音が聞こえた。


「なんだ?」


 別の新規プレイヤーでも来たのか?この場所が新規プレイヤーのスタート地点なら、あり得ない話ではないし。

 振り向くと、そこには異形の存在が立っていた。


「キシャァァア!」


 奇声を上げながら俺を威嚇するその存在…それは、これまで色んなゲームで見たゴブリンそのものだった。

 おぉ。まさかの初エンカウント。

 …なんだけどさ、そもそもどうやって戦うんだろ。いや、まぁ、仮想世界っていう位だから、腰に差してある木剣を使うんだろうけど。

 それにしても…こうやってリアルゴブリンを目の前にすると気持ち悪いな。

 薄緑色の体に禿頭。腰には茶色いボロ布しか巻いてないし。背は低いな…140cm位しか無い気がする。今にも襲い掛かって来そうな様子に、俺は慌てて親指を人差し指から小指へスライドさせて仮想デスクトップを消した。


「グギャギャ…。」


 中腰で猫背みたいなゴブリンは、俺の様子を伺って動かない。ヤバイ。チュートリアル無しに戦闘はまずいでしょ。

 いや、ここで別枠ウインドウが開いて戦闘方法を教えてくれるとか?

 けど、俺のそんな考えは呆気なく打ち砕かれる。


「シャァァ!」


 と、叫びながらゴブリンが接近し、指から伸びた鋭い爪で切り掛かってきたんだ。


「うわっ…!」


 俺は慌てて横に飛び退いて避ける。と、偶然俺の足がゴブリンに引っ掛かり、ゴブリンは子供みたいに顔から地面に倒れていった。


「プギャッ…!」


 おぉ。意図せぬカウンター。

 …なんて感心してる場合じゃ無い。何がどうなってるんだか分からないけど、戦ってこの場を切り抜けるしか無い。

 俺は無様に転んだゴブリンが起き上がるのを見ながら、木剣を構える。

 …手が震えるな。武者震い…だと信じたい!


「グギャァァァアア!」


 起き上がったゴブリンは…怒り心頭だった。そりゃぁそうだよね。

 そして、再び俺に襲い掛かってくる。

 けれど、その行動はさっきと同じパターンの攻撃。


「これなら…いける!」


 ゴブリンの右手から繰り出される爪攻撃を避け、俺は渾身の力で木剣を水平に振り抜いた。

 ボグッ…という鈍い音がして、ゴブリンが蹌踉めく。

 よし、このまま…!

 俺は連続でゴブリンに木剣による打撃を叩き込んだ。剣を使った事なんて無いけど、振り回して当てるくらいなら簡単だ。

 ゴブリンも涎を飛び散らせながら叫び、攻撃してくる。

 でも、捻りのない同じ攻撃だったから、避けるのは簡単だった。

 5分程の戦闘を経て…。


「…倒した!」


 ゴブリンの脳天へ垂直に木剣を叩きつけた瞬間に、ゴブリンは断末魔を上げながらガラスの破片みたいに砕け散ったのだった。

 Colony Worldを始めていきなり始まった戦闘の終わりに、俺はやや放心状態でその場に立ち尽くす。

 これが…仮想世界でのゲームか。ヤバイな。リアル感が半端ない。今回は全く攻撃を受けなかったから分からなかったけど、本当に攻撃を受けても痛覚は無いんだよな…。もし、痛覚があったら発狂しちゃうんじゃないだろうか。

 そんな想像をしてしまう位にはリアルな戦闘だった。自分の命をかけているかのような感覚は…ちょっと怖いな。

 けど、5分程度とは言え、全力で戦った割には全然息切れをしていない。それを考えれば…やっぱりゲームであることには変わりはないのかな。

 とにかく、このままここにいてもしょうがないし…近くに町でも無いものか。


「…って、すぐそこにあるじゃん。町ってか…都市?」


 俺が立つ場所の少し先には、10mはありそうな石造りの壁が周囲を守る街が鎮座していた。


「よし。先ずはあの街を目指すか。遼と連絡を取る方法も分かんないし。」


 チュートリアルが何もないってのは…本当に頂けない。こんなに不親切な内容なのに、人気ってのが不思議だよね。ライトユーザーには敷居が高すぎる気がするよ。

 俺は木剣を腰に差し、都市の方へ歩き出す。


「グギャギャ。」


 うん。さっき戦ったゴブリンは思ったより強敵では無かったかな。でも、レベルとか、体力の概念ってどうなってるんだろ。ステータスバーも無いんだよな。


「グギャ。」

「キシャ。」

「ウギャ。」


 あぁ。確かに複数体のゴブリンと戦うのは厳しいかも知れないな。

 歩きながら、俺はゴブリンとの戦いを思い出していた。

 複数体に同時攻撃を受けたら、きっと避けるので精一杯になってしまう。そうなると…それなりのスキルとかが無いと厳しい。


「グギャ。」

「キシャ。」

「ウギャ。」


 いや、それ以前にこのゲームにスキルがあるのかも分からないな。そろそろチュートリアルが始まってくれても良いのに。…本当に最初から放置プレイなのかな?

 それか、誰かにゲームシステムを聞きたい。


「グギャ。」

「キシャ。」

「ウギャ。」

「……ってさっきからうるさい!」


 いい加減懲りないBGMを流し続ける奴らへ思わず怒鳴ってしまう。こっちは右も左も分からないのに…変な声を出して邪魔をしないで欲しいもんだ。


「……わーぉ。」


 この時ばかりは後悔したね。自分の情けなさに。考え事に集中し過ぎてて、周囲の事に全く気が向いてなかった。


「グギャギャ!」

「キシャシャシャシャ!」

「ウギャグギャウギャギャギャッ!」


 そこには…興奮した3体のゴブリンが鋭い爪を振り回して立っていたんだな。

 そして、俺が迎撃の態勢を整える前に先頭のゴブリンが俺へと飛びかかってきた。

 えっ。剣も抜いてないし。振り向いた体勢だし。


 …避けるの無理じゃね?


 現実逃避気味に自分の状況を眺める俺は、ゴブリンの爪撃を食らう覚悟で思わず目を瞑ってしまう。


 ズシャズシャズシャ!!


 そして、肉を抉る音が周囲に響き渡ったのだった。

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