第10話 この恋の行方
シルヴィオの怪我は、事故ということにした。
媚薬の使用については、出血で流れてしまったらしく、医師には気取られなかった。
足の刺し傷は、治れば運動能力には影響がない場所だったらしくて、本当に良かった。
私達は、お互いの気持ちを確かめ合った。
言葉に出したら、二人とも馬鹿みたいに好き同士で、怖いくらい本気で、気持ちの疑いようなんてこれっぽっちもなかった。
私達にもう、怖いものなんて何もなかった。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ、あなた、どうしましょう? あの子、勘違いしてるんじゃないかしら?」
フランチェスカの母、アゴスティネッリ公爵夫人ブリジッタは、頬に手を当てて、ほうっとため息をついた。
「そうは言っても、魔女グエンドリンのなした魔術契約だからねえ。我々にできることは少ないんだよ」
答えるのはフランチェスカの父、アゴスティネッリ公爵その人だ。
「あなたのひいおじい様は、どうしてこんな契約をしたんでしょう?」
「案外、面白がってるだけだったりしてね。うちは、ユーモアあふれる家系だからねえ。それに、魔女グエンドリンは、恋愛ごとが大好きな魔術師だと噂だし」
「でも、王家に申し込まれてしまったらと、気が気でなかったわ」
「その時は、さすがに、簡単には断れないからね。魔術の司ベネディッティにでも相談に行ってなんとかしてもらったさ」
「しかし、君は少しは話せていいなあ」
「ええ、でも、やはり話せることと話せないことがあるのよ。応援はできるのだけど。肝心なことは言えないの」
「それでもうらやましいよ。僕は、固まってしまって何も言えなくなってしまうんだよ」
「本当に、早くフランに伝えたいわ。あの石が、護り石じゃなくって、実は、運命の恋人と出会わせてくれる「出会いの石」だって。あの石を届けてくれた人が、あなたの運命の人で、これは公爵家と魔女グエンドリンとの魔術契約に守られた婚約なのだって」
「本人同士が、言葉にして想いを通わせないと、僕たちの制約は解けないからね」
「ええ、この2通目の魔女の手紙の色が変わらないと、制約は解けていないということなのよね。早く、色が変わらないかしら? 種明かしになるこの手紙を早くフランに渡したいわ」
公爵夫人はそう言って、文机の奥の箱から、大事そうに、ある封書を取り出す。
「おや?」
「あら?」
「これは、色が変わってるんじゃないかい?」
「ええ、そうね。……ねえ、それなのに、何であの子ったら、私に報告に来ないのかしら」
「ブリジッタ、あの子は、この婚約を格差婚約だと思い込んでるんだよね」
「ええ、だって、魔術制約で言えなかったもの。普通の婚約だなんて」
「あの子、何かとんでもないことを考えてないかい?」
「あっ……」
公爵夫妻は、慌てて、バタバタと部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
そこは、私の部屋。
人払いは万全だ。
「覚悟はある? フラン」
「シ、シルヴィオこそ、後悔しないでよね!」
私たちは、決めてしまった。
この格差婚約は、私たちの気持ちだけでは埋められない。
周りが決して認めはしない。
だから、既成事実を作って、裁判所に申し立て、婚姻の強制執行をしてもらうのだ。
お母様は応援してくれてるけれど、お父様は、私が平民と同等の騎士の妻なんて認めてくれないかもしれない。こんなことをした娘を勘当するかもしれない。
そして、公爵の娘を騎士爵まで落としたシルヴィオの子爵家に、狭い貴族の世界はきっとつらく当たるだろう。実家への影響は、私以上にシルヴィオの方が大きいに違いない。当然、勘当して公爵家の怒りを鎮めようとするだろう。実家に顔向けできないことをしでかす覚悟を、彼は決めた。
貴族の世界では、到底認められる婚姻ではないのだ。
周りから白い目で見られるだろうし、私もシルヴィオも勘当される可能性は高い。けれど、法に守られ、婚姻は強制執行される。駆け落ちするほどではない。
私は、シルヴィオに、私の全部をあげると言った。
シルヴィオは、自分の全部を捨てると言った。
それ以上に、どんな言葉が必要なんだろう。
シルヴィオは、私をベッドに横たえると、頬を撫でた。
お互いの熱をはらんだ瞳が近づく。
そして、キスを――
「ちょっと待ったー!!」
――邪魔が入ってしまった。
◇◇◇◇◇◇
公爵家の応接室。
これから、というところで父と母に踏み込まれた私もシルヴィオも、とても居心地が悪い。証人が必要だったために、しでかしてしまったことを見つけてもらう必要があったのだが、それは、全て終わった後のはずだった。
でも、私もシルヴィオも覚悟は決まっているから、何も恐れていない。父に何を言われても、また同じことを繰り返すだけだ。
父は、何度目かのため息を吐くと、私、というかシルヴィオをきっと睨む。公爵家当主の父は、さすがに迫力がある。でも、シルヴィオは、その瞳をしっかりと受け止めた。……私のシルヴィオはやっぱりかっこいい。
「やっと言える」
父は、こめかみを指でぐりぐりともみながらおもむろに語りだす。
「君達は、実は、7年前、魔女グエンドリンが公爵家に授けた魔術契約の洗礼を受けているのだよ。私の曽祖父は、子孫の幸せを祈って、魔女グエンドリンと魔術契約を交わしていてね。五世代にわたって公爵家の娘は必ずその護り石を持たされることになっていた」
「フランチェスカ、その石は、実は護り石ではなく、運命の恋人と出会わせてくれる「出会いの石」なの。石は「最良の伴侶」を見つけ、娘の元へ導いてくれるのよ。その石を届けてくれた人が、あなたの運命の人なの! 素敵でしょう! あなた達は、運命の恋人同士で、あなた達の婚約は、公爵家と魔女グエンドリンとの魔術契約に守られたものなのよ」
「公爵家は二人の婚姻を遂行することが魔術契約によって義務付けられている」
父は苦虫をかみつぶしたような顔で続けた。
「初めて聞いた……」
「君達がお互いの気持ちを言葉に出して確認しあうまでは言えない魔術契約だった」
「なんか、その魔女、性格悪くない?」
「思っても、言ってはいけないこともある!」
あ、お父様もそう思ってるんだ。
はは、私とシルヴィオは、気が抜けて泣き笑いだ。
「だから! この婚約は格差婚約などではない! よってあのようなことは今後一切ならん! わかったか」
お母様も、にこにこしながらお父様をみている。
「思いを伝えあった君達の結婚は、魔術契約に守られている。誰も邪魔出来ない。学園を卒業後、「普通」に、婚約期間を経て、「普通」に、結婚するように」
「はい、お父様、お母様」
「ありがとうございます。義父上、義母上」
「まだ早-い!!」
渡された二通目の手紙に従い、私たちは魔女グエンドリンに会いに行った。
魔女グエンドリンは、女性ではなく、壮年の男性だった。「魔女グエンドリン」とは、称号のようなものなのだとか。気さくな彼と話をするのは私は楽しかったけど、横で聞いてたシルヴィオはぐったりしてた。色々、話しすぎちゃったかも?
◇◇◇◇◇◇
サヴィーノ殿下は、その後、隣国へ行かれた。
おめでとう、と書かれた短い手紙が届いた。
私も、ありがとう、と書いた短い手紙を返す。
叶えられた恋があれば、叶えられなかった恋もある。
全てが丸く収まったわけではない。
でも、王子と長く文通を続けてたあの王女様なら、王子の気持ちをわかってくれると思うの。
だって、あの王女様の手紙、ちょっと聞くだけでも、愛に溢れてたもの。
絶対幸せになれると思うんだ。
◇◇◇◇◇◇
数年後。
私とシルヴィオは結婚して、私は騎士の妻になった。結婚に際しては色々憶測が飛び交ったけれど、そこは、そう、真実の愛ってやつ? で押し通したわ。
そして、私は晴れて社交界からも引退した。
お父様は公爵以外にもいくつか爵位をお持ちなので、それをシルヴィオに譲るとおっしゃったが、私もシルヴィオもそれを固辞した。
シルヴィオがそれを受け取るということは、彼の今までの努力を否定することだと思う。
ただ、一つだけ約束させられた。
彼が自分の力だけで騎士団長になれたら、伯爵位を受け取ることを。
騎士団長になれなかったら、全てなしだ。
このことは、だから、誰にも言わない。家族だけの内緒の約束事だ。
私を嫁がせるにあたって、お父様にそれだけは約束させられてしまった。魔術契約で。
プチサロンでの様々な経験は、私の中に根付いていて、その後の騎士の妻としての生活の中で、生きている――。
◇◇◇◇◇◇
最近、婚約破棄が流行っている。
爵位の高い貴族家の令嬢令息達の流行りらしい。
ちょっとした社会問題になっていたのだ。
でもね、婚姻の強制執行 なんてものがでてきてからは、格差婚約も減ってきているらしいの。
私は、早く格差婚約なんて言葉がなくなることを祈ってる。
身分とか、そんなの関係なく好きな人と、幸せな結婚ができる時代が、早く来るといいな。
グエンドリンも、そんな未来を見たかったのかもね。
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