第2話「力を取り戻す」

翌日になってから屋敷に戻ってきたメルヴィナたちを出迎えたのは

真っ黒な執事服を着込んだ使用人だった。アスラン・コルニクスは

頭を下げる。


「お帰りなさいませ、メルヴィナ様。既に朝食の準備は整っております」


身を包む黒い服と濡れ鴉のような黒髪とは対照的に肌は雪のように真っ白。

そこに赤紫色の瞳がある。扉を開けるとすぐに飛んできたメイドがいた。


「お帰りなさいませ!!あっ―」


躓いたメイドの体が前のめりに傾いた。すぐに黒い手が伸び、服の襟と

胸の下に手を回した。床寸前の対応である。


「ご、ごめんなさい…」


顔を真っ赤にして謝るメイド。何処かドジなメイド。ミーニャ・アルエット。

二人はベディヴィアとは初対面だ。


「俺はアスラン・コルニクス、こっちはメイドのミーニャ・アルエット」

「ベディヴィア・グリムと申します。これからどうぞ、よろしく」


アスランとベディヴィアが握手を交わした。

リアナ・スカーレットが治めているこの領地には村が存在する。

ベディヴィアについて村人たちには何も知らない。だから彼の存在を

知ってもらおう、提案したリアナは村人たちを集会場に集める。

集会場に集まった人々の前でベディヴィアが簡単に自己紹介をすると

老若男女問わず村人たちが集まってきた。


「あの、これは一体…!?」

「騎士を見るのは初めてだからね。みんな興味を持っているのさ」


特に子どもたちはね、とリアナが付け足した。その言葉通り、大人たちよりも

村の子どもたちのほうが彼にしがみついてきていた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんのお話が聞きたい!」

「俺も俺も!!」

「良いよ。どんな話が聞きたいのかな?」


子どもの扱いにも女性の扱いにも慣れている騎士団長。

その間にリアナはメルヴィナに声を掛けた。


「何やらこの辺りの空気が怪しい。私も気を付けておくが、メルヴィナたちも

気を配っておいてくれ」

「もしかしてベディヴィアを村に連れて来たのは…」


村人、村全体の被害を最小限に抑えるため。

その怪しい空気、マナと呼ばれるモノについて怪しく感じたのだ。


「私は少し離れるよ。仕事もあるからね、こう見えて領主だから」

「はい。私はもう少し、ここにいますね」


リアナが村を離れて屋敷に戻ったその頃、メルヴィナにベディヴィアは声を

掛けた。さっきまでの朗らかな笑みが消え、戦いを前にした戦士の顔。


「何かが村を見つめていますね。マナの流れで分かりますよ。リアナ様は

この存在を知っているから私を村へ連れて来たのでしょう」


だが何処か弱気な顔。ベディヴィアは自身の虚空の右腕を見た。利き手を失い

剣技の力は恐ろしいほどに衰えた。そして彼は剣から逃げた。上辺では心の穴を

必至に隠して騎士団を取りまとめるリーダーとして振る舞い、その裏では

力を無くした自身の存在を悔やみ続けていた。

沈黙する二人の耳に悲鳴が聞こえた。


「お兄ちゃん―!!!」


その小さな手は何を掴むことも出来ずに引きずられていく。一人ではない。

数人まとめて子どもたちは森の中に吸い取られた。


「追いかけよう。早く倒さないと、子どもたちも村の人たちも危ない!」


ベディヴィアとメルヴィナは子どもたちが引きずられていった方向に走る。

森の奥、少しだが足場が悪い。遅れるメルヴィナに手を貸しベディヴィアは

なるべく安全な足場を探して進む。


「ごめんね。足手まといになっちゃって…」

「いいえ、大丈夫ですよ。だけど、戦いの際は可能な限り離れていてください」

「分かった。なるべく離れておくね」


開けた場所で待ち構えていたのは蛇。大蛇だ。それも首が二つ存在する双頭大蛇。

メルヴィナも初めて見た。この森には確かにモンスターがいるが凶暴なモンスターは存在しない。ペットとして扱えるような獣ばかりだと思っていた。

その尾にいるのは複数人の子どもたち。彼等の目は真っ直ぐベディヴィアに

向けられていた。彼らを安心させるように笑う。

大蛇は二つの首を伸ばし、噛みつきに来る。それを跳躍で躱す。


『――る・・・・える…聞こえるようになった!』

「メルヴィナ様!?これは…まさか念話?」

『リアナさんが作った簡単な魔道具。内緒でベディヴィアの背中に貼り付けちゃった

通信に必要な道具を。大蛇の胴体に何か光ってるものが見えるよね?』


見える。妙にキラキラと光っている物が埋まっている。


「それを狙え、と言う事ですね」

『そう!それが大蛇の心臓だよ。リアナさんが持ってた図鑑で見たことがある』

「分かりました」

『ベディヴィア。あのね、私も子どもたちも信じてるから。私たちが見たい騎士は

ただ力が強いんじゃなくて誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも頼れる

騎士の姿だから』


ベディヴィアは白い槍を握る。左手で力強く握りしめる。団長の地位を失わないのは

理由がある。一つは人望の厚さ、本当に騎士に憧れていた女騎士たちや人間以外の

種族。そして落ちこぼれても可笑しくなかった騎士。全員を平等に扱っていた。

そしてもう一つは強さ。剣を失った代わりに彼は槍の扱いに長けた。戦う強さ、

力の強さ。


「では、参ります―!」


槍使いは地面を蹴る。剣という力を失った騎士が再び力を取り戻す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る