第3話「元からいなかった女」

細い筋肉を唸らせる大蛇のトリッキーな動きに見事対応し、ベディヴィアは

見事大蛇の心臓を穿つ。力強く綺麗な槍の一撃であった。


「騎士のお兄ちゃん!!すごーいッ!!」


子どもたちは彼に飛びついた。片腕で彼女たちをギュッと抱きしめた。

彼女たちからの好感度は一気に限界突破しただろう。



「やはりか…こんな危険な魔獣はこの領域内には存在しないはずだ」


屋敷。夕食で全員が集まっている中でリアナ・スカーレットは意味深な言葉を

告げた。長い時間、この辺りを治め続けて来た彼女の言葉に嘘はない。

そうなれば自然とこういう考えに至る。


―何者かが魔獣をこの森に放ったのではないか?


「狙いたがるのも無理はないさ。かつての王族と同じ容姿を持つ候補者、そして

国最高の隻腕の騎士、そして国最高位の魔術師…やれやれ、人気者も楽じゃないね」


なんて冗談をいうお茶目な魔術師。その様子に全員が何処か呆れた顔をしていた。

一応今は新しい王様を選ぶ、そして候補者の競争中。やる人はやるのかもしれない。

何を、とは敢えて言わない。


「あの、そのことなのですが…これ…」


ミーニャ・アルエットはある手紙をリアナに渡した。白紙の手紙。彼女以外には

読めない不思議な手紙を送ってくる人物について彼女はただ一言。自分が唯一

慕っている男であるという。それ以上は何も言わない。

暫く経って、彼女の顔は険しくなった。


「これから一人、脱落するね」

「脱落?」

「あぁ。候補者から犯罪者に転落する自業自得の女さ」


候補者の中に一人、騙し討ちをしてメルヴィナを殺そうとしている人物がいる。

そんな事実を手紙の男はどうやって調べたのだろう?

しかしそんな事よりも重要な事がある。リアナは一人で何やら納得しているが

他は揃って何も納得していない。




「よし、これで完璧ね。どうかしら?」


長い桃色の髪を揺らす少女は鏡越しに後ろで控えているのは騎士でも使用人でも

無い。真っ黒な装束を着た怪しい者達。男か女か、それすらも分からない。


「あの男はどうかしら?」


一人が近づき耳元で囁く。

あの男は現在も地下牢に繋いでおり、生け捕りにしてある。中々にしぶとい。


「そうかそうか。くれぐれも油断はするな。弓使いであっても油断できない。

私はこれからクレア・オフィールよ」


地下牢は全くと言っていいほど光が入ってこない。だが微かに蝋燭による弱々しい

光が牢獄を照らしていた。痛々しい傷は塞がっていない。

彼が顔をあげると、何処から入ってきたのか一匹の烏がやってきた。


「(烏?地下なのに、どうやって入ってきた…?)」


頭も回らないほど彼の力は弱くなっていた。その烏は人の姿に変化した。否、人が

烏に化けていた。その男について彼は見覚えがあった。

真っ黒な執事服の男は特徴的なワインレッドの瞳を持っていたのだ。

喋ろうとした騎士に彼は人差し指を立てて口元に当てる。


「お静かに。貴方の偽りの主よりも、こちらの主の方が一枚上手でした」


金色の鍵。手枷を外すために必要なものを何故彼が持っているのか。

それを考えるのも面倒くさくなった。意識を手放した騎士を烏が外へ逃がす。

真実はこう。

最初からクレア・オフィールは黒であったということだ。

翌朝、黒の女は怒りの形相を浮かべた。


「や   ら   れ   た」


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