第六章 違和感

 交差点の向こう、そこに彼女は立っている、いつか見たあの群青色の花を持って。彼女はその状態のまま、まずそこに立ち尽くす。僕はいつもこの場所で、この花壇の上に腰かけて、その様子をスケッチブックに描く。幾何かの時間のあと、彼女は持っていた花をベンチの向こう側に、また一つ、また一つ、と積み重ねていく。彼女がその後どうしているのかは僕にはわからない。なぜならそれを見守ったあと、僕は駅の方へ歩いて行ってしまうからだ。いや正確には、その後の記憶が曖昧なのだ、彼女が花を置いた後、僕はどのようにして家に帰って、どのようにしてもう一度ここにたどり着いているのかを鮮明には記憶していない。だがきっと、それも僕のそそっかしさが引き起こす弊害だろう。

 今日も僕は、彼女がその花をベンチに置いた後、駅の方へ向かったはずだった。だが、今日は気が変わったのか、はたまた正体のわからない使命感に駆られたのか、僕は学校に向かうことにした。

 この道を歩くのも、もう何度目だろう。日に日に既視感が増す風景に、今日はどんな新鮮さを感じることができるか、そう思いながら歩いていたが、特になにも見つけられないまま市場まで来てしまった。あまりにもつまらないので、僕は車道の真ん中を歩いてみた。そうすると、一台の軽トラックがこちらへ向かってきたように思えた。しかしそれは勘違いだったようだ。なぜなら僕は誰にも声をかけられなかったから。 

 諦めて引き返すことにした。どうやら僕はもう、どれだけ歩いても何にも魅力を感じられないらしい、たった一つの光景を除いて。駅に着くと、僕はカラオケボックスから出てくる、あの男女六人組の同級生を発見した。今日もあの人たちは上機嫌なようだ。また、なにかいちゃもんを付けてくるに違いない。

 ・・・。

 だが、意外にも彼らは僕になにも言ってこなかった。いや、気づかなかったというべきだろうか。とにかく彼らは僕の方には目もくれず、ロータリーの方へ歩いて行った。

 彼らも考えたものだ。たとえそれが嫌がらせでも、人が自分に干渉してくれる間はまだいい。人間が最も恐ろしいのは、無視されること、つまりは自分がそこにいないかのようにされてしまうことのようだ。僕は頬を伝うそれに気づいたが、水たまりができることはもうなかった。

・・・そこにいる意味が無いと感じたとき、人は本当の意味で死ぬのだろう。

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