雨の日の小さな世界

タマゴあたま

雨の日の小さな世界

 どうしよう。傘なんて持ってきてないよ。

 だって、天気予報では晴れだったもん。


 僕は窓の外を眺めながら、ため息をつく。


「いきなりの雨で困っちゃうねー」


 町田さんに話しかけられた。クラスメイトだけどあんまりしゃべったことない。

 というか、どのクラスメイトともそんなにしゃべってない。


「うん。天気予報で晴れって言ってたから持ってきてなくて」

「木村君、電車通学だったよね。駅まで一緒に行こうか? 私折りたたみ傘持ってきてるし」

「い、いや、大丈夫ですよ。職員室に貸し出し用の傘があるはずだから」


 僕はカバンを持って職員室に向かう。

 クラスの男子とすらまともに話せないんだ。女の子となんてなおさら無理だ。一緒に帰るなんてハードルが高すぎる。


「そっか。じゃあ、私も職員室に行こっと」

「あの……。町田さんは帰ってもいいんですよ」

「私はこの後暇だし。別にいいでしょ?」

「まあ、いいですけど……」


 自然に町田さんから離れるつもりが失敗してしまった。


「失礼します。貸し出し用の傘を借りに来ました」

「あー。ごめんな。全部貸し出しちゃったよ。なんせいきなりの雨だろ?」


 先生は申し訳なさそうに頭をかく。


「いえ。先生が悪いわけではありませんから。失礼しました」


 うーん。どうしよう。


「頼みのつなが切れちゃったね。やっぱり送ってあげようか?」

「いや。コンビニでビニール傘を買いますよ。迷惑かけられませんし」


 僕なんかと相合傘をして、町田さんに迷惑がかかったら申し訳ない。それに、町田さんと一緒なんてドキドキしてしまう。


「別に迷惑じゃないんだけどなー、それに、コンビニに行くまでに濡れちゃうよ」

「そうなんですけど……」

「はっきりしないなー。――もしかして、私のこと嫌いだった?」


 町田さんの声が細くなる。


「いや、そうじゃなくて! 僕と一緒に帰ったら変な誤解されて、町田さんに迷惑がかかるかなーって思って」

「なーんだ。そんなことだったんだ」


 町田さんの顔がぱっと明るくなる。


「私はそんなの気にしないってば―。さあ、帰ろう!」


 町田さんは折り畳み傘を開く。薄いピンクの可愛らしい傘だ。


「可愛い傘ですね」

「そうでしょー。お気に入りなんだー」


 町田さんと一緒に駅へ向かう。

 肩が少し濡れてるけど我慢しなきゃ。傘に入れてもらっているんだし。


「あ。木村君、肩濡れてるじゃん! もっと近くに寄りなよ!」

「僕は大丈夫です」

「大丈夫じゃないよ。風邪ひいちゃうよ」


 町田さんの肩が僕の肩にくっつく。

 心臓の音が町田さんに聞かれそうで恥ずかしい。


「木村君はさ、犬と猫どっちが好き?」

「猫です。家でも飼ってるので」


 跳ねる心臓を抑えるように言葉を吐き出す。


「そうなんだ! 私も猫のほうが好きなんだー。今度見に行ってもいい?」

「え? 僕の家にですか?」

「他にないでしょ。いきなりすぎ?」

「いえ。大丈夫ですよ」

「あと、木村君はどんなお菓子が好き?」

「洋菓子よりは和菓子が好きです。ようかんとか好きです」

「わかった。木村君の家に行くときに持っていくよ」

「そ、そんな気を遣わなくていいですよ」

「いやいや。お邪魔するのはこっちなんだし。お、そろそろ駅だね」


 いつの間にか駅まで来ていた。


「じゃあ、僕はこれで。傘ありがとうございました」

「いやいや。私は木村君と話せて楽しかったよー。雨に感謝しないとね」


 町田さんはにっと笑う。町田さんは優しくていい人だな。


「猫ちゃんを見に行くの楽しみだなー。じゃあ、また明日ねー」

「あ、はい。また明日」


 優しくて良い人だな。

 町田さんを見送りながら、そんなことを思う。


 不意に町田さんが振り返る。


「明日は晴れでも一緒に帰ろうねー!」


 町田さんが手を振りながら笑っている。

 僕の心に虹がかかったような気がした。

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