第4話 王子と彼と私の学園生活

 さて、今年私は17歳になる。

 17歳は、学園の2年生であり、結婚できる年、すなわち社交界デビューの年でもある。

 彼との婚約は5年になるのだが、全然ロマンティックな雰囲気にはならないまま、あの甘い蜜のようなプチサロンの日々は終わりを迎え、学園に入学してしまったのだった。

 そして、学園に入学すると、彼はとても忙しくなった。学園の学業にプラスして、放課後と週末は、騎士団の予備隊。学園でも、第三王子の側近に選ばれて、全く暇がない。

 月に1度は、婚約者として何かしら時間を設けようとしてくれているのだが、それも短時間だったり、人目のある場所だったりで、全然いい雰囲気にならないのだ。この年になると男女が二人きりになることはなかなか許されない。

 プチサロンでのあの日々は、今思うとチャンスだったのだと、悔やまれて仕方ない。



「ねえ、サヴィ。私、何を間違えたのかしら? 計画では、今頃ラブラブで、既成事実作戦も大詰めを迎えているはずだったんだけど」

「まあ、君から迫らなかったからじゃない? フラン。婚約破棄前提の格差婚約なんだから、向こうは手は出してこないでしょ」


 今日は、第三王子サヴィーノ様との恒例の茶会の日だ。いつの間にか、この茶会は、王子と二人きりの私の恋愛相談会になってしまっている。王子の婚約者候補から一抜けした私は今は親友みたいな関係で、名前も、サヴィ、フランと呼び合う仲だ。


 私と会ってもあまりメリットないんじゃない? なんて話をしたら、他のメンバーとも同じような形式で会っているから問題ないんだそうだ。メリットがないところは否定されなかった。ぬぬぬ……。

 まあ、私にとっても、王子と会うことはおまけがついてくるので嬉しい。王子は、シルヴィオのことを、側近の護衛としてそばに置いてくれてるのだ。もちろん、彼の実力あってのことだけど。

 今日も入り口近くに、シルヴィオが騎士の制服を着て立っている。

 眼福。

 ここに来ると、シルヴィオに会えるのが嬉しい。

 さすがに、声が聞こえないぐらい離れてもらっているけれど。こんな話は本人に聞かせられない。


 私が、うっとりとシルヴィオに見とれているのに対し、王子は、あきれた目でこっちを見ている。

 あ、もちろん一般的には、王子の方がかっこいいと思うの。はちみつ色の髪に露草色の瞳、目の下の色気をはらんだ泣きぼくろが魅力的(と友人たちは言っていた)な彼の人気はすさまじい。私は公爵令嬢という身分もあって、王子とお近づきになってもいじめにあったりはしないけれど、皆にかなりうらやましがられる立場だ。


「で、どうするの」

 いけないいけない。思考が脱線してしまったわ。私は、咳ばらいをして、座りなおす。

「き、既成事実作戦は、デビュー前に実行に移すつもり。デビューしちゃうと、色々影響が大きいでしょ」

「ふーん」

 私だって、色々考えている。

 デビューの正式お披露目前ならば、家への影響も多少少ないと思うの。

 お父様は許さないだろうけれど、お母様は認めてくれているのだ。きっとどうにかしてくれる。


「そっちこそ、お姫様との文通はどうなってんのよ!」

「まあ、ぼちぼちね。僕の気のすむように色々なことを試した方がいいって、言われてるよ」

「あら、理解がある方なのね!」

 彼はずっと、隣国の王女様と文通を続けている。はっきりとは言わないが、多分、彼女との婚約の話が内々で進んでいるのだろう。

 そう、これも忘れてはいけない。


 

 ここにいる、なのだ。


 彼は、肩をすくめると、扉の側に立つシルヴィオに声をかけた。

「シルヴィオ、フランを送ってあげて」

「はい。わかりました。おー、帰るぞ、フラン」

「うん!」

 王子に会いに来ると、こんな風に帰りはシルヴィオに送ってもらえるのも嬉しい。


 私は、シルヴィオと結婚した後のことを考える。

 私は、騎士の妻、ほとんど平民のようなものだ。きっと、王子とは会うこともなくなるだろう。でも、文通相手くらいは続けられるんじゃないかしら。お姫様は、彼の話を聞くととっても理解のある方みたいだから、男女とはいえ、親友との文通位許してくれるに違いない。

 手紙には、シルヴィオとの平民としての生活のあれこれや、視点の違いによる発見などを書いて送ってあげよう。為政者となる彼には役に立つこともあるに違いない。

 私は、楽し気な想像に思わず微笑んでしまうのであった。



  ◇◇◇◇◇◇



 さて、学園では、剣術の授業も行われる。

 そして、年に数回トーナメント形式の模擬試合があり、学年トップの座を決めるのだ。この試合結果はその後の進路にも大きく影響する。

 男子生徒全員参加のこの試合は、学校の1大イベントと化してしまっていて、その日は他の授業は全てお休みになる。女子生徒は、お目当ての男子生徒の応援にいそしむのだ。


「シルヴィオ! 今日試合なんでしょ。応援に行くから」

「王子の応援しなくていいのか?」

「もちろん、あんたはついでよ!」

「はいはい」


 はっ。違う。ついまたやってしまった!

