固有職業『龍人』を得た俺の異世界生活

@Scherz

1章:Colony World

1-1.Colony Worldへ

 俺は運が良い。

 これまでの人生で、本当の不幸ってのには遭遇した事が無い。どんなにヤバイ場面でも、上手く事が運んで何とか切り抜ける事が出来たんだ。

 周りの人達にも恵まれている。仲の良い人達は、ちょっとアウトローな奴もいるけど…基本的には世間一般的に良い人の括りに入る人ばかりだ。

 だから、学生生活は常に友達と遊んでばかりで楽しい時間を過ごしていたし、社会人になってからも順風満帆だった。

 小売業の大手に入社して、店勤務で実務を学び、あと半年もすれば、店勤務の経験を活かしたコンサルタントのような仕事をする予定だ。

 唯一残念なのは、彼女が居ない事位かな。

 過去には居たけど、仕事の性質上…プライベートのバランスが難しくて別れてしまった。

 まぁ、今すぐに結婚したい訳でも無いし、時々お楽しみが出来れば…位の感覚なので特に困ってもいない。

 ここまでの話で伝わったとは思うけど、俺はこれまでの人生に満足している。

 そして、これからも変わりない人生を送っていく。


 そう思っていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「おい…!?これはどうなってんだ!?」

「分かんないよ!」


 目の前で地面が崩れていく。

 いや…地面なんて生半可な事態ではない。目に映る光景…全てが崩れていく。

 俺が戦ってた筈の相手は既に姿を消していた。

 これまでの戦いは何だったんだ。俺は…この場に立つまでに相当な努力をしてきたんだ。

 それなのに…何が起きているんだ。

 俺はこの崩れゆく世界に呑み込まれて、どうなってしまうんだ。

 明日は仕事の大事な発表があるんだけど、これって…大丈夫だよな?

 不安が心を塗り潰していく。 

 少なくとも、俺はこんなイベントが起きるなんて聞いた事は無い。

 もし…そんなのがあったとしても、仮想デスクトップが開かなくなるなんてあり得ない筈だ。

 何かのバグなのか?

 俺の頭を疑問が渦巻く。


 そして…遂に俺達の立つ足元が崩れる。眼下に広がるのは虚無の空間。


 落ちながら…俺は意識を薄れさせていった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 俺の順風満帆な人生が崩れ去るきっかけを作ったのは、学生時代からの友達である藤崎遼だ。

 勿論、遼にそんな思惑があった訳がないけどね。あくまでもきっかけに過ぎないかな。

 色々なゲームに手を出している遼にしては珍しく1つのゲームにハマっているらしく、そのゲームを紹介してもらったんだ。


「龍人!この前俺が言ったゲーム、本当に面白いから一緒にやろうよ!」


 スマホの着信音で目が覚めて、耳に当てたと思ったら大声量で叫ぶのは本当にやめて欲しい。耳が痛くてちょっと涙が出てきたし。


「遼、朝からうるさいって…。この前言ったゲームってどのゲームだし。」

「えっ?もう忘れたの?あんなに俺が熱く語ったのに。」

「いやいや、大体のゲームを熱苦しく語って、1ヶ月もしない内に新しいゲームにはまってるから、スパンが短すぎてどのゲームだか分かんないって。」

「えぇ。親友でしょ?なんか残念だなー。」

「そーゆー問題じゃないって。」

「まぁ…いっか!それより、ゲームやろうよ!前に話したColony Worldって覚えてない?」


 Colony World…何か聞いた覚えがある。

 確か特徴的な星が幾つもある仮想世界で冒険をするゲームだったっけ?そんなような事を遼が言ってたのを覚えてる。

 それを伝えると、遼は電話越しに嬉しそうな声を出した。


「そうそう!流石は龍人!やろう。てかお願い。一緒にやって!」


 …ん?何か少しニュアンスが変わってきた気がする。


「おい、一緒にやりたいってだけじゃないだろ?」

「う…。それは、まあ…ね?」


 この後、色々と質問責めをして聞いたところによると、どうやらそのゲームでギルドを作りたいらしく、中核メンバーが必要なのだそう。

 ただ、仮想世界で出会った人とギルドを作るのは微妙に抵抗があるらしく、そこで白羽の矢が立ったのが俺だったと言う訳だ。

 上手く使われてる気もしなくはないけど、俺も仕事の時間以外は比較的暇だし…やっても良いかな。学生の頃から遼とは色々なゲームをして遊んできて楽しかったし。

 根掘り葉掘り聞いた後に俺が快諾?すると、遼は「必要な物のリストを送る!」と言って電話を切ってしまった。


 …いやいや、必要なものって何だ?ゲームなんだから、ゲーム機とソフトがあれば良いんじゃないのか?

