第33話︎ ︎ ︎ ︎ちょっとツラ貸して

昨夜の妙なやりとりで微妙な空気で解散した俺達は翌朝、いつものように玄関で待ち合わせた。

「おはよう、花君!」

朝に弱い杏とは違い、長い髪を風に揺らしてはにかむように笑う菫ちゃんに自然と頬が緩んで返した。

「お姉ちゃん、まだ顔を洗ってたからもう少し掛かるかも」

黒いカバンを両手で持ち、眉毛を困ったように下げてそう言う菫ちゃんにじゃあ待つかと雑談を始める。

主にゾンビゲーム系の話を振られ、如何に、あの恐怖を体感したかの熱弁されてしまう。

「ナイフ一本で突き進む主人公の難しさ。ゾンビの体力と乏しい回復薬と薬莢の理不尽さこそゾンビゲームの真骨頂だと思うんだけどなぁ」

「でも、それだとライト層には荷が重いんじゃない?」

楽しみ方は人それぞれだしと付け加え、納得したけれど納得出来ない感じで「むむ」と唸る菫ちゃん。

「リメイク版になって格段に操作がしやすくなったり、ライト層にも配慮したりしてるだけじゃあ駄目なのかな?」

「2みたいに隠しエンディング有りきなら、やる価値はあるかもね」

ゾンビゲームに関して話題に事欠かない感じで菫ちゃんはまた唸る。

本当、好きなんだなよな。

「面白そうだし、今度ゾンビの絵を描こうかな」

興が乗る俺がそう言うと菫ちゃんは目を点にさせた。

「は、花君。描けるようになったの?」

驚きながら戸惑い気味に感じで聴いてくる菫ちゃんに俺は頷く。すると自分のことみたいに破顔させて喜んでいた。

「やったね! 嬉しいかは分からないけど、花君ずっと苦しんでたみたいだったから。今日は何か作るよ!」

鼻をふんふんさせてバック片手にガッツポーズで頷く菫ちゃん。

「それでお姉ちゃんには話したの?」

「言ったよ、良かったねって言ってくれた」

菫ちゃんの言葉で昨日のことを思い出して、思い出したように言葉を濁す形で言う。

そういえば杏の悩みとかそんなのを俺は聞いたことがなかったと思い至る。

杏は、普段はそんなところを表に出さないだけで根っからは溜め込む体質なのだ。

今度話をしよう。

「ごめん、遅れた。おはよう花」

慌ただしく玄関からトテトテ出ると普段通りに言葉を交わした。

まるで昨夜のことがなかったかのように。


朝から昼休みまでは普段通りの日常だった。

俺にとって変わったのは放課後だった。


「ごめん、ちょっとツラ貸して」


放課後、帰宅の支度をしている俺の目の前で真剣な顔でそう茜は言った。

その表情に戸惑いを感じる。

俯きながら前を歩く茜の背中は小さく見えた。

そのまま階段を上がる。

2階から6階まで無言で歩き、登った突き当たり、足を止めた。

そこは屋上の扉だった。

「ここの鍵、ナマハゲから借りたから」

少し錆びた塗装が取れて、銀色になったシャクルに付けられた銀色の鍵を指先でクルクル回して、前を見ながら言う。

ちなみにナマハゲとは体育教師のあだ名で、本名は剛田秋馬。

42才独身。顔が鬼のように怖いからナマハゲと呼ばれてる教師だ。

頭をポマードで整えているので、Vシネにも出てる人に見えるが、本人は温厚で大らか、見た目とのギャップが凄い。

怒ると物凄く恐いと噂される。

そんなナマハゲと茜は何故か仲が良い。

「ただ、あまり長時間の利用は駄目だって言われたし、そんな時間は掛けないって伝えた」

「先生相手なのにそんな感じで喋ったんだ」

草壁茜は上下関係には徹底していると思っていた。

担当編集者にあんな感じだったのは知り合いって言うのもあるんだろう。

だから少し意外とだった。

先生相手や上級生に対しては常時敬語だったし。

「まぁ、兄貴の舎てじゃなくて、後輩だったし……」

成程、意外と茜のお兄さんは友好関係が広いようだった。

そして言葉を変えた舎弟って感じが何かヤンキーって感じがする。

「で、だ」

今まで前を向いていた茜が振り向いた

夕日を背景に自分自身に言い聞かせるように上着の胸辺りを掴み頷いている。

「ごめん。本当はもっと早くに言うつもりだったんだよ」

「だから──」

「恐かったんだ、あたし」

謝らないでくれって言おうとしたが遮るように早口でそう言う。

「だって、友達が何かで悩んでいるのにあたしだけって、お前にだけは思われたくなかった」

上着の胸辺りを掴んだ手が、寒がるように今度は自分を抱き締めるようにしてる。

「あたし、馬鹿だし、友好的で愛想のないやつみたいだからさ。花の悩みが分からないけど気を紛らわすことくらいしか思い付かなかった。──だからさ……。言い出すタイミングが分からなくて、結局は花を傷付けたんじゃないかって本当に悩んで、た」

草壁茜から出た言葉の数々は俺を思ってくれた優しさが伝わってくる。

これまで散々悩んでいた俺と同じで茜もまた俺のことで悩んでいたのを知ると、何処まで自分本位だったのかと恥ずかしくなりそうだった。

そして納得した。休日とか、学校帰りによく寄り道していたのは俺の為だったんだと。

自分は漫画の〆切とか打ち合わせとか色々あるだろうに、俺の事を優先してくれていたことが嬉しくて、同時に後ろめたく、もどかしい気持ちになった。











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