第2話 私が彼にべたぼれな理由
私に甘いお父様とお母様は、もちろん私の格差婚約の要望に対し、否やはなく、この婚約はすんなりと決まった。
12歳の頃と言えば、私がシルヴィオに釣り合いたくて、めちゃくちゃがんばってきれいになり、きれいになりすぎちゃって、周りに第三王子の婚約者候補筆頭として騒がれだした時期だったから、なおさらだ。
お父様とお母様は、王家へ嫁がせて苦労させるのよりはと、第三王子の婚約者が正式に決まるまでは、私がこの格差婚約を続けることを認めてくれたのだ。
ふふ、計算通り。
っていうかこれを勧めてくれたのは、その第三王子なんだけどね。
彼は、あの頃の子豚のようだった私の恋愛相談に乗ってくれた唯一の存在だったのだ。今では大親友だ。
ちなみに、既成事実とかいう言葉の中身を教えられたのもこの王子からだった。
知った時は、顔から火が出るかと思った。
12歳の私は、中身がわからず使ってましたとも。はい。
大丈夫、王子とお母様にしか言っていないはず。
あ、ちなみにお母様は私の味方だ。
シルヴィオが好きすぎる私のことを理解してくれていて、既成事実作戦についても、結婚できる年になればいいんじゃないのー、なんて言ってくれている。
さすがにお父様には言えない。
お父様が、子爵家の嫡男どころか三男であり爵位も譲られない彼との結婚に賛成してくれるはずなどない。私達の代までは、貴族扱いされるけれど、私の子供からは平民扱いとなるからだ。
シルヴィオは、騎士として身を立てるべく、今は騎士の予備隊に入っていた。
さて、私がこんなにもシルヴィオが大好きなのにはもちろん訳がある。
それは10歳の時のことだった。
◇◇◇◇◇◇
その日、王宮には、第三王子の学友を選ぶべく、高位貴族――主に伯爵家以上の家柄の子女が20人ほど集められていた。
二か月に一度開かれるこの催しは茶会という形で行われ、すでに数回開かれている。初回に比べ参加人数が減ってきており、どんな基準だかわからないが、人数が絞られていくようだった。
今日の茶会は池の側の庭園で開かれていたが、すでにお開きに近く、出席者たちは思い思いに庭園を散策しながら、王子殿下との会話を順番に楽しんでいる最中だ。
私はこの日、早く帰りたくて仕方なくて、一人で池の側までくると、ずっとポケットの中のものをぎゅっと握り締めていた。
なぜかというと、昨夜、お父様から、公爵家の未婚女性の務めという、護り石の守護者に任命されたからだ。お父様に預けられたその護り石には、石にまじないをかけた魔女グエンドリンの手紙がついていて、とても素敵なことが書かれていた。
『この石は、アゴスティネッリ家の未婚女性が代々守り継がなくてはならないとても大事な石です。アゴスティネッリ家の護りにつながる大事な魔法「魔女の護り」がかけられているからです。そして、あなたがこの石を肌身離さず持ち歩ききちんと守ることができれば、あなたとアゴスティネッリ家に幸運を運んでくれることでしょう』
私は、護り石の護り手に選ばれたのだ。なんと光栄なことだろう。私は、この新しい義務への誇らしさと責任感とで一杯になって、昨日はずっとこの石を眺めていて、夜もよく眠れなかった。
ああ、早く家に帰ってまたこの石と魔女の手紙を眺めたい。
「おい、お前、何を持っている?」
私が胸をいっぱいにしていると、不意に第三王子に話しかけられた。近くに来ているのに気が付かなかった。この王子は、金髪碧眼でとってもきれいな顔立ちをしているのに、態度がとても横柄なのだ。
「豚のえさでも持ってんのか? 王城のお菓子は高級すぎて合わないもんな―」
王子のすぐ隣にいる侯爵家の悪童と有名なダリオが、話かけてくる。女の子が何人も泣かされている奴だ。
私は無言でにらみつける。
私は、残念ながらこいつの言う通り、丸まる太った子豚のような容姿をしていたが、決して気弱な子豚ではなかった。
「あなた、失礼ね。レディに対して口の利き方がなってないんじゃない? それに、そんな言い方をされたら、私が何か大事なものを持っていたとしても、あなた達には絶対に見せたくないわ」
私は、大事な護り石を豚のえさ呼ばわりされたことに腹を立ててしまった。正直、王子とこの悪童のペアは最悪だ。もうこの茶会へは来たくないとずっと思っていた。
あ、私、子豚は結構かわいいと思ってるのよ。
「見せてみろ」
王子がむっとした顔をして手を出す。
「いやよ。豚のえさなんて思われているもの、王子殿下にお見せできません」
王子様にこんなこと言ったら、次からこのお茶会には呼ばれなくなるわね。望むところよ!
