第9話

放課後になった。


意味のない雑談に時間をとられたせいで、時間を気にしながら廊下を走っている。


どうせ収穫に来るのは私一人なんだから、そんなことを気にする必要もないんだけど、時間を決めたからには自分がそれを守りたい。


ようやくたどり着いた校内の片隅の、忘れ去られた菜園前で息を整える。


時間には間に合った。ジャスト15時00分。


本当は体操着に着替えたい気分だけど、着替える場所すら与えられていないのだから仕方がない。


「では、ジャガイモ収穫祭を始めます!」


一呼吸置く。


拍手しようかと思ってやめる。


両手がスコップと熊手で塞がっていたからだ。


一人しかいないし。


収穫したジャガイモを入れておく大きなざるも、倉庫から出して並べてある。


本当は洗って干しておいた方がよかったのかもしれないけど、今のこの勢いを逃したら、次はいつやる気になるのか分からないから、いいことにする。


一番端っこの株の根元を、熊手でかき分けた。


芋を傷つけないよう、少しずつ丁寧に丁寧に掘り進める。


この数ヶ月の成果が現れる、最も楽しみな瞬間だ。


「うわ。なんだよ、勝手に始めんなよ」


振り返ると、彼が立っていた。


「なんだよ、ちょっとくらい待ってくれてたっていいだろ」


隣にしゃがみ込む。


私の手から熊手を取り上げた。


「で、ここを掘ってきゃいいわけ?」


三本の鋭いかぎ爪を、ザクリと地面に突き刺す。


「ちょ、ダメだって」


大切なジャガイモを、傷つけられたらたまらない。


「もっと優しく、遠いところからそっと……」


掘り方を教えてあげる。


私は「なんで来たの?」という言葉を飲み込む。


彼は何も言わず、私の説明を聞いている。


「分かった」と答え、素直に従うその光景をとても不思議に思う。


軍手を渡したら、何の迷いもなくそれをはめた。


「うお! 出た!」


黒い土から顔を出したジャガイモが、本当に金塊のように輝いて見えるだなんて、どうかしている。


「すっげぇ、ちゃんと出来るもんなんだな!」


彼は微笑む。


そんな姿に、私の簡単な決心はあっさりと歪む。


「きょ、今日は、なんで来たの? ピアノは? 彼女はよかったの? つきあってるんじゃないの?」


「は? 別に。ジャガイモ掘ってる方が楽しいだろ。つーかいっつも思ってたんだけど、なんでジャガイモ? トマトとかキュウリの方がよくね? きれいな花とかさ。ジャガイモって、なんの趣味?」


「ピアノ、すごく上手だよね。そんなこと、今さら言われ慣れてるかもしんないけど、絶対音感とか共感覚とか、すっごい憧れる。自分の能力を生かして何か出来るって、いいよね、うらやましい。私なんてほら、何にもないから」


黄金のジャガイモは、やっぱり黄金のジャガイモだった。


「俺、そういうこと言われるの、一番嫌なんだよね」


白すぎる手が、転げ落ちたジャガイモの一つを手に取った。


「ムカつく」


「これは28g」


私はそのジャガイモを、彼の手から奪いとる。ざるに放り込んだ。


「こっちは37gで、これは12g」


地面に転がる、大きな一つを手に取った。


「67g」


「は?」


「私ね、芋の重さが分かるの。芋類限定で」


そうなのだ。


なぜだか分からないけど、さつまいも、ジャガイモ、里芋、山芋の、その4種の重さだけが、手に持っただけで正確に分かる。長さは分からない。


「なに言ってんの?」


「本当だから」


掘り出したジャガイモを手に取る。これは38g。


そうだ、収穫量の記録をつけないといけないんだった。


ノートを取り出す。スマホは土で汚したくない。


その余白部分に、一つ一つの重さを書き付ける。


「え、マジなの?」


「絶対音感とか、うらやましい」


掘った芋を左手に持つ。


右手でもいいんだけど、数字を書かなきゃいけないから、使わないだけ。


「何の役に立つと思う? この能力」


何度も何度も、自問自答を繰り返してきた。


農業関係? 芋農家? 


だけど育てるのがうまいわけでも、出来の善し悪しが分かるわけでもない。


「だからジャガイモ?」


「世界が滅ぼうとしているから。自分にも出来ること、考えてみただけ」


くだらない。


実にくだらない。


自分でも分かっている。


この無駄すぎる能力を、意味のない力を、何の役にも立ちそうにないコレを、どうすればいいんだ。


自分らしく、自分自身に出来ること? 


なにそれ。


「そっか」


「内緒にしといて」


彼は黙ってうなずいた。


黙々と芋を掘り進める。


初めて自分以外の誰かに告白した。

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