☆1000突破感謝記念SS  砦が一つ陥落した日

〖勇者側〗の本拠地である聖王都と呼ばれる光あふれる大地に、唐突に不吉な報せは訪れた。

〖砦〗の一つがたった一匹の魔物によって陥落したという報せだった。


〖勇者側〗に集うAIたちも動揺を隠せない。

何故なら〖砦〗は専用マップに存在していたとは言え、扱いとしては一つの立派な防衛機構であり、〖勇者側〗に存在する砦の多くは今回オハナが陥落させたものと同じような造りとなっていた。

それをたった一匹の魔物に陥落させられたというのはにわかには信じられない事だった。


その報せは遂に彼の下にも届くことになる。

サラサラとした金髪に青い瞳、整った顔立ちの美しい青年は報告に訪れた側近であり、共に戦場を駆ける盟友でもあるグラシュからその報せを聞き、その表情を曇らせた。

彼こそがこの世界での勇者であり、統一国家ラグランシュの王子でもあるローウィンだった。


「――――――それで、砦の被害状況は?」

「砦の守備隊は全滅、だが砦そのものへの被害はそんなに大したことはない、砦の守備隊長が櫓の一つを中破させたのが一番の被害らしい被害だな」


グラシュからの報告にローウィンは頭を抱えたくなった。


彼らAIの思考として、砦攻めとは大規模な範囲攻撃や大掛かりな砦攻めのアイテムなどを駆使して行うものであり、それらの攻撃に晒されれば当然砦には甚大な被害が出るというのが常識だった。

しかしその前提をオハナは無自覚で覆してしまっていた。


「この先砦攻めの概念が崩れるぞ、既にある同タイプの砦を改修しようとそれぞれの領地で躍起になって職人の取り合いにまでなってるって話だ」


「嬉しそうだね?」


「当然だろう?砦の防衛力が上がるのは単純に頼もしいじゃないか」


「砦が堅固になるのは喜ばしいけれど、僕としてはそんな相手とは出遭いたくないね」


嬉々として語るグラシュ、そんな彼を諫める様にローウィンは溜息を吐く。

二人は幼馴染の間柄なので気さくに話してはいるが、それを快く思わない者も多く、こうした砕けた口調で話すのは専ら今居るローウィンの執務室と、外での任務の時だけ。

〖人間側〗の最強戦力である勇者だが、ローウィンはこの統一国家の王子であるためあまり前線には出てこない――――――否、出させてもらえない。

ローウィンにとって、仕事をする執務室こそがグラシュと気兼ねなく話が出来、安らげる場所となっている自身に密かに恐怖を覚えていた。


「それでグラシュは件の魔物に勝てる見込みが有るのかい?」


報告によれば容姿の整った少女の姿をして、腰から下がおぞましい植物型の魔物となっている。

自陣を構築する術に長け、多彩な状態異常攻撃をしてくる。

その上、その魔物を守る眷属が常に傍らに居て、眷属たちでさえも相当厄介な魔物が揃っている。

他にも壁や天井を走る、弓や魔法の届かないような距離から攻撃してくる、蔓が無限に伸びる等々――――――ローウィンたちの耳に届くまでに尾ひれが付いたんだろうと思われる報告まで上がって来ている。


「…………報告が全部本当だったとしたら、俺一人じゃ勝ち目は無ぇな」

「僕としては最初の二つくらいが真実で、後は全部嘘であって欲しいよ」


この二人が後に上がって来ていた報告が全て真実だったと、身を以て知る事になるのはまだまだ先の話。






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魔王の居城にて、オハナの活躍を聞いたアレイスターは自身の執務室へと入るなり高らかに笑い声をあげた。

その後に続き入室したフェンネルはその姿を困惑気味に見つめるばかりだ。

一頻り笑い満足したアレイスターは豪奢な椅子に乱暴に腰掛けると、未だ困惑している様子のフェンネルに楽し気に話しかけた。


「未だ誰も成し得なかった砦の陥落を、よもやあの魔物が一人で達成するとはな」


つい先ほどまで〖魔王側〗に属する主要キャラクター達――――――つまり魔王軍に所属する重鎮と言えるAIたちによる会議が執り行われていた。

そこで話題になったのが、〖世界大戦〗以降その動向にアレイスターが注目していたオハナによる砦の制圧だった。


〖世界大戦〗の折、オハナに期待している事を憚ることなく公言していたアレイスターだったが、周囲の者たちは『植物型の魔物=弱い』というイメージから公にはアレイスターに同調していたものの、裏ではアレイスターの頭がおかしくなったと揶揄する者まで居た。

その者たちが苦々しい顔をしながら、


「さすがは魔王陛下、実に慧眼ですな。まさか砦を単独で制圧出来るほどの逸材だったとは…………」


――――――なんて認めたくない気持ちをありありと出しながら言うものだから、アレイスターは笑いをこらえるのに苦労したのだった。

そんな事があったからこそ、今のアレイスターは実に気分が良い。


フェンネルにしてみれば、主であり敬愛するアレイスターの機嫌が良いのは実に喜ばしいことだ。

しかしながらそれが自分の行いによるものでは無く、ダンジョンマスターとは言えまだまだ魔王軍の中では無名の存在、それも植物型の魔物によって齎されたものだと言うのが素直に喜ぶことが出来ない最たる理由だった。


だからこそ、アレイスターの次の一言に耳を疑った。


「何か褒美を与えるとしよう」


フェンネルは悔しさに拳を握り締めたが、アレイスターはそれに気付く事は無かった。

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