原初へ

 白い世界。何もない世界。まだ何も書かれていない?これから描かれる?違う。ここは消えた世界。全てが押し流され、漂白された精神世界だ。そこに一人青年が呆然と立ち竦んでいた。


 ——こんなことがあっていいのだろうか。


 白紙の世界には何もなかった。彼の心境風景を写しているのなら、これほど残酷なこともないだろう。

 霧の世界は何も見えなかった。だが、彼は何か観たらしい。それが僕と彼との決定的な違いなのだろう。彼の由来を、その人間性を知れば、とても憧れるものではないが。

 白銀の炎纏う地獄に興味はない。原因も犯人も知っている。というか、さっきまで戦ってたし。

 大征伐は、まぁ悲しい事件だ。僕が生まれてすらいない時代の話。何があったのか聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると、結構堪えるものがある。唯一の生存者となった彼はよく正気でいられたものだ。あるいは既に——

 翡翠の彼のことは、聞いていたものと異なるものだった。あれが誰なのか、心当たりがある者と同じであるならば、語り継がれた内容と真実にはかなりの誤差があるらしい。人類連合二代目元帥、彼に対する認識を改める必要がある。

 彼が死んだ街。仮初めではあったが、真に迫るものがあった。実際彼は何か思い出したらしい。だが、彼と話をすることは出来ない。真相は闇の中ということだ。しかし、諦めるわけにはいかない。彼のルーツ、いや、彼らのルーツを調べるにはここしかないだろう。彼の対決が終わるまでの僅かな時間で調べられるだけ洗い出すべきだ。どうにも釈然としない。あいつがあの戦争を引き起こした原因があるはずだ。これ以上彼の旅に付き合うつもりはない。根本的には別人だし、理想としては、この仮初めの世界を丸ごと触媒に彼の始まりに回帰を目指したいが、そんな魔術知らないからなぁ。

 

 青年は人知れず一人第5世界に残る。再現された原初の地を利用し、事の真相を探るために。


 血濡れの断頭台がある処刑場の血溜まり。この血も仮初めだろうが、何故こうなったのかの記録がなければ再現は不可能。これを触媒とするなら、彼に何があったのか知るくらい可能なはずだ。たぶん。効力は大幅に下がるし、肝心なことは分からないかもしれない。けれど、何も知らない今より、彼のことを理解出来る筈だ。


『誰もが君を責めるでしょう。誰も君を許さないでしょう。だから、私くらい誉めてあげてもいいですよね。一人くらい君を許してもいいですよね。頑張ったな、■■■■。もう休んでもいいんだよ』

 遠く遠く、時空の果ての声が聴こえる。どうやら、彼との対決が終わったらしい。時間がない。これは僕の試練だ。一体何があったのか、事の始まりを、何が彼を歪めたのかを、探索するのだ。


 始まりの物語プロローグを——

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