怠け者の社会運動

葉舞妖風

第1話

「―――被災した地元の皆さんを元気づけたい一心で振り抜きました。」


 ラジオから聞こえてきたその言葉で地元のプロ野球チームが今日の試合に勝利したことが分かった。しかし今の私にとってはどうでもよい情報だったので、私は息子が中学の工作で作ってきたちゃっちいラジオの受信周波数のつまみを捻った。するとそれまでヒーローインタビューの様子を伝えていたラジオが今度はホワイトノイズを吐き出し始めた。

 避難する時に持っていくか悩んだけれど、やはり持ってきて正解だったとラジオの受信周波数を合わせながら私は思う。情報化社会の現代においてアナログもいいところのこのラジオだが、自然災害に見舞われるといった情報化社会の基盤が崩れてしまっている今の様な状況では単三電池二本で機能する特性を遺憾なく発揮して私たちのもとに情報を運んできてくれる。ライフラインは既に復旧しているものの、電気が不自由なく使えるまではお世話になるだろう。

 やがてラジオのホワイトノイズの中に人の声が交じり始めたので、雑音が交じらないように受信周波数を調整する。その後私はラジオが伝えてくれる情報に耳を傾けた。


「―――が被災した地元の皆さんを勇気づけたいという想いで作詞作曲なされた曲で…」


 私は歌番組に用はないと心で毒づいた。幕間のパーソナリティの小咄はホワイトノイズに変わった。

 一か月ほど経ったからかなと私は呟いた。震災当初は余震の情報や被災地域の現状、政府の対応といった情報が飛び交っていたのに、最近は精神的な応援を行う放送が増えてしまった。私たちを元気づけたい、勇気づけたいという彼らの気持ちを否定するわけではない。むしろ称賛に値する。けれど「同情するなら金をくれ」とはよく言ったものである。

 その時、避難所である小学校の体育館の入口の方から「救援物資が届いたから手が空いてたら運ぶのを手伝ってくれー」という声が聞こえてきた。私はラジオの電源を切った。

 入口に向かいながらふと最近お米を口にしていないことに気が付いた。ここ最近は乾パンとか乾麺の類にお世話になっている。ライフラインが復旧した今ならお米も炊き出しに使えるし、このご時世アルファ化米といった冷水で食べられるようになるお米の非常食もある。自衛隊の携行食には熱々のご飯が食べられるように工夫したものがあると聞いたこともある。兎にも角にもお米が食べられるようになる救援物資があるといいなと思いながら、救援物資があるという校庭に急いだ。


「段ボールを開けて中身を確認して、医療品なら保健室に。日の持ちそうな食料なら向こうの倉庫に。足が速そうな食料はこっちの倉庫に。それから…」


 校庭についた私は救援物資の仕分けを担当している人から手短に説明を受けて、早速段ボールの中身を確認する作業に移った。こんな状況だから乾パンでも文句はないけれど、お米が入っているといいなと思いながら段ボールの箱を開けて中を覗いた。そこで私の目に飛び込んできたのは煌びやかに彩られた千羽鶴の群れだった。

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怠け者の社会運動 葉舞妖風 @Elfun0547

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