第七章 接近
僕は回数を重ねる度、その光景をより正確に、より洗練された手つきで描写することができるようになっていた。だがそれと同時に、あまりに描き直しが多いため、色鉛筆の長さと、スケッチブックの枚数が底を尽きようとしていた。これが無くなったら、僕はどうすればいいだろう。いやきっとどうすることもできないだろう。
だから今日、僕はある決意を胸に秘めていた。今の僕ならできると思った。
・・・彼女に近づいてみよう。
僕は何度見たかわからない交差点を渡り、あのバス停へ向かった。僕はそこへ行く直前まで、この道を通ることに大きな恐怖感と躊躇いを抱いていた。しかしいざ通ってみると、それは何とも呆気ない道のりだった。してはいけない、無理だ、できっこない、と自分で勝手に境界線を作って、それができないのは周りが悪いのだと、勘違いしている、世界なんてそんなものなのかもしれない。
そう思っているうちに、僕はあのベンチの前に着いた。彼女はそこにいる。あれだけ 遠い存在だと思ったそれが、今、目の前にいる。どうやら彼女は僕に一切の興味は無いらしい。なぜなら、これだけ近くにいながら、彼女はこちらに振りむくことも、目を向けることさえしないのだから。だが、僕はそれで一向に構わなかった。そもそも僕は彼女と話したかったわけではない。あれだけ魅入られた理由を、遠くから描き続けたそれの正体を、今なら理解できるのではないかと、そう思っただけなのだ。彼女はいつも通りそこに立ち尽くしている。その姿は、僕が描き続けた、正にそのままだった、ただ一点の狂いを除いて。
――彼女は泣いている。
とても美麗な雫が、彼女の頬には伝っていた。だがこんな泣き顔見たことがない。彼女の顔は、無表情な顔面に水を垂らしたような、さながら雨あがりの銅像のようなものだった。僕が気づかないのも無理はない。遠目からならいくら観察しても、きっとこの変化に気づくことはできないだろう。
・・・なぜ泣いているのだろうか、その答えは僕にわかるのだろうか。
僕は必死で頭を回した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます