第6話
菜園のジャガイモは順調に育っている。
いつも自分の閲覧した1viewしかつかない園芸部のページに、誰かがやってくるようになった。
変なアカウント名を使っているから他の人には分からないだろうけど、間違いなくアイツだ。
『あの猫また来てたみたい。今度はでかいバッタだった』
『マジで』
『見てみろよ、置いてあるから』
音楽が聞こえる。
この人は校舎の壁の向こうから、見ていなくても、見えていたんだ。
彼の弾くピアノだ。
人並み外れた聴力で音を聞き取り、それを見ていた。
私が毎朝ここに来てこっそりピアノを聞いていたことを、ちゃんと知っていたんだ。
壁の向こうで、扉が開く。
「おはよう!」
始業前の密会。
出来たばかりの彼女は、彼を追いかけてここへやってくる。
私は足元の巨大なバッタを見下ろす。
それらは全てここから見えない向こう側の出来事で、どう始末しようかと考える。
ツツジの根元に並んだ穴には、なんとなく埋めたくない。
私はジャガイモ畑に穴を掘ると、そこに埋めた。
土寄せ代わりだ。
この子の死はちゃんと、ジャガイモの養分となってくれ。
カラスと人間とバッタの死。
この菜園には、秘密が詰まっている。
いや待て。
手首がちぎれたくらいでは、人は死なんだろ。
もしかしたら、どこかで生きているかもしれないし。
事件にならないってことは、交通事故とか?
それとも、別のところに死体の本体はちゃんとあって、既に警察は身元を判明していて、ついでに犯人も捕まえちゃってて、そこにあった遺体から、猫だけが勝手に手首を持って来ちゃったとか……。
私は首を横に振った。
ピアノの音色に、高く軽やかな笑い声が混じる。
そうか、音色って「音の色」って書くな、そう言えば。
キン!
ふいに一音、旋律に混じった。
演奏が途切れる。
約15秒の空白。
再び奏でられるそれは、やけに荒っぽくも浮かれたようにも聞こえる。
なんだ。彼女と上手くいってるんならいいんだけど、見せつけられても困る。
蛇口の水を全開放する。
緑の若葉へ盛大にまく。
それはツツジやその後ろにある、なんの木だか分からない葉にも当たって、ザザッという雨音のようなものを立てる。
それに驚いたピアノに満足すると、私は菜園を後にした。
午後からの授業はいつだって退屈で、数列とか知らないし、興味もない。
仕方なく数学Bの教科書を開く。
表紙をめくったその先に、ピアノの写真があった。
そうなんだ。ピアノって、数列だったんだ。
1オクターブ12音。弦の長さは公比1.06の等比数列なんだって。
道理でピアノなんて、ワケの分からないはずだ。
三列向こうの前方に座る、茶色い頭に目をやる。
私にはきっと、永遠に解けない謎だ。
数学なんて大嫌い。
放課後の菜園に、その人は時々やってくるようになった。
「お前、モテモテだな」
今日は一緒に熊手を持って、学校をぐるりと取り囲む高い塀に沿って穴を掘っている。
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