 と思っていると、スマホがブーブーっと鳴り、メッセージの着信を告げた。

 嫌な予感がしつつメッセージを開くと…そこにはリストが並んでいた。

 恐る恐るそのリストを下にスクロールすると…。


・Colony Worldソフトウェア

・ワールドチェンジャー


 …ん?思ったよりも少なかった。仮想世界でのゲームだから、もっと色々な機材が必要だと思ってたんだけど。あれだね。文明の進化は凄いねって事にしておこう。

 気が楽になった俺は、ワールドチェンジャーの下に貼り付けられていたURLをタップして…絶叫した。


「はぁ!?何だよこの値段!?」


 そこには想定以上に高額な値段が表示されていた。

 すぐに遼に電話をして抗議をしたけど、「その値段を払う価値があるから!」の一点張り。

 結局、ボーナスが出たばかりで懐が厚かった俺は、渋々ワールドチェンジャーを購入する事を決めたのだった。

 意思が弱いって…?違う違う。元々仮想世界で遊ぶゲームには興味があったんだ。でも、数年前にリリースされたばかりだったし、最初はそーゆー新しいジャンルのゲームってクオリティが低いもんでしょ?

 だから様子見してたんだよね。

 つまり、遼から誘ってもらったのが良いきっかけになったって事だね。

 でだ、Colony WorldのHPにアクセスすると…。


『ソフトウェア購入者にはワールドチェンジャープレゼント』


 の文字がデカデカと表示されてた。

 遼が何故このプレゼントについて言わなかったのかが本当に謎だ。もしかしたら期間限定キャンペーンなのか?ただ、あれだけ高額な物をプレゼントするんだったら…もう少しニュースになりそうなものだけどね。

 普通に考えてソフトウェアより高い訳だから、プレゼントしてたら赤字だと思うんだけど…よっぽど魅力的な課金要素でもあんのかな?

 それか、ワールドチェンジャーを利用した悪巧みを…。

 …なんて邪推もしたけど、俺はほぼ迷う事なくColony Worldのサイトで会員登録をしたのだった。

 だって、ワールドチェンジャーをタダでもらえるんだよ?登録しないわけが無いよね。Colony Worldを継続プレイしなくても返品の必要も無いって書いてあったし。

 ここで逃げたら男が廃るでしょ?


 そんな経緯を経て1週間後、1人暮らしをしている俺の部屋には無事にワールドチェンジャーとColony Worldソフトウェアが届いていた。


「よし。早速やってみますかね。」


 柄にもなくウキウキした気分で箱を開ける。


「思ったよりスマートな作りなんだな。」


 仮想世界で遊ぶゲームなのだから、頑丈な作りのゴツゴツした物をイメージしてたんだけど、小型ヘッドホンと首輪を合体させたような見た目だった。

 あ、因みに仮想世界って当たり前に言ってるけど、要はゲームの世界にフルダイブするって事だ。

 今までのゲームはテレビ画面で遊ぶのが主流だった。その後にVRっていう、視覚と聴覚を中心にゲームの世界に入り込むゲームが出たんだっけ。ただ、これは目を覆うすこし大きめの機材が必要で、ライトユーザー向けでは無かったんだよね。

 ゲーム世界への没入感とかは凄かったけど、なんか視覚と体の感覚が微妙にずれる感じが俺には合わなかった。

 あと、現実拡張ってゲームも登場したっけ。まぁその話はいっか。

 ともかく、俺は説明書を読みながらワールドチェンジャーを装着していく。つっても、頭にヘッドホンを付けて、首輪を付けるだけの簡単な作業だ。


「んで…電源を入れれば良いのか。」


どうやらColony Worldはワールドチェンジャーに事前インストールされているらしい。こういう気遣いって良いよね。大体どのゲームも始める前のインストールに時間がかかるからね。

 こういったユーザー視点の対応をしてくれるのには好印象が持てる。


「…よし!」


 ちょっと緊張してきたけど、俺は小さな気合いを入れてワールドチェンジャーの電源を入れた。

 すると…目の前に文字が現れた。


『ようこそ。ワールドチェンジャーの世界へ。貴方が体験する仮想世界は、その全てを五感で体感するものです。現実世界から離れ、新たな自分となって様々な世界をお楽しみ下さい。尚、痛覚等の生命に関わる感覚は遮断していますのでご安心ください。長時間の遊び過ぎに注意。仮想世界でも礼節と節度は守るように心がけて下さい。』


 うん。まぁ当然の注意書きって感じだね。

 どんなゲームでもマナーってのは大事だし、それを守れない奴らが一定数いるのもまた事実。

 痛覚等の生命に関わる感覚って表現が怖い気もするけど、要は安心して遊んでって事だろう。


『ワールドチェンジャーでは様々なゲームの仮想世界へと旅立つ事ができます。インストールされているソフトウェアの確認を行います。』

『………Colony Worldを確認致しました。起動しますか?』


 …ん?『Yes』と『No』のタブが表示されたけど、どうやって操作するんか分からない。

 俺が戸惑っていると、視界の端にクエスチョンマークが点滅するのが見えた。徐に指で触るように動かすと、視界に新しいウィンドウが表示される。

 …ふむふむ。小指の腹から人差し指の腹に向けて親指をなぞるように動かすと仮想キーボードと仮想デスクトップが出現するらしい。仮想マウスポインタもあるらしく、親指と小指をくっつける事で出現し、人差し指で動かす…と。