 私は慌てて言い直す。


「でも、王子に勝ちなさい!」

「なんで?」

「あ、あなたが私の婚約者だからよ」


 彼は、面食らったようだったが、にやりと人を食ったような笑い方をした。


「おおせのままに。お嬢様」


 そう言うと、すっと跪き、騎士の誓いを立てるように、私の手をとって、その手の甲にキスをした。

 彼は立ち上がると、手をひらひらと振って、振り返らずに去っていった。


 私の顔が真っ赤になっているのは、シルヴィオに見られてしまっただろうか。

 どうしよう、シルヴィオがかっこよすぎる。



 会場は、4つの区画に分かれて、次々に試合が進められていく。

 シルヴィオも、王子も、順当に勝ち上がっていき、決勝は、シルヴィオ対王子だ。


 ここに来るまでに、シルヴィオは、そのかっこよさを存分に発揮して、数多くのご令嬢たちを虜にしていた。王子には手が出ないけれど、シルヴィオなら、という人も結構いるのだ。私達の格差婚約が破棄されるのを、待っている人たちがいるのだという事を、最近私はひしひしと感じていた。私の耳はシルヴィオに関することなら、どんな小さな噂でも拾ってしまうからだ。


 あの、ぶっきらぼうなところがいいという令嬢は結構いる。

 騎士の実力が素晴らしいとほめる令嬢がいる。

 親切にされたと喜ぶ令嬢がいる。


 私のシルヴィオが認められるのは嬉しいけれど、同時に誰の目にも触れさせたくないとも思ってしまうのだ。


 簡易の鎧、胸当てをつけた格好で、王子とシルヴィオが、試合用の木剣を持って一礼をした。

 私は、あれ以来、肌身離さず持ち歩いている護り石に願いを込める。

 どうかシルヴィオを勝たせて!


 そして、剣戟の応酬が始まる。

 シルヴィオは今までの試合で、他の人達よりも、一段素早さと力強さが上なのが分かっていた。

 王子は、速さはさほどではないが、流れるような剣さばきでシルヴィオの速さと力強さで優る剣を捌いていく。王家の達人が剣を指導しているのだ、技術や型の完成度が違うのだろう。

 どちらが上かはわからない。

 会場中が、固唾をのんで見守っていた。

 

 打ち合いがしばらくたった頃、完璧だった王子の型が崩れ始めた。息が上がって、つらそうだ。

 対するシルヴィオは崩れない。


 シルヴィオの踏み込みを王子は捌ききれず、王子は、剣を払われ、体ごと弾き飛ばされてしまった。


 わっと歓声があがる。

 涙が出てくる。

 シルヴィオが、今まで、どれだけ頑張ってきたか、私は知っている。

学園の合間を縫って、騎士団の予備隊へ通って、どれだけの時間を剣に費やしてきたかを知っている。

 彼の努力が報われたのを見て、一番にお祝いをいいたかった。


 シルヴィオは、王子に手を貸して起き上がらせた。

 二人で握手をすると、王子は、シルヴィオの腕を持ちあげた。

 王子の、勝者の栄誉を称えるそのパフォーマンスに、再び歓声が沸く。


 私は、会場の端から、シルヴィオの所へ走り寄ろうとしたが、そこで王子に声を掛けられる。

「フラン、助けて」

「え?」

「肩、痛めちゃったみたい。シルヴィオの勝利に水を差したくないから、一緒に医務室に来て」

「わかった」

 振り返るシルヴィオの姿をちらりと見るが、彼は、もう人垣に囲まれて姿が見えなかった。

 私が婚約者なのに。

 私が一番に祝いたいのに。

「ごめんね、フラン。シルヴィオのところに行かせてあげられなくて」

「何言ってるの、サヴィ。私は怪我してる親友を見捨てるほど、薄情じゃないわよ」

 私はふふ、と笑って彼に肩を貸す。

 シルヴィオには、後で、心を込めたお祝いのカードを贈ろう。


「でも、シルヴィオのかっこよさがみんなにばれる前に、早くものにしないと」

「なんかさあ、思考回路が男なんだけど。肉食過ぎて引く」

 王子、うるさい。


 私は、社交界デビュー前に、既成事実+強制執行作戦の遂行を固く決意したのだった。

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