失うべき八十八の感謝状

エリー.ファー

失うべき八十八の感謝状

 吉岡さんのおかげで命が助かったことは一生忘れません。

 あの日、ナイフを持った人が蓮野ビルの一階に現れ、子どもをつれていた私はどうすることもできませんでした。

 しかし、そこに吉岡さんが現れて身を挺してかばっていただいたおかげで、私も子供も無傷でした。

 相手の包丁が右目に刺さり、血を垂らしながらもひるむことなく相手に立ち向かっていった姿は、私の心に今も残っています。

 本当に本当に感謝しています。

 ありがとうございました。


 吉岡さん、本当にありがとうございました。

 うちの犬のテルが川に落ちて、溺れかけた時は本当にどうしようかと思いました。私は泳ぐことができず、しかも川は増水した状態で流れも速く、絶望的でした。

 けれど、吉岡さんが橋から飛び込み、そのままテルを抱えて岸まで泳いでくださったおかげでテルは少々水を飲んだようですが、助かりました。

 私の家族を救ってくださって本当にありがとうございました。


 吉岡さん、ありがとうございました。

 おまつりのときに、まいごになってこわかったけど吉岡さんがお母さんを見つけてくれたからほっとしました。

 吉岡さん、ありがとうございました。こんど、おまつりにいっしょにいこうね。


 吉岡様。

 ホテルで起きた火災にて、三十人以上の方の避難誘導をして下さったこと、心から感謝いたします。

 吉岡様が全身やけどを負ったことなど、その他多くの身体的損害について後から知ったこと、非常に悔やんでおります。感謝の意を金銭的額で示すのはいささか低俗ではありますが、お支払いさせていただきたく、連絡先を載せました。連絡の方、お待ちしております。


 吉岡さん、ありがとうございました。

 僕が電車に飛び込むのを止めてくれたおかげで、今は妻と愛する娘の三人で暮らすことができています。ひと時の感情に身を任せて、未来のすべてを塗りつぶしてしまうことの浅はかさを教えてくださったこと、心から感謝いたします。

 今は、忙しく吉岡さんに直接感謝できないのが悔やまれますが、必ず時間を見つけて会いに行きますのでどうぞよろしくお願いいたします。


 吉岡さん、本当に、本当にありがとうございました。

 感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

 吉岡さんが、工事中のビルから私めがけて落下してきているスパナにいち早く気が付き、私を突き飛ばして下さったおかげで私は軽いけがで済みました。吉岡さんはそのスパナが手にあたり、指を二本切断されたと聞きました。

 その身を犠牲に私を助けて下さったこと、深く、深く感謝いたします。

 本当にありがとうございました。


 吉岡さんが右腕を犠牲に、娘を助け出して下さったこと、本当に感謝しております。ありがとうございます。


 吉岡さんが左足を犠牲に、多くの人命を救助した功績をたたえます。


 その命を犠牲にして、日本国民の命を守った吉岡の名を私たちは忘れてはなりません。



 

 なんだ、これは。

 朝、起きたら。

 郵便受けに大量の感謝状が入っていた。

 枚数にして八十八枚。

 すべてが俺に向けたものであり、日付が未来になっている。

 自分を落ち着けるために、いつものようにSNSを見る。俺の家の近くで通り魔が現れて包丁を振り回しながら走っているという情報が目に飛び込んできた。

 もしも。

 もしも、だ。

 この通り魔が効率的に大量に人を殺したいと考えているとすれば、である。

 このあたりには蓮野ビルがある。中では商業施設がセールをやって多くの人が集まっているはずだ。犯人はそこを目指しているのではないか。

 大量の感謝状を一旦どこかに置こうと持ち上げた瞬間、A4の紙が落ちた。

 書かれている内容は単純である。



 感謝状の前借りが完了いたしました。

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