 微妙に慣れが必要な感覚だな。

 ともかく、早くプレイをしたい俺は仮想マウスポインタを出現させて『Yes』をクリックする。


『Colony Worldの起動中……少々お待ちください。』


 なんか…ドキドキしてきたぞ。


『Welcome to Colony World!様々な星々が織りなす世界で最高の体験を!』


 壮大な音楽と共にそんな表示が出ると、視界が暗転した。


「うぉっ!?」


 思わず声を上げるが、視界に変化は無い。

 気付けば、俺は真っ暗な世界にいた。体の感覚は…ある。視界だけがワールドチェンジャーとリンクしてるのかな。


『これよりColony Worldに於ける貴方のアバターを作成します。尚、Colony Worldでは現実世界の貴方に限りなく近いアバターを自動で作成します。身体をスキャン中……。』


 なっ…!?現実世界に近い姿ってマジか。じゃあ、Colony Worldで知り合った人と現実世界で会う可能性もあるって事か。

 それって個人情報保護とか、そーゆー観点で大丈夫なのかな?ゲーム内での恨みが原因で、現実世界で殺されちゃうとかってのもありそうじゃないか?


『スキャン完了。アバターの生成完了。Colony Worldでは現実世界とほぼ同じ姿でのプレイが義務付けられています。Colony World内での知識を元に悪事を働く事は、厳しく取り締まられています。呉々もご注意下さい。』


 あ。また『Yes』と『No』が表示されたな。

 まぁ…心配な部分もあるけど、日本でも相当数の人達が遊んでるって言うし、大丈夫だと割り切るしかないか。


 俺が『Yes』を選択すると、すぐに次の文章が出てきた。


『承認を確認。Colony World内での職業を設定します。』


 お、いいね。ワクワクしてきた。

 仮想世界って言っても、要は根幹の部分ではオンラインゲームと同じだろう。

 幾つかある職業の中から選ぶか、複数の職業を選んで組み合わせるスタイルのどちらかだろう。

 俺は高速剣技で相手を攻める双剣士とか、攻撃魔法を使いまくる魔術師みたいなのを使う事が多いから…今回も同じ感じで選ぼうかな。

 いや、でも、敢えて剣士みたいな王道職業で、正統派の強さを手に入れるってのも魅力的だ。

 もしくは盗賊みたいなトリッキーな職業もいいな。

 やばい。夢が膨らんでくる。

 …あ、そう言えば全ての職業へ自由に転職できるタイプのオンラインゲームもあったっけ。それなら幾つかの職業を試してから、1番自分の性に合うものを選べるから良いな。

 同じ剣士でも、ゲームによって設定されてるスキルとかが違うから、使用感が異なるんだよな。


『Colony Worldで貴方が選べる職業は1つです。』


 っと、色々妄想してたけど、残念ながら選んだ職業を全うしなきゃいけないらしい。

 そうなると、各職業の特徴をちゃんと調べて、慎重に選ぶ必要があるな。選んだ職業が気に入らないからって、アバターの初期化をするのはすっごい手間だし。


『尚、公平の為に職業のリセットは出来ません。』


 なっ…!今、俺の心を読んだだろ…ワールドチェンジャーめ!


『………。』


 俺の突っ込みは虚しく響き去っていく。


『それでは、貴方が選ぶ職業を入力して下さい。』


 …ん?選ぶ職業を入力?

 そんな事ってあるか?これって、千差万別過ぎないか?

 例えば、吸血悪魔双剣士って入力したら、ヴァンパイア的な能力と悪魔の力と双剣士の力を合わせた職業になれるって事なのかな。

 てか、ゲームシステムがそこまで細かい職業に対応できるとは思わない。

 もし、本当にそんな細かい所まで対応できるゲームだとしたら…神ゲーと言って間違いないよね。

 俺が職業の入力欄を見て戸惑っていると、新たに文字が表示される。


『尚、入力をした全ての職業が有効化されるわけではありません。存在しない職業の場合、複数の候補を表示致します。』


 成る程。数多の職業が乱立する訳じゃあなさそうだ。でも、普通のゲームよりも多い職業が存在しそうな気もするな。

 俺は入力欄を見ながら考えた。

 折角ゲームをするのだから、普通じゃない職業の方が良い気もするんだよね。

 今まで遊んだ数あるゲームで魅力的な職業は何だったろうか…。


 ふと、俺は目の前にある仮想デスクトップの1つに目を付ける。


 あぁ。そーゆーのもありか。

 駄目なら駄目で似た職業が表示されるだろ。

 ついつい出来心で俺が入力した職業。


 それは…。


『龍人』


 である。

 この出来心が無ければ…平凡な人生を送っていたんだろう。…と、数年後の俺は考えている筈だ。


 どんな大きな出来事もきっかけは些細なものである。


『職業の入力を確認致しました。』


 仮想世界での冒険が始まる。

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