第10話

彼が掘り出す芋の重さを、私はノートに書き付ける。


後ろに転がされる芋を、私は一つずつ手に取る。


明らかに傷んでいるものは除外して、食べられそうなものは50g以上と以下の二つに分けてざるに入れる。


手伝ってくれる人が現れたおかげで、収穫を一日で終えてしまった。


辺りはもう、薄暗くなり始めている。


「で、掘った芋はどうすんの?」


「乾かさないといけないから……。とりあえず今日はこのまんまで」


「雨は大丈夫なの?」


「多分、降らないと思う」


「多分かよ」


彼はスマホを取り出すと、明日の天気をチェックする。


「あぁ、晴れだな」


ぐちゃぐちゃの畑はそのまんまにして、ざるだけを日の当たらないよう倉庫横に移動させた。


「片付けは明日するから」


水道の蛇口で、並んで手を洗う。


タオルを渡そうとしたら、彼はすでに自分のハンカチで手を拭いていた。


「で、掘ったジャガイモはもらえるんでしょ?」


学校を出る頃には、すっかり暗くなっていた。


沈んだばかりの空に、今日は3つの光の柱が見える。


「あげるよ、もちろん。なんか袋持って来て。同じ重さずつ入れてあげる」


目と目が合う。


この人はふっと笑った。


「役に立ってるし、お前の特殊能力」


「うれしくない」


「あはは」


本当にうれしくない。


そんな分かりやすいお世辞や慰めで、騙されるような私じゃない。


頭に血が上る。


間違いなく顔が火照っている。


変な汗が出ていて、茶色の彼が隣にいて、辺りは暗くて、本当によかった。


「な、ちょっと寄っていこうよ」


そう言って肩にかけた鞄を引かれる。


小さな古い八百屋の前で立ち止まった。


こんな店に誰が入っていくのだろうと、いつも思っていたそこに引きずり込まれていく。


彼は人参の袋を手に取った。


「これ、何グラム?」


「だから、芋類限定なんだって」


この人はまだ不思議そうな顔をしていた。


「人参は芋じゃない。根菜だけどね」


すぐ隣にあった、ジャガイモの詰められた袋を持ち上げる。


「298?」


彼は渡した袋に貼られた、値札のシールを確認している。


「当たり! こっちは?」


「……304」


そう言えば他の誰かから、こんなふうに驚きの目で見られるのも初めてかもしれない。


「すげぇ!」


すぐ次の袋に伸ばそうとした手を、引き留める。


キラキラしたその素直なまなざしが、妙にまぶしかった。


「ねぇ、もう帰ろうよ」


恥ずかしい。


でも普通に悪い気はしなかった。


店を出る。


3つあったピンクの柱は1つになっていて、乱立する駅前の看板は、もっと大事な何かを忘れさせようとしているみたい。


「俺だってさ、自分の能力を生かしきれてるわけじゃないよ」


改札をくぐる。


定期のカードがピッとなって、表示される金額が消費されていかないことに、未だに慣れない。


頭ではそれは当たり前のことなんだと分かっていても、消えていかない。


お金は電子の数字に変わって、確かに消費されているのにね。


「絶対音感って言っても、音が五線譜の音符として分かるだけだし、色になって見えるって言っても、俺からしたら……、漂う煙? ライトの光? みたいに、見えてるってだけで……」


今日は並んで階段を昇る。


ホームはいつだって混雑していた。


「絶対音感とか、共感覚とか、ピアノの上手さには関係ないよ。そりゃある意味、助けにはなってるかもしれないけどね。だけど、練習しないと上手くはならない」


ほんの少しだけ、私より目線の高い位置にある横顔と目が合う。


「だから、あんまり意味はないと思ってる。俺はね」


到着した電車からの、突風が吹き付ける。


人の流れを待って、一緒に乗り込んだ。


「て、アレ? こっちの電車でよかった?」


「うん。前に一緒だったって気づいた」


どこで降りるのかと聞かれて、正直に答える。


もうこの人には、嘘をつかなくていいような気がした。


「じゃあな」


乗り換えの駅で、先に降りるのは彼の方で、いつもどの駅で一緒になって、どこで降りていくのか、知っているけど知らなかった。


これで私はこの事実を、「知っているもの」として許される。


窓の外には、新たに現れた大きなピンクの柱が見えている。


もしあの光に飲まれた時には、とりあえずの食べ物でも確保しておこうと、勝手に始めたジャガイモ栽培だった。


バカみたいだとずっと思っていたけど、ちょっとは役に立ったのかもしれない。


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