私は、ポケットの中の護り石を左手でぎゅっと握り締めた。
すると、ダリオがなんと私の護り石を握った左手を強引にポケットから引っ張り出した。
「何するのよ!」
王子は、私の左手から、護り石の入ったピンクの小袋を取り上げた。中から護り石がコロンと王子の手の平に転がりだす。透明な紫色の石には、雲母や、金箔などが混じっていて、とてもキラキラ光るのだ。宝石ではないので、価値があるものではないのだけれど。
「返して!大事なものなの」
私は、ダリオの手を振り払うと、王子の手のそれを取り戻そうと手を伸ばした。
しかし、王子は、私の手を避けようと手を上にあげると、なんと、背後の池にその石を放り投げてしまったのだ。
石はきれいな放物線を描くと、池の反対岸の方へ飛んでいき、ぽちゃん、と水の中へ落ちてしまった。
「なんてひどいことするの!?」
私は呆然として、石の飛んで行った場所、きれいな波紋が楕円に広がる水面を眺めることしかできなかった。
護り石の護り手に選ばれたのに、それを池に落としてしまうなんて。
私は自分のしでかした事の重大さに泣き出してしまった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
パニックになってしまい、しゃがみこんでうずくまる事しかできない。
「おい、お前。なー、それって大事なものなのか」
その時、池の向こうから声をかけてくるものがいる。
顔を上げるけど、涙で歪んでいて、よく見えなかった。
鼻をすすりながら、私がかろうじて頷くと、じゃー待ってろー、と声がしてバシャバシャと水をかき分ける音がした。
声をかけてくれた彼は、なんと池の中に、私の護り石を取りに行ってくれたのだ!
突然現れた救世主に安堵のあまりまた涙がぼろぼろとこぼれる。
池は、彼の胸までの深さのようだった。けれど、池の底に沈んだ石を拾うには、頭まで水につからないととれない。
彼は、何回か頭から水に潜る。
心臓がばくばくいう。
私は、手をぎゅっと握り締めて彼の様子を見守った。
どうか、どうか見つかりますように!
やがて。
「あった!」
彼は右手の先にその石を掲げてこっちをむく。
「これかー?」
日差しを受けて中の雲母がきらきらと光る、その石は見間違えようもない。
私は、こくこくと頷くしかできなかった。
彼は、向こう岸で池からあがると、こっちに歩いてくる。
同い年くらいの知らない男の子だ。黒い髪や、シャツがぬれて顔や体に張り付いてる。あっちこっち泥だらけで、水草もくっついていた。
でも、とっても、頼もしくてかっこよくて。
――王子様だ。
その日から、彼は、私の王子様になってしまったのだった。
「ほら」
私は、受け取ると安心のあまりまた涙がぼろぼろとこぼれてしまった。
「あっあり、ありがっ……」
「あーもー、泣くなってば! あっ。わりいっ。泥ついた」
彼は、親切に私の涙をぬぐってくれようとしたのだろう。私の顔に泥をつけてしまったようだ。そして、私の頬に泥をつけた手で、彼も自分の顔をふいたから、彼の顔も泥だらけだ。
「ぷっ」
「くくっ」
そして、私達ふたりは、お互い顔を泥だらけにしながら大笑いしたのだった。
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