第5話 既成事実作戦
今日は、シルヴィオとの久しぶりのデートだ。
私は、朝からドキドキしていた。
剣術模擬試合でシルヴィオが優勝した後、彼はとても忙しくて、まともに会えなかった。
本当は会ってお祝いをしたかったけど、彼にはお祝いのカードをあげただけになってしまった。シルヴィオは、元々筆まめな方ではないから返事は期待していない。
だから今日は、そのお祝いも兼ねて、色々準備してきたのだ。
プチサロンで一緒だった時に、シルヴィオがすごく喜んでくれた手作りのお菓子とか、彼の剣帯につける手作りの飾り紐とか。
シルヴィオは、きちんとした職人に作らせた品物より、こういう手作りのものを好むのだ。温かみがある、と言って。
あの頃を思い出して、少しは昔のように距離が縮まるかな、なんて思いながら作った。
けれど、ドキドキの理由は、それではない。
なぜなら、今日は、既成事実作戦を実行する決意を固めていたからだ。
聞くところによると、(昔の王子情報しかないんだけど)相手をその気にさせることが重要らしい。その気にさせさえすれば、あとは男に任せればどうとでもなるらしい。男はみんな知っているから。
みんな知ってることなら、教えてくれればいいのに、王子は意地悪だ。でも、他に聞く当てもなく今日にいたってしまった。
ただ、その気にさせるために、どうすればいいかは、教えてくれた。とりあえずキ、キスするとか、む、胸を触らせればいいらしい。
……
……
――今日は、できるところまで実行してみようと思う。
わかってるわよ!! かなり無理目な要求だって!
5年も婚約しててキスすらしたことないってどういうことって、今更ながらその事実に愕然としてるわよ!
『婚約破棄前提の格差婚約なんだから、向こうは手を出してこないでしょ』
そう、私たちは普通の婚約じゃない。だから私から迫らなくちゃいけなかったのよ。今更反省しても遅いわ。だから、これから迫るのよ!
見てなさい。
私って、できる子なんだから!
◇◇◇◇◇◇
シルヴィオと私は、街を見下ろす丘の上の公園に来ていた。
ここは、プロポーズにも使われる、恋人たちのメッカとして有名な場所だ。
街を見下ろせる高台で、景色はよいが人はさほど多くなく、ベンチや涼しい木陰など、リラックスできる雰囲気が非常に人気なのだ。
王族の方も好きな場所だとか。
学園の女の子達にもリサーチしたので完璧だ。
私は今日こそ既成事実作戦を実行させようと、気合いを入れた服装をしていた。
今日は街中ということで、ドレスでなく街娘がよく着るワンピース。最近は、胸の形を強調する、胸元が広く開いているデザインが人気だ。胸を触らせるというノルマ達成のためには重要要素だ。コルセットは簡単に外せる柔らかいもの。
最近暑くなってきたので、なるだけ薄着にした。男をその気にさせるのにも、薄着がいいらしい。
これはクラスの男子生徒情報。
薄着の方が、そそるよなー、って、聞こえてきたのよ! きっとそういうことでしょ。
ただ、今日は、シルヴィオの元気がないのが気になる。
「シルヴィオ、もしかして、疲れてる?」
シルヴィオはびっくりしたようにこちらを見て、私の頭をなでてくれた。
「ああ、大丈夫だ。お前が心配するようなことじゃねーから」
そして、いつもの私の好きなお日様みたいな笑顔に戻った。
「よかった」
私は、シルヴィオの腕に腕を絡めて、抱きついてみた。公園にいる他の恋人同士の真似をしてみたのだ。
あ、これって、胸が当たるんだ!
新たな発見。
私は、期せずして「胸を触らせる」をクリアした!
「お、お前!」
「シルヴィオ、あっち行こう! あっちの木陰でこれ食べよう! 私、作ってきたの」
私は、シルヴィオに抵抗を許さず、引っ張っていくことにした。
シルヴィオの顔を下からのぞき込むと、ちょっと頬が赤いように見える。
いい感じじゃない?
シートを引いて座った場所は、ちょっと人目につきにくい木陰。
「おー、これ、前にサロンで作ったやつじゃん」
「そうそう、あの時、キッチンを粉だらけにしちゃって大変だったよねー」
私たちは、過去の思い出話に花を咲かせる。
飾り紐もすごく喜んでくれた。
シルヴィオといるのは、ほんとに楽しい。
でも、今日の目的はこれじゃない。
私は、二つ目のチャレンジに挑戦する。
シルヴィオの唇を奪うのだ!
「ねえ、シルヴィオはさ、そういうこと、興味ないの?」
「ん? そういうことって何?」
「こっ、ここここ、こういうこと!」
私は、心臓をばくばく言わせながら、胡坐をかいて座っているシルヴィオの側に、地面に手をついて近づく。
途中、シルヴィオの目線が私の胸元をさまよって、彼の頬に朱がさした。はっ、やった! この服成功!
さらにシルヴィオの背が高くてちょっと届かなかったので、彼の膝に手をかけて伸びあがった。
「お前、ちょっと変だぞ!」
「変じゃない、私は興味ある!」
自分で言ってて馬鹿じゃないのって思ったけど、もういい! 彼をその気にさせれば、なんでもいいのだ。
「……俺だって、興味はなくはない。だけど、それは……」
「じゃあさ、試してみない?」
私は、シルヴィオが肯定的な返事を返したので、彼の言葉を遮ってたたみかけるように続ける。
「ほら、将来を考えても、れ、練習は必要じゃない?」
結婚式で失敗とか、絶対ヤダ。
彼は、一瞬泣きそうに顔を歪めた。
あれ?
でも、すぐにいつもの、私が何かしでかしたときにする、不機嫌な顔に変わる。
「お前、俺には何してもいいと思ってるだろう。じゃあ、練習、つきあってやるよ!」
途端に視界がくるりと変わる。
私は、自分が地面に押し倒されているのに気づいた。
シルヴィオの顔が近い。
きれいな、浅葱色の碧い瞳。
今日は、なんだか熱を感じさせる。
私のばくばくいう心臓は、もう限界に近いけど、次の瞬間、さらに跳ね上がった。
彼の唇が私の唇をふさいだ。
息ができない、と思うと、その瞬間に離れて、また唇が重なる。
めぇつぶれ、シルヴィオのかすれる声で私は目を閉じた。
角度を変えて、重なって。離れて。
その度に息が上がる。
何回繰り返しただろう。
シルヴィオが、私の上から、体を起こすと、私から顔をそらした。
「これにこりたら、煽るな」
どうしよう。うれしい、すごくうれしい。
これって、私にその気になってくれたってことでしょう?
私は、体を起こすと、向こうを向いてしまった彼の顔を両手ではさんで、こっちを向かせた。
やっぱり、彼の顔はかなり赤かった。
「また、練習してくれる?」
「おい、わかってないだろ」
「わ、わかってるわよ。シルヴィオに何してもいいなんて思ってない。何されてもいいって思ってるけど!」
「絶対、わかってねー!」
「……ねえ、もう1回練習しない?」
――私たちの影は、また、一つになった。
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