第7話
「狩りの能力高いからね。猫界のハイスペだよ」
その姿を見たことはない。
だけど本日のプレゼントは、大きなトカゲだった。
私は笑っている彼の隣で、スコップを突き立てる。
「あんたは人間界でモテてるからいいじゃない」
「え? なにそれ」
そう言って笑う。
私は立ち上がり、トカゲの尻尾の先をつまんで持ち上げた。
ブラブラとさせながらそれを穴まで運ぶと、そこへ放り込む。
「お前さ、せめて直でつかむのやめろよ」
「なんで?」
「やっぱ死体だし。なんか変な病気もってても怖いだろ」
その手で触ってビビらしてやろうかとも思ったけど、くだらないことはやめておく。
並んで手を合わせ目を閉じた。横を向いたら目が合う。
「おい、さっさと手、洗ってこいよ」
「……。わっ!」
パッと両手を広げ突き出した。
本気で驚いたらしい彼は、変な声を出して尻餅をつく。
うっかり笑ってしまった私に、この人は怒り出した。
「ふざけんなって、手ぇ洗えよ!」
触れようと手を伸ばしたら、めちゃくちゃに嫌がっている。
それがまた面白い。
「おい、ふざけてないでもう帰るぞ!」
「嫌だぁ、手ぇつないでくれないと歩けない!」
「お前、マジでやめろって」
一瞬だけの追いかけっこ。
いつも壁の向こうから聞こえる笑い声が、今はすぐ目の前にある。
ふざけた私に調子を合わせていてくれた彼が、ふっと態度を変えた。
そのタイミングは間違えない。
「あぁ、面白かった」
スコップと熊手を倉庫に片付け、手を洗う。
それでも隣で、こうして待っててくれるんだ。
ハンカチタオルで手を拭いたら、彼は先に歩き始めた。
夕暮れの遊歩道を並んで歩く。
突然の慣れない事態に、話すことが何も思い浮かばない。
こういうときにつまらない話をして、つまんない奴とか思われたくない。
いつも女友達同士でやっている得意技が、こんな時に限って使えない。
「明日の宿題って、なんかあったっけ」
「……あぁ、数B?」
「本間くんってさ、数学得意なの?」
「普通。なんで?」
「いや。私は、数列苦手だなって……」
歩道に人気はなく、恐ろしいほど静かだった。
踏みつける小石の、擦れる音まで聞こえてきそう。
何かをしゃべり始めた彼に、適当に相づちを返す。
よかった。
途切れない会話を作り出すのは得意だから平気。
向こうがしゃべってさえくれていれば、何とかなる。
駅が近づいてきた。
今日のこの偶然みたいな奇跡を、なんと呼べばいいのだろう。
「じゃ、また」
「おう」
改札で別れたけど、本当は同じ方向なんだよね。
同じホームなのに、彼の昇った階段とは別の方を昇る。
遠く離れた同じ路線で、その姿は見えなくても、そこにいると知っている。
こうやって今も同じ電車に乗っていることを、あの人は知らない。
車窓からピンクの柱が見えた。
きっと明日も、何も変わっていないだろうと思う。
電車に揺られながら、沈んでゆく夕日を見ていた。
また次の一日が始まる。
予想通り、同じ朝が来てまた同じことを繰り返している。
今朝はハイスペックな猫彼からのプレゼントは用意されていなくて、ただ校舎の壁から話し声が聞こえていた。
少なくともあいつは、毎朝私がここにいることを知っているのに、何を考えているのだろう。
恥ずかしいとか、思わないのかな。
水をまく。長さを測る。スマホで更新もする。
草むしりと虫退治は……今日は暑いから、放課後にしよう。
咲き誇っていたツツジも、終わりを迎えている。
茶色くしぼんだ花が、誰に片付けられることもなく墓の上に積もっていた。
ジャガイモの収穫ももうすぐだ。
薄紫の花びらに、黄色い花芯が鮮やかに映える。
その花は、とてもきれいだと思う。
だけど、育てるイモのために花を摘む派と摘まない派がいるのも事実で、私は何となく残しておいた、丸く球になって咲くそれをむしり取る。
花を残すか残さないかなんて、結局はその時の気分次第だ。
今朝はピアノは弾かないのかな? ツツジの落花をかき集め、抜いた草を詰めてある袋に入れた。
ジャガイモの花とツツジの花が重なって、ここでの私の仕事は終わってしまう。
校舎ではまだ、楽しいおしゃべりが続いていた。
だからどうってこともないんだけど、もうここにいる理由もない。
ひと呼吸おいてから、私は決意を固め教室へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます