第7話 王子と婚約者の護衛(Side:シルヴィオ)

『ねえ、フランってかわいいよね。あの子、馬鹿だからさ、何かしでかさないか心配なんだ。シルヴィオ、君は賢いからわかるよね。あの子を、僕からとりあげないよね』

 剣術模擬試合のあと、王子は、今までと違って、あからさまに牽制してくるようになった。フランに手を出すなとの牽制だ。


 でも、俺はあの丘の公園で、フランにキスをしてしまった。

 自分がみじめになるだけのキスを。

 ――止めることはできなかった。

 


  ◇◇◇◇◇◇



 この婚約は、婚約破棄前提の格差婚約だ。

 高位のお貴族様のお遊び。おままごとのような、期間限定の婚約だ。


 フランは、婚約をもちかけた当初から、俺に、友人以上の好意はあったのだろう。だからこそ、信頼してこの婚約を俺に依頼したのだ。

 サロンで寝てしまった彼女が握り締めている石を見て、俺が助けたあの子豚のようなまん丸の女の子が、彼女だったと気づいた。

 彼女が俺に無条件の信頼を向けてくれているわけはこれだったのだ。

 たったの1年でこんなにきれいになったのは、きっと王子を見返すためだったのだろう。彼女の努力を賞賛したくなった。


 はじめはフランに対し、俺も友人以上の感情は持っていなかった。

 公爵家で主催するプチサロンのメンバーに呼ばれた時も、きっと、使い走りとして下位貴族のメンバーも必要だったのだろうと思ったぐらいだ。

 でも、あのプチサロンでの日々は、俺を変えてしまった。

 前向きで、行動的で、何に対しても頑張る彼女。

 わがままいっぱいに見えて、その実、その行動は微笑ましいものばかりだ。

 きちんと相手を見て、相手を思いやることは忘れない。

 愛しく思わないわけがないだろう。


 寝ている彼女の唇にキスを落とそうかと、幾度考えたかわからない。

 その度に、自分に言い聞かせた。

 

 間違えるな、は、いつか終わるんだ。

 終わりにしたときつらくなるのはお前だ。踏み込むな。


 俺と同じく、フランが俺に特別な感情を持っているのかも、と思ったこともあった。

 でも、フランが俺を好いていたからどうなる?

 子爵家の三男坊と、王家に嫁いでもおかしくない公爵家のご令嬢。どうなるって言うんだ?


 もしかして、騎士として極めれば、と思ったこともある。

 でも、騎士爵は世襲ではない。世襲権のない一代限りの準貴族だ。

 そして、騎士団長ですら、子爵位と同等でしかない。

 それに、俺が騎士団長になれたとして、それは何歳だ?

 フランはとっくに適齢期を過ぎて、誰かのものになっている。


 結局、どうにもなりはしない。


 ただ、理屈ではそう思っていても、感情はそれに従ってくれなかった。


 学園に入学する頃には、俺はもう、取り返しのつかないところまで踏み込んでしまっていた。


 フランは、学園に入ってから、さらにきれいになり、王子とぐんと距離が近くなった。

 王子は本気だ。だから、俺を牽制する。フランに近づくなと。

 フランも、だんだん、王子にほだされて来たんだろう。

 剣術模擬試合の後は、勝った俺ではなく、負けた王子を慰めに向かった。


 あの丘の公園でのキスもそうだ。

 俺が練習で、王子が本番ってことかよ。

 でも、練習につき合わせるぐらいの好意はまだ残っているんだろう。

 そして夜会でのエスコート。

 王子は、フランが婚約者候補であることを隠そうともしない。

 会場中が見惚れる一対だった。


 俺はもう、間違いなく体のいい当て馬だ。

 でもいい。利用されててもいい。


 俺の中に、フランは刻み込まれてる。一生消えないだろう。

 なら、一生ものにできるくらいの思い出が欲しい。

 俺が、一生縋って生きられるくらいの。


 だから、俺は、フランとの練習をやめられない。

 この練習が少しでも長く続く続くことを願ってる。

 


  ◇◇◇◇◇◇


 

 その日は、サヴィーノ殿下とフランの買い物の護衛のため、街に出ていた。


 この国では、隣国にない、独特のき紙を使う文化がある。

 隣国の王女がそれを使った小物をご所望だということで、王子の買い物に、フランが付き合うことになった。俺は、その護衛だ。

 

「ねえ、これなんかいいわよ。ランプに漉き紙を使うのって素敵だと思うわ。私も初めて見たわ、新しい作品だと思うの」

「へえ、いいね。藤色にしようかな」

「こっちは? あなたの目の色とかにしたら喜ぶんじゃない?」

「そう? でも、彼女の好きな色がこれだから、こっちにするよ」

「ふーん。私は、相手が、自分の色の小物とかをくれたら嬉しいけどなー」


 二人は、はたから見ると、仲の良い恋人同士にしか見えない。

 彼女が、護衛に立つ俺の婚約者だなんて、いったい誰が思うだろう。



 俺は、この買い物に至るまでの茶会でのいきさつを思い出していた。


『ねえ、フラン、隣国のセラフィナ王女殿下に、プレゼントを贈りたいんだ。君はセンスがいいから、一緒に買い物に付き合ってくれない?』

『いやよ。二人でなんてまた誤解されたらこまるもの』

『ねえ、シルヴィオ、護衛でついてきてくれるよね』

『はい、殿下。仰せのままに』

『ほら、フラン、君は婚約者と一緒にでかけるだけだよ』

 いやがる彼女への言い訳に使われた。断れるわけなどない。

 王子は、フランの耳元でぼそぼそと囁く。

 その親し気な仕草に、苛立ちが募る。

『……じゃあ、いくわ。約束守ってくれるんでしょ。』

『もちろん』


 

 フランが、王子に徐々に心を開いてきているのは、間違いなかった。

 12歳の頃、王族の婚約者にしり込みをして俺に婚約を持ちかけた、あの頃の彼女はもういない。今では、誰もが認める立派な公爵令嬢だ。

 隣国の王女との婚約を引き伸ばしているのは、王子の方だ。

 そして、今のフランは、対外的にも隣国の王女を袖にしてでも婚姻する価値がある令嬢だと思われている。



 買い物を終えて店を出た後、二人は、街からほど近い、庭園の美しいレストランで食事をした。

 食後、庭園を歩く二人に対し、俺はいつも通り、二人の会話が聞こえない場所で護衛に立つ。


 王子は、フランに、何かプレゼントを渡している。今日のお礼だとフランに買っていたその中身を俺は知っている。殿ガラスペンだ。

 フランは、喜んで受け取っているようだ。


 そして、二人で会話をする。

 俺は、離れた場所で二人を見守る。


 いつもの光景だった。

 その瞬間までは。


 ――王子が、フランの手を取って引き寄せ、彼女を抱きしめ、キスをする、その瞬間までは。

 

 王子はしばらくして彼女から離れると、フランをすぐ横のベンチに座らせ、何かをささやきかける。

 俺は、王子を殴り飛ばしたい衝動を抑えるので精いっぱいだった。

 

 王子は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「シルヴィオ、フランを送ってあげて。、婚約者の君が。――ねえ、僕、フランに告白しようと思ってるんだ。君の時間は、もう、終わりだよ」

 俺は、呆然とそれを聞いていることしかできなかった。


「他の護衛と馬車をよんであるから、君は今日はもういいよ」

 そういうと、王子は、走ってくる別の護衛と一緒に庭園を出て行った。



 フランは、帰りの馬車の中、何も口を利かなかった。

 いつものようにキスをねだることもない。

「フラン」

 思ったより低い声で自分でも驚いた。

「お前の婚約者は、俺だ。もう王子と二人で会うな」


 ――それが、今俺にできる精一杯だった。

 いずれ、その時がくるまでの――。

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