第3話 私と彼のプチサロン

 私は10歳の時にシルヴィオと運命的な出会いを果たした。


 初恋に浮かれていた私は、その後すぐにお父様とお母様にせがんでシルヴィオにお礼を言いに行った。彼は子爵家の三男で、彼の家は王家の茶会に呼ばれるほどの家格はなかった。偶然王城で働く父親の使いとしてやってきただけだったらしい。

 私は、彼に少しでもよく思ってもらえるよう、おめかしして精一杯がんばったのだけれど、彼に好みの女の子のタイプを聞いてあえなく撃沈した。スレンダーで有名な王女様の名前が出されたのだ。この時初めて私は自分の容姿を気にするようになった。

 そのころの私は、子豚ちゃんだった。

 だから私は、彼好みのスレンダー美人になるべく頑張った。

 


 そして、私がそこそこスレンダーになった11歳。


 私は、貴族令嬢の慣例にのっとり、プチサロンを開くことになった。

 サロンは、貴族の女主人が、文化人や学者ら有識者を招いて、知的な会話を楽しむ場だ。お茶会と似たような感じだけど、知的な内容を議論することがメインなので男女の別なく参加しやすいのだ。

 そして、ここティント王国では、貴族令嬢は、学園に入る15歳までの間、プチサロンを開いて将来のサロン運営の練習をするのが慣例になっていた。

 プチサロンは、正式なものではないので誰を呼んでもよいが、親にメンバーを集めてもらうことが多い。私は、お母様に頼んで、メンバーにシルヴィオを入れてもらった。


 私は、この1年間彼に会うのを我慢した。

 お母様に、意外性が重要だと言われ、やせてきれいになった自分を見せて驚かせようとしたのだ。

 しかし。

「初めまして。シルヴィオ=クレッシェンツィです」

「……初めまして」

 彼は、1年前に助けた女の子の事なんて忘れていたらしい。

 私も、子豚ちゃんを思い出されたくなくって(幻滅されたら大変だ)10歳のころの思い出話を蒸し返すのは、やめにした。

 まあ、美少女公爵令嬢としての第一印象から始めるのもいいだろう、と思い直すことにした。


 

 ちなみに、どうでもいいけれど、王子のお茶会はその後も行われていて、私はお茶会のメンバーから外されることはなかった。まあ、公爵令嬢だしね。

 次のお茶会からは、悪童ダリオが呼ばれることがなくなり、なんと、王子が私に謝ってきたのだ!

 まあ、私は王子のおかげでシルヴィオと出会えたから、逆に感謝してる。許してやった。あの出会いは、私の人生で、何物にも代えがたいものだったのだ。

 そして、あの時、王子は私がシルヴィオに一目ぼれしたのに気づいたらしく、色々聞いてくるので、恋の相談役に任命してやった。

 ちょっと、からかいがうざいときもあるけれど、今となっては親友だ。



 さて、話は戻る。

 プチサロンは、メンバーを募って定期的に集まりを開くことになる。特にテーマを決めずに進めるのもいいのだが、私は、テーマを決めた。

 ずばり「庶民の生活」

 だって、興味があったんだもの。

 私がシルヴィオと結婚したらきっと役に立つはず、なんていう打算だらけのテーマだったのだけれど、元来活動的な私にこれはかなり合っていたみたい。


 サロンで調べて、外で実践する。


 みんな面白くなかったのか、どんどん抜けていった。

 プチサロンは、ゆるやかな結びつき。決して参加を義務付けるものではない。


 私が、途中、シルヴィオと婚約を結んだら、さらに人は抜けていき、結局学園が始まる前は、シルヴィオと二人だけになってしまった。


 一緒に、庶民の遊びをする

 一緒に、庶民のように洗濯をする

 一緒に、庶民のように料理を作る

 一緒に、庶民のように買い食いをする


 やってることは、全然ロマンティックじゃないんだけど、私にはこの二人の時間がとてもかけがえのないものだった。

 彼は、いつも、私のわがままに最初は嫌な顔をしながらも付き合ってくれて、結構一緒に楽しんでくれる。優しくって、面倒見がよくって、さりげなく気を使ってくれて、一緒にいるととっても落ち着く。

 

 この二人だけの時間を通して、私はますますシルヴィオにのめり込んでいった。


 サロンのイベントは活動的なので、終わるといつも疲れ切ってしまう。

 特に彼は、13歳からは騎士団の予備隊に入ってがんばっているからなおさらだ。

 だから、イベント終了後は、ティータイムといいつつ、お昼寝になってしまうことが多い。

 サロンの長椅子は彼の定位置だ。足を投げ出して寝るお行儀の悪さが好き。

 彼のお行儀の悪さと口の悪さは、年をとっても変わらなかった。

 これが、他の人なら、眉をしかめて怒ってしまうのだろうけど、彼が私の前でリラックスしてくれてる証拠だと思うとむしろ嬉しい。そんな彼がいる空間が心地よくて大好き。


 疲れて長椅子に寝そべる彼のその脇が、私の定位置。

 彼の寝てる脇で、足長いなーとか、まつげ長いなーとか、婚約者なんだからキスぐらいしちゃってもいいんじゃないかなーなんて、にやにやしながら見ているうちに私も大抵寝てしまう。


 こんな幸せな、かけがえのない時間を、私とシルヴィオは、11歳から学園に入学する15歳まで、共有してきた。


 私は、これからもこれがずっと続くんだと疑いすら抱かずに。

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