第11話

翌朝、そんなことを思いながら向かった菜園跡には、私より先に彼が立っていた。


「いや、ほったらかしにして帰ったから、ジャガイモが気になっちゃって……」


手には紙袋を持っている。


「親に話したらさ、めっちゃよろこんでたよ」


「もう少し干したいから、放課後に仕分けしよう」


「うん、分かった。俺さ、実はずっと気になってたんだよね。なに植えてんだろうって。ぶっちゃけジャガイモの葉とか花とか見たことなかったし。最初に土をほじくり返してたときにさ……」


今日はピアノの練習をしなくてもいいのかな。


いつも見ていただけの白い壁に並んでもたれ、今はすぐ隣でその声を聞いている。


窓越しに聞いていたのと同じ声なのに、その距離が違うだけでこんなにも変わるものだなんて、知らなかった。


「教室、戻ろっか」


これ以上一緒にいたら、自分がおかしくなってしまいそう。


それ以上に、一緒にいるところを他の誰にも見られたくない。


そう思っているのに、コイツは靴箱まで一緒に歩き、並んで階段まで昇ったうえ、廊下まで共に歩く。


目的地は同じだからどうしても回避出来ずに、そのまま一緒に入ってしまった。


早めに切り上げたせいで、始業までまだ時間がある。


胸の鼓動が落ち着かない。


なんだかチラチラと見られているような気がする。


彼の方はいつもと変わらず、何となく男子と絡んでいるけど、私は全身を硬直させている。


「おはよ」


一番よくしゃべる女の子が声をかけてきてくれた。


ホッとすると同時に身構える。


普通に、普通にしておかなくっちゃ……。


「おはよう」


何か聞かれたら、たまたま一緒になって偶然話し始めただけで、だから同時に教室に入っただけだと、答えると決めた。


「昨日の動画配信、見た? 新曲のさぁ~……」


「あ、見た見たぁ~! すっごいカッコよかったよねぇー! アレは絶対前の……」


いつものメンバーで集まって、いつものどうでもいいおしゃべり。


私は今朝、あの本間尚也と会って、一緒にしゃべりながら教室入ったんだよ? 


ちょっとは話題にしてくれてもよくない? 


まぁ聞かれたって、まともに答えてやる気なんかないんだけどさ。


よかった。


さすがよく分かっている友よ。


触れて欲しくないところは、きちんと外してくれる。


そうだ、そうだよね。


聞きたくないよね、他人の自慢話なんか。


そうやってこっそり、悔しがっていればいい。


いつも以上に、相づちが多いような気がする。


変にテンションが高いのも気になるけど、この状態を保っていなければ、他人につけいる隙を与えるような気がしてやめられない。


チャイムが鳴った。


この音に、いったいどれだけ救われてきただろう。


学校で一番安心できる時間は、間違いなく授業中だ。


昼休みになった。


この長い難局を乗り切れば、学校が終わる。


家に帰れる。


放課後は菜園前でジャガイモをぱっぱと分けて、さっさと帰ろう。


じゃないと、また誰に何を言われるか、分かったもんじゃない。


トイレに逃げ込む。


個室から出たくはないけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。


一息吐いて、気合いを入れる。


一直線に手洗い場に向かい、丁寧に丁寧に手を洗う。


授業再開間近の昼休みの、浮き足だったような廊下に出た。


宮下久美とはち会った。


「こんにちは」


彼女はにっこりと微笑む。


「こんにちは!」


私も負けずに笑みを返す。


「昨日、本間くんとジャガイモ掘ったんだって?」


「あ、うん!」


「そっか。本当に手伝ってあげてたんだね。役に立った? 邪魔してない?」


何をどう答えたら正解なのかが分からないから、最大限の笑顔を見せる。


私はあなたと対立しようなんて気は、一切ありません。


「あ、今日それを分けることになってるから、宮下さんも一緒に来る?」


そう言うと、彼女は少し驚いたような表情を見せた。


きっとそんな答えが返ってくるとは、思っていなかったんだろう。


「そんなにたくさんはないんだけど、でも、三人で分ける分くらいはあるから……」


「私、ポテトってあんまり好きじゃないんだよね。持って帰るのも重たいし」


彼女はにっこりと、それはそれはにっこりと微笑んだ。


「ありがとう。また何かあったら誘ってね」


「うん、分かった! ごめんね」


ひらひらと振られるその手に、私は必死で振り返す。


ポテトって……、嫌いって……。


そんな奴、この世にいたのかよ。


しかし「ごめんね」って、ごめんって言っちゃう私もどうなの? 


なんかそこで、謝る必要とかあった?

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