第5話「カラスとヒバリ」
飲まずとも空腹、渇きを紛らわすことは出来た。
だがそれは紛らわすことが出来ただけで満たされることは無かった。
「耐えてるのか?耐える必要なんてない。人間だって生きるために動物を殺して
喰ってるじゃねえか。俺たちのこれは人間のそれと同じ」
「だからといって、殺す必要は無い…!」
「殺さねえと俺たちが生きられねえ」
ファレルはアスランの言葉を一蹴する。小瓶の蓋が開けられた。風に乗って
匂う血の香りに余計アスランの本能は反応する。どうしてもそれが飲みたいと。
その気持ちを理性で無理矢理抑え付ける。ここでその誘惑に負ければ
自分はこれから一生―
「そんなに大事か?あの人間…メルヴィナ・サフィーロ、だったか。お前なら
あんな脆い人間を殺すことなら朝飯前だろ。少し甚振ればすぐに尻尾を振るさ!
そして喜んで血をくれるだろうよ!!」
「―勿論。本人がちゃんと頼んでさえくれれば、血ぐらいあげるよ」
アスランの背後から現れたのはメルヴィナ本人。そしてリアナやミーニャ、
ベディヴィアたちまで揃って来ていた。メルヴィナはファレルを見た。
「これ以上、私の大切な従者に意地悪をしないで」
「大切?こんな吸血鬼が!?ハッ、笑わせんなよ。何人の人間を殺したと思っている?
もう百単位の人間をそいつは殺してるんだぜ」
「昔の話でしょう?勿論、罪は消えないけど彼はちゃんと反省してるよ」
アスランがふわりと立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。何処か覚束ない足取りで
ファレルの前まで来ると彼はダガーナイフを彼に向けて突き出した。紙一重で躱した
ファレルは嗤う。
「ぶち込んでやるよ。お望み通りな!」
口から無理矢理血を飲ませた。
「あ…―?」
声を零したのはアスランではない。ファレルの口から声と血が零れた。
彼の目に見えたのは凶悪な笑みを浮かべた吸血鬼だった。夜明けが近づいて来た。
ファレルは焦り、とあるミスを犯した。今、彼はアスランではなく日光を危惧して
逃げる選択をした。だからアスランからの攻撃に反応が遅れて―
「ああああああああっ―ッ!!!?」
四肢に何本もの銀のナイフが突き刺さり、地面に打ち付けられた。その場所は丁度
日の光が当たる良い場所。
「暴れない方が良い。ナイフがもっと食い込むぞ」
そんな言葉を聞いている余裕もない。アスランはさっさと帰ってしまう。
メルヴィナも一番最後にその場を後にしようとしたときに聞いてしまった。
「た、すけ…助けて、ください…!」
ファレルの目は真っ直ぐ彼女に向けられていた。太陽が姿を現し始め、
悲鳴をあげるファレルに彼女は眉を顰める。熱い、熱い、熱い・・・・
何度もそう言いながら必死に腕と足を動かす。ナイフの刃が邪魔して
身動きは取れない。
メルヴィナはそっとナイフを抜いてやった。
「もう悪さはしない。約束だよ?」
メルヴィナは小指を立てて彼に見せる。ファレルは少し目を泳がせてから
恐る恐る、その小指に自身の指を絡ませた。
「…あのまま放っておけば、死んだのに…。人間なのに助ける?そんなはずが無い。
人間と吸血鬼が仲良くなれるわけがない…!」
そんなことを呟きながらファレルは足を引きずりながら奥へと姿を消してしまった。
仲良くなれないわけがない。実際、アスランは人間である自分と一緒にいるの
だから。
自室に入ったアスランをミーニャが待ち構えていた。ミーニャは今にも泣きそうな
顔をしていた。
「言って欲しかったです…ちゃんと本当の事。吸血鬼だって事」
「それは…」
「種族で嫌いになるわけないです!私はダメダメなメイドだから、やっぱり
アスランさんがいないとダメなんです!!メルヴィナ様だって…ここに貴方の事を
吸血鬼だからって嫌いになるような人はいません!!!それとも、信じてくれて
無かったんですか…?」
ミーニャの最後の言葉は絶対にないとアスランは言う。
「怖かった…なんて言ったら、お前の言葉が正しいことになるな」
アスランは微笑を浮かべた。ミーニャは何もかも吹っ切れたような笑顔を
見せる。
「良かった。私たちの事を嫌ってるわけじゃないんですね!」
「嫌いだったら、俺はとっくにこの屋敷を出ていた」
その通り。
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